3-5《過去の記憶》
2005年5月30日 ストーリー ザッ……。ザッ……。
ユンファ、テンザ、ロッカブの3人は、爆風で木々がなぎ倒され、岩肌が露出している斜面を歩いていた。
海賊とバーバリアンたちは、双角獣にやられた怪我人の看病のため、先程の場所にキャンプを張り、とどまることになった。再度双角獣の襲撃も考えられたが、ユンファとテンザがキャンプ周囲に結界を張り、簡単に入れない状態にしたため、ひとまずは安心だろう。
ザッ……。ザッ……。
既に太陽の半分は沈み、燃えるような赤い光をユンファたちに浴びせていた。
暫く3人とも何も語らず歩いていたが、突然、静かにテンザが語りだした。
テンザの手には、既に4体の双角獣を真っ二つにした仕込刀があった。全く刃こぼれは無く、テンザは返り血さえ浴びていなかった。
テンザは《ラスロウグラナ》出身で、そこで審問官の職についていた。
審問官は『白の審問所』で働く人間のことを指し、またラスロウグラナでは、審問所で働くということはとても名誉なことである。十分な生活は保障され、地位や名誉のためにその職を目指すものも多い。
テンザは審問所では主に、『罪人の処罰』に関する仕事をしていたという。平たく言えば『死刑執行人』である。
ラスロウグラナでの『違法』は、重い罰が科せられる。これが「殺人」「殺人未遂」になると、この国では「死罪」になる。正しく《目には目を》の精神であろうか。
死罪になった人たちは『端者』と呼ばれ、審問所の中で過酷な労働を科せられた後、『白の審問所』で公開処刑という形で処罰される。公開処刑には見せしめの意味もあったのだろう。
テンザはまさに、『刀で首を刎ねる』仕事を行なっていた。流石に毎日行なわれる訳ではないので、普段は審問所の中に設置されている教会で、神父のような仕事もしていた。これが本来の仕事であるが。
ほぼ毎日、熱心に教会で祈りの言葉を詠う女性がいた。彼女の身なりはお世辞にも綺麗ではなかったが、彼女の声と瞳は綺麗に澄んでいた。藍色の髪が特徴的な二十歳の女性で、下層民あることは調べればすぐにわかった。
テンザはその女性に惚れていた。一目ぼれだった。また相手も満更ではなかったようだ。
テンザの仕事上、地位の低い人間と関わると上層部からあまり良い目で見られない。
それでもテンザは人目を気にしながら、教会の行事が終わるとすぐに審問所の裏に回り、そこで待っていた彼女と会い、いろいろと語らった。
運命の日、その日も彼女と秘密裏に語らっていた。
それを影から見ていた人物がいた。名前は《クラスク》。白の審問所の上層部、特に最高審問官《バル・シン》は彼を贔屓にしていたという。実際は、その裏でかなりの金品が動いてた、という説もあるが…。
今日はいつもより話しこんでしまった。テンザは彼女を送るといった。しかし彼女はそれを拒否した。テンザの、審問所の人間としての立場を心配したのだろう。テンザは彼女の意見に、しぶしぶ従った。
彼女は暗い夜道で襲われた。襲ったのは《クラスク》だった。彼女のことが前から気になっていたらしい。
彼女は必死に抵抗した。助けを呼んだが、誰も来ない。テンザも既に教会に戻っていた。
とっさに、男の腰に光るものを見つけた。彼女は死に物狂いにそれを引き抜き、男の体に突き刺した。
銀の長剣だった。男は血を流しながら逃げていった。
夜が明け、彼女は審問所に囚われた。罪状は「殺人未遂」。
正当防衛は適用されなかった。既に《クラスク》の根回しが行なわれていた。
テンザにはこの事実は伝えられなかった。といっても、普段から「端者」の情報は執行人には伝えられない。余計な感情が入ってしまわないように。
来る日も来る日も彼女を待っていた。しかしもう彼女は現れなかった。
執行の命が下った。
処刑場には手を鎖で繋がれ、頭を垂れ、首を切られるのを待っている端者がいた。
女性だった。
彼女は、教会で詠っていた祈りの詩を、ここでも詠っていた。あの、澄んだ声で。
テンザは既に刀をかざし、彼女の首をいつでも刈れる状態でいた。
テンザは何も理解できなかった。何故彼女がここにいるのか。何故自分がここにいるのか。
「何をしている。早く斬りなさい。」
他の審問官がテンザを急かす。周囲のギャラリーも野次を飛ばす。
そう、これは仕事。
