澄んだ空気。爽やかな風。
 つい最近までは冷たいと感じていた風は、まるでそのころの面影を残していない。むしろ、温まった空気を動かしてくれて、心地よい。
 
 もう、夏だ。

「ん、カードゲーム日和だ。攻撃宣言。」
「攻撃前、《突風粉の魔道士》を《名も無き転置》。」
 パチン、とカードの端をはじく音が小気味良い。プレイされたのは《名も無き転置》。
「んじゃ、《三つ目巨人の視線》」
 スッ。こちらはカードをはじくことなく、丁寧に《突風粉の魔道士》の上に乗せた。
「……仕方なし、だね。」
「よっしゃ。」
 《突風粉の魔道士》をコントロールしているプレイヤーが、小さくガッツポーズをした。
「んじゃ、《突風粉の魔道士》と《熟考漂い》でアタック。突風のほう、今、7/1だから。」
 《三つ目巨人の視線》で+1/+1の修正を受け、その上から《名も無き転置》の効果が重なる。
「……まいったなぁ。」
 防御側の青年……小柄であるが、肌は健康的に焼けており爽やかな感じな青年が、《突風粉の魔道士》が7/1であることに頭を抱えた……ようであった。
「で、だ。」
 対戦相手のリアクションを見て、攻撃側……こちらも体はあまり大きくなく、色白な肌をした青年が、《突風粉の魔道士》の誘発型能力。防御側がブロッカーとして立たせていた《とどめの一刺しのフェアリー》を指定した。
「ちょっとどいておいてくれ。これで、こっちの勝利だね。」
 だが、対戦相手のフェアリーがいなくなった瞬間、空を飛んでいた生物が、一瞬のうちに散り散りに砕けた。
「フェアリーリムーブ後、《雲打ち》想起。」
 《雲打ち》の伸ばす、生皮ムチのような触手が、我が物顔で空を飛んでいた生き物たちを地面に叩きつける。そしてその触手は、プレイヤーにも襲い掛かった。
「……まじかよ。」
「《突風粉の魔道士》と《熟考漂い》をピック出来たお前に言われたぁないわ。」
 場が一気に逆転した。ちなみに、この雲打ちの能力によって、攻撃を仕掛けた側のライフは1になってしまっていた。
「《とどめの一刺しのフェアリー》が戻ってくるぞ〜。」
「……負けた負けた! なんだよ!」
 負けた悔しさを体全体で表現しながら、青年はカードを片付け始めた。
「……やっぱ、上手いなぁ。TCGクラブの人達は。」
「だったら、このクラブに入部すればいいじゃん?」
 ここは、とある私立高校の一室。元々は会議室か何かだったらしいが、ほとんど使われる事が無く、つい最近まで物置と化していた場所であった。
 ただ、単に物置として使うにはもったいないと、この学校の生徒会が昨年「部室」として開放したのだ。スペースは十分に広いこともあり、多くの文化部のほかに、体育会系の部活も部室として使わせて欲しいという要望が殺到することとなった。
 稀に見る高い倍率であったにもかかわらず、最後は『くじ引き』によって、元会議室は、新たに昨年設立された『TCGクラブ』の部室となったのだった。
「……俺には、ここは向いていないよ。『ノルマ』とかあるんだろ? 勝川。」
 勝川と呼ばれた、小麦色の肌の青年は、「ああ。」と返事をした。
「でも、大したものではないよ。普通にちょくちょく草の根の大会に出ていれば、おのずとノルマは達成される。FNMとかでもさ、公式戦に出ていればいいんだよ。」
「……ん〜。」
 頭をポリポリと掻く、色白の青年。
「ま、今回のブードラはそちらの負け。レアは勝者の取り切りだから、レアをちゃんとデッキから分けておいてくれよ。香田。」
「わかったよ。あーあ、惜しかった。」
 悔しさをまたしても体に表して悔しがる、香田広樹(こうだひろき)。口を尖らしながら、スリーブからカードを抜いていた。
「コモンカードは捨てて行くか? ローウィンのカードだし、持って帰るのも荷物だろう?」
 勝川純(かつかわじゅん)は、部室のゴミ箱を指差した。ゴミ箱の中には、MTGのブースターを剥いたパックのクズがごっそりと入っていた。同時に、カードも一緒に捨ててあった。
「……カードを『捨てる』っていう感覚、未だに分かんないんだよね。」
 香田は、レアを抜き取ったスリーブを自分の学生鞄にしまった。そんな彼の言葉を聴いて、勝川が言った。
「カード資産が無いときは、そんな感情を持つけどね。でも、ブースターボックスを2箱開けただけで、コモンなんてのは4枚以上揃ってしまうんだ。デッキに入らないカードなんてのは、場所を
とるだけ、荷物になるだけさ。分かるかい?」
「……んじゃあ、その気持ちが理解できた時には、この部活に入部することにするよ。」
 香田は出口に向かった。
 その姿を見ていた、同じブードラ卓にいたクラブ生の1人が、茶化すように声をかけた。
「……香田君、だっけ?、ゴミ箱のカード、持ってかえっていいぞ〜。」
 対戦相手も、彼の言葉につい噴き出す。
「おう、持って帰ってくれよ! 俺たちにとっちゃ、ほんとのゴミだからよ!」
「……。」
「……先輩、ちょっとそれは。」
 勝川が言葉を言い終える間に、香田は部室から出て行った。
「香田…。」
 香田が出て行ったドアを、勝川はしばらくみていた。