これは仕事。これは仕事。これは仕事。
これは仕事。これは仕事。これは仕事。
最高審問官が私に与えてくださった、名誉な仕事。
顔を伏せ、執行人と全く顔をあわせない彼女は、まだ祈りの詩を詠っていた。
テンザは端者が祈りを詠うのが許せなかった。彼女と同じ声で歌うのが端者であったことが許せなかった。
刀が振り下ろされた。
瞬間。彼女が執行人の顔を見た。テンザはその顔に見覚えがあった。既に手は止まらない。
彼女の目には、『怨み』『妬み』『後悔』『悲壮』『恐怖』が込められていた。テンザにはそう見えた。
彼女の目には、テンザはどう見えていたのだろう。
彼女の目は既に、愛するものを見る目ではなかった。
テンザは暫く何も考えられなかった。しかし確かな真実2つは、はっきりと理解できた。
ひとつは、《クラスク》が全ての元凶であった事。
もうひとつは、彼女の首を自分が刎ねたこと。
その後《クラスク》が失踪したことを聞いた。同時に審問所の上層部しか謁見が許可されない《五法の書》が盗まれたという。
そしてまた同時期に《バル・シン》が暗殺された。
一挙にラスロウグラナは混乱した。
次の最高審問官として、《バル・シン》の2人の息子が抜擢されたが、相次いで「流行り病」で亡くなった。
そして現在はバル・シンの妻である《サディ・バル・シン》に政権が移っている。
「……そして私は、政権交代のドサクサに紛れ、ラスロウグラナを抜け出しました。全て捨てて。」
草木が焼け焦げ、岩肌に黒いこげ後がある場所まで一行は歩いてきた。地面の抉れ具合から、爆心地が近いことが判った。
「……失礼。本当に陰気くさい話をしてしまいました。」
テンザは詫びた。しかしユンファは彼を見て、逆に詫びた。
「私が、刀を抜くのをお願いしなければ、あなたがまた悲しむことは無かったのにね。」
「いえ。これは必然です。こうしなければ皆死んでいました」
テンザは笑った。顔の筋肉が引きつっている、無理な笑顔だった。
海賊船専属医師
《放浪の医師、テンザ》
彼の目的は2つ。『贖罪』そして『復讐』。
彼の目的が果たせるときは、来るのだろうか。
ユンファ、テンザ、ロッカブの3人は、爆風で木々がなぎ倒され、岩肌が露出している斜面を歩いていた。
海賊とバーバリアンたちは、双角獣にやられた怪我人の看病のため、先程の場所にキャンプを張り、とどまることになった。再度双角獣の襲撃も考えられたが、ユンファとテンザがキャンプ周囲に結界を張り、簡単に入れない状態にしたため、ひとまずは安心だろう。
ザッ……。ザッ……。
既に太陽の半分は沈み、燃えるような赤い光をユンファたちに浴びせていた。
暫く3人とも何も語らず歩いていたが、突然、静かにテンザが語りだした。
テンザの手には、既に4体の双角獣を真っ二つにした仕込刀があった。全く刃こぼれは無く、テンザは返り血さえ浴びていなかった。
テンザは《ラスロウグラナ》出身で、そこで審問官の職についていた。
審問官は『白の審問所』で働く人間のことを指し、またラスロウグラナでは、審問所で働くということはとても名誉なことである。十分な生活は保障され、地位や名誉のためにその職を目指すものも多い。
テンザは審問所では主に、『罪人の処罰』に関する仕事をしていたという。平たく言えば『死刑執行人』である。
ラスロウグラナでの『違法』は、重い罰が科せられる。これが「殺人」「殺人未遂」になると、この国では「死罪」になる。正しく《目には目を》の精神であろうか。
死罪になった人たちは『端者』と呼ばれ、審問所の中で過酷な労働を科せられた後、『白の審問所』で公開処刑という形で処罰される。公開処刑には見せしめの意味もあったのだろう。
テンザはまさに、『刀で首を刎ねる』仕事を行なっていた。流石に毎日行なわれる訳ではないので、普段は審問所の中に設置されている教会で、神父のような仕事もしていた。これが本来の仕事であるが。
ほぼ毎日、熱心に教会で祈りの言葉を詠う女性がいた。彼女の身なりはお世辞にも綺麗ではなかったが、彼女の声と瞳は綺麗に澄んでいた。藍色の髪が特徴的な二十歳の女性で、下層民あることは調べればすぐにわかった。
テンザはその女性に惚れていた。一目ぼれだった。また相手も満更ではなかったようだ。