(……マジックって、こんなゲームだったかなぁ。)
 職員室の前まで、香田広樹はやってきた。手には日誌をもっていた。日誌を書いて担任に渡す。日直という、面倒な役回りが受け持つ、面倒な仕事のひとつである。
「……。」
 ふと、職員室のとなりにある部屋が目に留まった。外から見ても、あまり広い部屋には見えない。そんな狭い部屋に、学校の機材などの、いわゆる『荷物』が押し込まれている、単なる物置である。・・・・・・元会議室にしまわれていた荷物を、押し込んであるだけだが。
「……。」
 彼…香田広樹は、小さな荷物部屋をじっと見ていた。彼はここが、元々が何の部屋であったのかをよく知っている人物であった。
「MTG同好会。」
 香田広樹には姉がいる。彼女の名前は「香田晶子」。かつて、MTG同好会の副部長であった。
「俺は、ここに入りたかったんだけどなぁ。」
 ふぅ、と小さな溜め息。しかし、彼の目先の部屋には、MTG同好会であったころの面影はほとんどなく、埃の被った荷物が積まれた部屋が存在していた。
「……姉さん、本当に、MTGが嫌いになったのかなぁ。」
 最近、家でも姉と話していない。……というより、自分から話すようなことが無くなった。
 高校生という年齢を考えれば、未だに姉と共通の話題を持って会話する弟自体が珍しいことだろう。思春期特有の心の変動などもあるのだろうが、それ以上に、姉と話す種……共通の話題がなくなってしまっていたのだ。
 ふぅ、と、また小さな溜め息をついた。
「……さっさと、日誌をだしてこよう。」
 目線を職員室の入り口に戻し、彼はドアをノックした。
『コンコン』
「しつれいしま〜……。」

(ドンッ!! ガラッ!)

 高く積んだ物が崩れる音。1クッション遅れて、物置の扉が勢いよく開いた・・・・・・いや、『突き破られた』の方が正しい表現であろう。部屋の中から荷物がなだれのように崩れてきたのだ。
 さらにワンテンポ遅れて、激しく埃が舞った。香田は何が起こったのが一瞬理解が遅れた。そのため埃を吸い込んでしまい、むせ返ってしまった。
 大きな音に驚いたのだろうか、職員室から教員が顔をのぞかせた。
「な、なんだぁ?」
 咳をしながら、崩れた荷物に目をやると、荷物の1つが動き始めた。
「も、物が動いた!」
 暗幕の下に何かいる。崩れたために暗幕を丸めてあったピンが外れ、なにかの上に覆いかぶさったのだろう。その『なにか』が、もぞもぞと動いていたのだ。
 『なにか』は必死に暗幕から出ようともがいているのだが、崩れた荷物に囲まれてしまっていたため、
右に動いては体をぶつけ。
左に動いては体をぶつけ。
後ろに動いては体をぶつけ。
前に動いては体をぶつけ。
 八方塞とはこのことである。
 滑稽な動きではあったが、まったく得体の知れない『なにか』が何か分かっていなかった香田には、面白いという感情より、恐怖の感情が先行して湧いていた。
「・・・うぉう! 動けなイッス!」
 暗幕の中から声がした。
「『なにか』が喋った!!」
 香田が、素っ頓狂な声で叫んだ。
 
……。

「いや〜、助かったッス。」
 埃だらけになった学生服を叩きながら、元『なにか』である彼女が話しかけてきた。
「……こちとら、いい迷惑ですよ……。」
 何故か荷物の片づけを行っている香田。教材が崩れた現場から、元『なにか』である彼女が救出されたのだが、一緒に居合わせた香田が、荷物の片付けを手伝わされてしまったのだ。
「関係ないんだけどな・・・。」
 ぶつぶつと文句を言いながら、ダンボールからぶちまけられた本を束ね、部屋に押し込んでいく。
「危く死ぬところだったんで、助かりました〜。」
 元『なにか』である彼女・・・三つ編みに銀縁メガネ。背は香田より小さい。香田自身の身長があまり大きくないのだが、それよりも彼女は小さかった。
(……学年は一緒か。)
 彼女が着ている学生服のタイの色。学年によって色分けされているので、学生服を見ただけで学年が分かるようになっていた。
「……ん?」
 香田は、彼女の胸ポケットに何かが入っていることに気がついた。
「マジックのカード?」
「あ、これッスカ?」
 彼女は、カードを取り出した。透明スリーブに入れられていたカードは、端が刷れており、お世辞にも、良い状態とはいえなかった。
 カードを見せてもらった香田。最初、タイムシフトのカードかと思ったが、単なる古い枠のカードであるということに遅れて気がついた。そして、カード名を見て香田は驚いた。
「は、《反射池》!?」
 見かたによっては、水溜りにも見えてしまうイラストであったが、間違いなく名前は反射池だった。香田は、シャドウムーア版の《反射池》しか見たことの無かったのだった。
「昔のっす。ここの卒業生が、部室に保管していたのを忘れていたんっす。再録されるとは思っていなかったんですね。」
 彼女が持っていたスリーブの中には、合計4枚の《反射池》があった。
「ここのって……あなたは、もしかしてMTG同好会の」
「ちょっと待つっス!」
 香田の発言を遮った、と同時に、彼女はスカートのポケットから、携帯電話を取り出した。メールが来たらしい。
「あ、あっちゃ〜、時間過ぎてました。待ち合わせているのに……完全に遅刻っす。」
 テヘ、とかわいらしく舌を出し、彼女は何故か照れている。
 
 その後、散らばった教材等々を、ムリヤリに部屋に押し込んだ二人。

「片付けを手伝ってくれてありがとうございました〜。ホント、助かったっす。」
 深々と頭を下げる彼女。
「・・・時間、いいんですか? 待ち合わせしているんじゃ・・・?」
「・・・!」
 驚く彼女。
(・・・面白い人だ・・・。)
 笑い出しそうな場面であったが、グッとこらえる香田。
「い、いつかお礼しますから! 今回はお先に失礼しますッス!」
 そういって彼女は、ばたばたと駆け出した。
「あ、名前!」
 香田は、彼女の名前を聞いていなかったことを思い出した。
(・・・って、どこのギャ○ゲー展開だよ!)
 とっさに名前を聞き出そうとしてしまった自分が、恥ずかしかった。
「茅ヶ崎ッス! 茅ヶ崎しのぶ!」
 彼女は・・・走りながら振り向き、名乗った。
「MTG同好会! 会員! 茅ヶ崎しのぶッス!」
 茅ヶ崎は、手を振りながら廊下を曲がっていった。香田の立っていた位置から見えなくなった。
「・・・MTG、同好会・・・。」
 やっぱり。
 既に物置と化していた部屋。その中に、MTGのカードが眠っているなんて知っている人間は、限られている。
「姉さんの知り合い、だったのか。」
 MTGを引退した姉の知り合いは、未だにMTGをプレイしていた。そして、彼女の存在・・・茅ヶ崎しのぶの一言が、香田広樹のMTG熱に火をつけた。
「まだ、あるんじゃないか。MTG同好会が!」
 もう一度、茅ヶ崎しのぶに会い、同好会に入りたい。そこで、あのプレイヤーと対戦したい。当時の姉が、しきりに「最強」と謳っていた、あの二人と戦いたい。
「・・・関内辰之助さん! 小金井結花さん! 俺は、彼らを超えたいんだ!」
 