テンザの仕事上、地位の低い人間と関わると上層部からあまり良い目で見られない。
それでもテンザは人目を気にしながら、教会の行事が終わるとすぐに審問所の裏に回り、そこで待っていた彼女と会い、いろいろと語らった。
運命の日、その日も彼女と秘密裏に語らっていた。
それを影から見ていた人物がいた。名前は《クラスク》。白の審問所の上層部、特に最高審問官《バル・シン》は彼を贔屓にしていたという。実際は、その裏でかなりの金品が動いてた、という説もあるが…。
今日はいつもより話しこんでしまった。テンザは彼女を送るといった。しかし彼女はそれを拒否した。テンザの、審問所の人間としての立場を心配したのだろう。テンザは彼女の意見に、しぶしぶ従った。
彼女は暗い夜道で襲われた。襲ったのは《クラスク》だった。彼女のことが前から気になっていたらしい。
彼女は必死に抵抗した。助けを呼んだが、誰も来ない。テンザも既に教会に戻っていた。
とっさに、男の腰に光るものを見つけた。彼女は死に物狂いにそれを引き抜き、男の体に突き刺した。
銀の長剣だった。男は血を流しながら逃げていった。
夜が明け、彼女は審問所に囚われた。罪状は「殺人未遂」。
正当防衛は適用されなかった。既に《クラスク》の根回しが行なわれていた。
テンザにはこの事実は伝えられなかった。といっても、普段から「端者」の情報は執行人には伝えられない。余計な感情が入ってしまわないように。
来る日も来る日も彼女を待っていた。しかしもう彼女は現れなかった。
執行の命が下った。
処刑場には手を鎖で繋がれ、頭を垂れ、首を切られるのを待っている端者がいた。
女性だった。
彼女は、教会で詠っていた祈りの詩を、ここでも詠っていた。あの、澄んだ声で。
テンザは既に刀をかざし、彼女の首をいつでも刈れる状態でいた。
テンザは何も理解できなかった。何故彼女がここにいるのか。何故自分がここにいるのか。
「何をしている。早く斬りなさい。」
他の審問官がテンザを急かす。周囲のギャラリーも野次を飛ばす。
そう、これは仕事。
これは仕事。これは仕事。これは仕事。
これは仕事。これは仕事。これは仕事。
最高審問官が私に与えてくださった、名誉な仕事。
顔を伏せ、執行人と全く顔をあわせない彼女は、まだ祈りの詩を詠っていた。
テンザは端者が祈りを詠うのが許せなかった。彼女と同じ声で歌うのが端者であったことが許せなかった。
刀が振り下ろされた。
瞬間。彼女が執行人の顔を見た。テンザはその顔に見覚えがあった。既に手は止まらない。
彼女の目には、『怨み』『妬み』『後悔』『悲壮』『恐怖』が込められていた。テンザにはそう見えた。
彼女の目には、テンザはどう見えていたのだろう。
彼女の目は既に、愛するものを見る目ではなかった。
テンザは暫く何も考えられなかった。しかし確かな真実2つは、はっきりと理解できた。
ひとつは、《クラスク》が全ての元凶であった事。
もうひとつは、彼女の首を自分が刎ねたこと。
その後《クラスク》が失踪したことを聞いた。同時に審問所の上層部しか謁見が許可されない《五法の書》が盗まれたという。
そしてまた同時期に《バル・シン》が暗殺された。
一挙にラスロウグラナは混乱した。
次の最高審問官として、《バル・シン》の2人の息子が抜擢されたが、相次いで「流行り病」で亡くなった。
そして現在はバル・シンの妻である《サディ・バル・シン》に政権が移っている。
「……そして私は、政権交代のドサクサに紛れ、ラスロウグラナを抜け出しました。全て捨てて。」
草木が焼け焦げ、岩肌に黒いこげ後がある場所まで一行は歩いてきた。地面の抉れ具合から、爆心地が近いことが判った。
「……失礼。本当に陰気くさい話をしてしまいました。」
テンザは詫びた。しかしユンファは彼を見て、逆に詫びた。
「私が、刀を抜くのをお願いしなければ、あなたがまた悲しむことは無かったのにね。」
「いえ。これは必然です。こうしなければ皆死んでいました」
テンザは笑った。顔の筋肉が引きつっている、無理な笑顔だった。
海賊船専属医師
《放浪の医師、テンザ》
彼の目的は2つ。『贖罪』そして『復讐』。
彼の目的が果たせるときは、来るのだろうか。
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