 
・・・

・・・


次回予告。
ファーストフード店で、茅ヶ崎をまっていたのは香田晶子と小金井結花。
「ねえしのぶちゃん! 今年の夏は海行くわよ海! 逆ナンよ逆ナン!」
「しのぶちゃん。 ク○ズ○ジック○カデミーに興味ない? Q○A、面白いよ〜。」
「・・・お二人、MTGマジでやらないんっすか?」
 関内のMTG引退。
 彼の引退は、MTG同好会へ大きな爪痕を残していった。

晶子「来週は横浜集合ね。」
しのぶ「MTGっすね!」
結花「QM○ね!」
晶子「水着を見にいくんじゃぁぁぁぁぁ!!!」

 いざ横浜。
 そこに現れた、まさかの生徒会かの刺客!!
茅ヶ崎しのぶの決死の勝負!
「結花さん。結花さんのデッキっす。使ってください。」
「・・・もう、MTGは、引退したの。」
小金井結花は対戦を拒絶。

「・・・俺に、そのデッキを使わせてください。」
「どちら様?」
「MTG同好会の、新人ですよ。」
 新たなメンバーは、時代を変える『新風』と為り得るか!?

次回
 『真夏の決戦! 氷の国からの挑戦者!』(偽



続いたら負けかなと思っている。

ノシ
※先に、第11幕 その4を見てください。





「乾杯〜〜っ!!」
 ここは学校、『MTG同好会』の部室だ。
 いつもデュエルで使われているテーブルを中央に囲み、部員全てが集まっていた。

・部長 関内辰之助
・副部長 香田晶子
・部員 町田速人
・部員 茅ヶ崎しのぶ
・部員 小金井結花

 テーブルにはスーパーで購入してきたお菓子類と、ジュースとお茶が置かれていた。そして壁にかけられていた横断幕には『ありがとうMTG同好会』と書かれていた。
「正しくは、『乾杯』じゃなくて『完敗』っすけどね。」
「誰が上手いことを言えとっ。」
 茅ヶ崎のボケに、香田が答える。茅ヶ崎が同好会に入るのを一番嫌がっていた香田だったが、いつの間にか、茅ヶ崎と一番親しくなっていた。
 同好会は、その後も勝ち進むことが出来なかった。5人が5人とも平々凡々な成績であった。
 小金井も、あのあと負けた。結局、5人の中で一番成績が悪い結果となった。
「でも、結花の戦いって、見ていて本当に面白い。」
 香田が結花にいった。
「そおっすね。みているこっちも、ヒヤヒヤなんすけどね。」
 茅ヶ崎しのぶも、香田の意見に乗った。
「何かしら、逆転のカードを握っていたり。いっつも、対戦相手にすんなり勝たせないっていうんすかね。」
「特に、1戦目はマジすごかったな!! マジで!」
 笑いながら町田。
「あんときの黒崎の顔! すっげえ笑ったぜ!」
「……うん。」
 しかし小金井は、落ち込んでいた。そのあと勝てなかったことを悔やんでいるのか。
 結局、その大会の優勝者は、負け無しの黒崎だった。1度引き分けた後、ずっと勝ち続けた。最後、1人だった全勝者を倒し、見事優勝した。
「唯一、優勝者に負けなかったんだ。そのあたりは、誇った方がいいと思うけどな。」 
 関内のフォロー。
「そうよ結花。優勝者と分けたんだから。……ほら、今日は楽しもうよ!」
「結花さん、オレンジジュースとかどおっすか?」
 空になっていた結花の紙コップに、茅ヶ崎がジュースを入れてくれた。
「そうね、晶子、しのぶちゃん。わたし落ち込みすぎていた。」
 ぐっと、結花はオレンジジュースを一気に飲み干した。そんな結花たちをみて、関内が笑った。
「お、いい呑みっぷりだな。」
「女たちは女たちで楽しそうだ。男同士で飲もうぜ。」
 そうだな。コップを手に取り、関内はお菓子をつまみ始めた。

 その時、扉が開いた。
「パーティ中失礼、同好会諸君。」
 メガネを中指で直しながら、大木が入ってきた。

「電車がおくれてさ〜 結局門限に間に合わなかったのよ。」
「あ〜、大会の日っすね。」
「1時間くらい送れたわね。」
「なんでも、若い男女二人組みがホームから落ちて轢かれたらしいの、あの日。それで電車遅れたんだって。」
「え〜。気味悪いね。」
「そおすか? なんかミステリーって感じでわくわくするっすよ自分。」
「え〜。そう?」
「自殺か? 事故か? もしくは他殺? はたまた、誰かの陰謀か?! って。」
「……本の読みすぎね。」

「んでよ、関内。誰か脈あり、なのか?」
「なっ・・・お、お前こそどうなんだ?」
「ん、おれは晶子ちゃんを未だにねらってるんだぜ。」
「振られただろ一回。」
「でも、そんなん関係ね〜 てな。」
「……時事ネタは風化するぞ。」

「お、このお菓子美味しい♪」
「このコーラ、結構いけるっすよ。」
「……しのぶちゃん、このコーラのメーカー、全然知らないんだけど……。」

 まー、こーなることは、わかっていたけどねー。

*******************************

「正式に、活動停止する部活動が決まったので、『親切に』連絡に来てやったぞ。」
「……こりゃ『親切に』どーも。」
 ちゃっかりと、パーティの輪の中に入り込み、ジュースとお菓子をご馳走になっている大木。
 対面には、本同好会長の関内。
 大木は一枚の紙を取り出した。A4の紙には、左上に生徒会長の印と、学校校長の印が押してあった。
 集まった5人全員が、その紙を見た。


 『活動停止する部活動について』
 以下の部活動、同好会を、活動停止処分とする。

 ・ マンガ読書同好会
 ・ 超常現象解明同好会
 ・ カバディ部

     以上


「……あれ?」
「え?」
「ん?」
「ほえ?」
「……おい大木。これミスプリントじゃないのか?」
 5人が5人、それぞれリアクションを取った。
 関内が大木に聞いたが、大木は首を横に振った。
「間違いではない。コレが会長の決定だ。理由はよく分からないが、会長はMTG同好会を残す、と言い出したんだ。」
「…ってことは…?」
「この解散パーティが、無意味になったってことだな。」
 アメリカンジョークよろしく 大木が言った。

 その後、解散パーティは続投記念パーティとなった。
「仕事が残っている!」 
 といっていた大木も、町田がムリヤリ部室に残し、パーティに参加させた。
 
*********************************

「疲れたな。」
 学校の外、正門前。
「騒ぎ疲れました。」
「片付けに疲れたよ。」
「でも、楽しかったっす。」
 祭りの後。既に暗くなった外。
「また、みんなでMTGできるんですね。」
 皆うれしそうだった。
 MTG同好会がなくなっても、MTGは続けられる。ショップに行けばデュエルスペースがあるし、長めに電車に揺られれば、大会だって開かれている。MTGをするだけであれば、そうすればいい。
 でも、やっぱり、この5人でゲームしたいし、集まって話もしたい。
 学校で、公認でMTGが出来る場所が欲しかった。なくなって欲しくなかった。
「……ま、同好会が無くなっても、隠れてやっていたかもなぁ。」
 町田が口を開いた。多分、5人とも同じ考えだったのだろう。しかし肩身が狭い思いをすることは目に見えている。
「ここでできる、ってことに意味があった。」
 結花が学校を見た。既に教室は消灯していた。職員室と体育館に明かりがともっていただけだった。
「……これからも、不束者ですが宜しくお願いします。皆さん。」
 みんなの方に向きなおり、ぺこりと、小金井結花が頭を下げる。
「ちょ・・・・・・結花!? 『不束者』はおかしくない!?」
 素早く、香田晶子が日本語に訂正を入れた。
「そーなんすか? 『ふつつかもの』って気のきかない人。行きとどかない者って意味っすから。」
 茅ヶ崎しのぶが答えた。
「晶子ちゃんの『不束者』って、どういったときに使うのか教えて欲しいなぁ。」
 ニヤニヤ笑いながら、町田速人。

 笑みさえこぼれる4人のやり取りを1人見ていた、関内辰之助。
「なあ、みんな。」
 4人に声をかけた。皆、関内を見た。

「実は俺・・・・・・。ちょっと、MTG止めようと思うんだ。」
 


〜〜〜〜〜〜次回(?)予告〜〜〜〜〜〜〜〜
 関内の引退宣言。
 ばらばらになっていく部員たち。
 
 部活だけでなく、心までばらばらに分かれてしまうのか?
 
 その時、またしても生徒会から送られる刺客!
 今度の刺客は・・・・・・海外から!?
 氷の国からやってきた、クールビューティな彼女の正体は!?
「Hi! シノーブ!」
「エマ!」

次回に続いたら奇跡。
(このお話のレギュレーションは、『コールドスナップ使用できる前のスタンダード』です。
普通に十手とか京河とか出てきますので、ご了承ください。)

(今更、なにやってたんだろう、俺)

 黒崎のドロー。
(……《罪+罰》か。)
 小金井結花のデッキの特性から、いわゆる「グッドスタッフ」に近い性質があると感じた黒崎は、大型クリーチャーをハンデスで墓地に落とした後、大きく作用することができるカード――《罪+罰》をサイドボードから投入していた。
 結花の墓地には今、《昇る星、珠眼》と《潮の星、京河》の、2体の神河ドラゴンが鎮座していた。特に《京河》をこちらのコントロール下にすることができたなら、圧倒的に優位に立てる。
(が、土地が無い。)
 しかしながら現在、黒崎は土地を4枚しかコントロールしていなかった。「お帰りランド」もない。黒崎は、4マナしか生み出せないでいた。
(《迫害》さえ、返されていなければ。)
 《双つ術》による、まさかの《迫害》返し。小金井結花の指定した『黒』によって、黒崎の手札は全て落とされた。
「……《墨目》が落ちたのは痛いな。」
 黒崎はぼそりとつぶやき、自らの墓地に目をやる。《幽霊議員》や《屈辱》に混じり、《鬼の下僕、墨目》も落ちていた。
「《墨目》が落ちたのは、助かりました。危く《京河》を盗られるところでしたからね。」
 胸をなで下ろした結花。黒崎の言葉が聞こえたのだろう。
「……ああ、そうだな。」
 黒崎は適当な相槌をした。
(ま、《墨目》でなくとも、《京河》を奪えるのだがね。)
 しかし、土地が無い。
(……。)
 仕方ない。黒崎はターンを終了した。《種子生まれの詩神》が立っており、かつ、小金井結花と手札の枚数が同じであるため、《清麻呂の末裔》の攻撃は全くの無意味だからだ。
「では、私のターン。」
 結花はカードを引いた。が、
「……ん、ターン終了です。」
 ターン終了した。こちらもアタックに行かない。
(土地を引き込めよ。)
 黒崎の手が力む。ドロー。
「……よし。」
 黒崎は《コイロスの洞窟/Caves of Koilos(9ED)》を、このドローで引き込んだ。
「ランドセット。そして《罪+罰/Crime/Punishment(DIS)》。」
 
 ギャラリーが一瞬、動いた。それは、誰もが意図せず、そして、普通では誰も気付かないほどの、ほんの些細な『動き』だった。しかしこの、ごく小さなギャラリーの変化を、黒崎は感じ取ることができた。
 これが、「黒崎 聖」の力。彼は、周囲の動きを、人一倍敏感に感じ取ることが出来るのだ。
(人ってやつは、そいつ自身が気がつかないような「小さな癖」を持っている。動揺したり、感動したり、驚いたりしたとき、人は無意識に、その行動をとるものだ。)
 黒崎は、「小さな癖による行動」を、ギャラリーの一部から感じ取ったのだ。
 そして同時に、ギャラリーの動きは、《罪+罰/Crime/Punishment(DIS)》のキャストによって場を有利に出来る状況を作り出したものからだと思った。
「《京河》を、頂くよ。」
「……はい、どうぞ。」
 小金井は、自分の墓地から《京河》を差し出し、相手の場においた。
「ターン終了。」
 常にポーカーフェイスを保とうとしていた黒崎。頭の中では、にやりと笑みを浮かべていた。上手くいけば、このまま4回の攻撃で、この試合を終わらせることが出来る。そんなことを考えていたのだが、黒崎の頬はほんの少し、赤くなっていた。
(何故だ。彼女……小金井との戦いは、何故こんなにも疲労するんだ……。)
 全く先読みできない、小金井のカード群。デッキ構築。そしてプレイング。
(……違う。) 
 これは、疲労ではない。
(自分自身が、心からこのゲームを『楽しんでいる』んだ。)
 間違いない。小金井結花は、エンターティナーなんだ。彼女のプレイングは、『みんな』を楽しく、わくわくと、興奮させる力がある。例外なく、黒崎も『みんな』に含まれていたのだ。

『ここの人達みんな、楽しくなったら、最高に幸せだとは思いません?』

(……!! だとすると!!)
 先ほど、一瞬ざわついたギャラリー。ジャッジが気がつかないほどの小さな動きだった。黒崎はコレに気が付き、それ故、この《罪+罰/Crime/Punishment(DIS)》のキャストが間違いではなかったことに自信が持てたのだ。が、
(さっきの「ざわめき」が、このプレイに対してで無かったとしたら!?)

『「ありえない」なんて無い。ありえることは、全て起こりますよ。』

******************************************

(黒崎……。徹底的に、注意を払うべきだったんです。)
 ジャッジの後ろから、大木が試合を見ていた。
 他の試合はほとんど終了していた。自然とギャラリーがフューチャーマッチ席に集まってきていた。
(彼女は、今しがた、「あのカード」を引き込みました。)
 すっ、と。大木は移動した。小金井結花の手札が見えるところで、彼女の手札を再確認した。
(しかし、必要な色マナが出ない。)
 彼女が現在生み出すことが出来る色マナは、「緑」「青」「赤」「黒」の4色。
 彼女の手札にあるカードは、両方とも「白」だった。
(……しかし、小金井結花なら、やりかねない!!)
 結花は、ゲームを徹底的に楽しむタイプだ。それも天然に。彼女の普段のプレイ状況なら、ここで「色マナを引かない事自体がおかしい」ともいえる。

 結花は、カードを引いた。

***********************************************

 また、ギャラリーの空気が動いた。
 本当に小さな動き。腕の筋肉がほんのちょっとピクリとしたり、眉が数ミリ上がったり。
 そんな動きが、数人。
 それも、皆、小金井結花のドローを見た人ばかりであった。
「……、《アゾリウスの印鑑/Azorius Signet》で、ターン終了です。」
 結花は場にある2枚のダメランから無色マナを捻出し、印鑑をキャスト。そしてターンを終了した。
(……なんだ、印鑑か。)
 しかも、こちらへターンを返してきた。
(ソーサリーの除去でもなければ、クリーチャーでもない。気をつけなければ為らないのは、《化膿》や《ブーメラン》くらい、だな。)
「アンタップフェイズ。」
「こちらもアンタップです。」
 《種子生まれの詩神》の能力により、両者の土地が起き上がった。黒崎のドローは《神の怒り》。
(このカードを使わないことを、祈るよ。)
 心の中で自虐的な笑みを浮かべ、しかし表情は崩れることなく、攻撃クリーチャーを選択した。

「アタックだ。《京河》。」

*****************************************

「お帰りなさい、《京河》。」
 結花は、《京河》をコントロールしていた。
「長旅、ご苦労様でした。」
 そっとカードの端に触れ、置き位置を修正した。《京河》の上に置かれている、透き通った青いグラスマーカーが、部屋の照明を反射して輝いていた。

 ターンが帰ってきたら、黒崎はおそらく、手札の《神の怒り》をキャストするだろう。流石に、6/6飛行クリーチャーを野放しには出来ない状況だ。

「……《来世への旅/Otherworldly Journey(CHK)》……。」

 1枚のカードが、またしても戦況を変えた。
「それは、ずるいな。」
「本来は、《神の怒り》とかの除去避けに入れていたんですけどね。」
 小金井の回答は的を得ている。『《罪+罰》で奪われたクリーチャーを戻すためにデッキに入れた』なんて事はまず無い。それにしても。
「……ここまで、こちらの行動と噛みあってしまうとね、笑うに笑えないな。」
 しかし、黒崎は笑っていた。自然と口元が綻んでいた。平静を装いながらプレイしていた黒崎が、初めて観衆に笑顔を見せた。
「ほんと、笑えないな、この展開は。」

 そして、この試合は長期戦となった。
 奪われ奪い返された《潮の星、京河》は、《種子生まれの詩神》と主にラスで流され、場は一旦きれいに流されることとなった。
 その後は、両者の『引き』勝負となったのだ。
 小金井は《曇り鏡のメロク》によるビートダウン展開を目論むも、黒崎のトップは《屈辱》。スピリット・トークンの発生も許さなかった。
 黒崎は、この《屈辱》ののちのトップが《オルゾヴァの幽霊議員》。ほかに生き物が居なかった場合でも、4/4のパワーとタフネスは、十二分に戦力だ。
 しかし、既に小金井結花の場には《アゾリウスのギルド魔道士》が鎮座していた。
「ほかに、クリーチャーが欲しいな。」
 黒崎の口から、小さな本音がこぼれた。
 
*******************************************

(黒崎が、試合に直接関係の無いことを話すとは。)
 この黒崎の発言に驚いたのが、大木であった。普段のプレイング態度を見たことがある大木は、今回の黒崎の発言一つ一つに非常に驚いていた。
(彼は、他人をまくしたてたり、軽く挑発したり。そんな言葉しか発しない人間です。ここで、弱音を吐くなんて。)
 明らかに、黒崎の行動がおかしい。彼は今、MTGを「楽しんでいる」。
 MTGを勝負事としか見ていない彼が、楽しそうにMTGをプレイしている。
(……まさか、「楽しければ負けてもいい」なんて思ってませんよね、黒崎聖。)
 勝利への執着心を買われて、彼は生徒会にスカウトされたのだ。負けること=生徒会を裏切ること、ともいえる。
(しかし、黒崎さん、あなたは「負けません」。なぜなら会長は、この試合は負けないと、予見しているのだから。)
 生徒会長。大木が、この世で一番信頼し、崇拝している人物。
 大木は思った。彼は……生徒会長は、神なのだと。
 会長の放つ言葉には、力があるのだ。彼が願えば、それは叶う。彼が望めば、それは得られる。彼が嫌えば、それは正される。
 MTGの試合結果だけでない。全てそうなのだ。今の今まで、会長が放った言葉に対して、その通りにならなかったことが、一度も無い。
(神様のいった言葉は、絶対なのです。)
 大木はメガネのずれを直した。
(だから小金井さん。あなたは、「勝てません」よ。黒崎が勝つ……)
 まてよ。
 何かおかしい。
(会長の予見、なにかが、「足らない」気がする……。)
 ここで大木は、重大なことに気がついた。そして、自分の腕時計で時間を確認した。次に、部屋の前方に掲示されていたホワイトボードに目をやった。そこには、この小金井と黒崎の試合終了予定時刻……つまり、Round1の終了時間が書かれていた。
(……これ、は。)
 大木の頬を、一筋の汗が流れた。
(……現状は!?)
 焦りの色を残したまま、大木は、フューチャー席の試合に視線を戻した。
 テーブルには、なんとも知的なドラゴンが居座っていた。丁度大木が、テーブルを見た瞬間。そのドラゴンは、知識により紡ぎ出された炎により、黒崎聖を焼き殺そうとしているところであった。

*************************************************

 《火想者ニヴ=ミゼット》の作り出した炎は、結花のドローフェイズによって誘発した火であった。
 《ニヴ=ミゼット》の召還酔いは、とっくの昔にさめていた。彼1体のお陰で、場の状態を一気に変えることが出来た。が、今は攻撃に参加できない。そしてさらに、タップ能力さえできずにいた。なぜなら彼は今、《信仰の足枷/Faith’s Fetters(RAV)》をつけれられてしまっているからだ。
 しかし、対戦相手の黒崎も、《ニヴ=ミゼット》を擬似的な除去しか出来なかったため、毎ターン恒久的に飛んでくる1点火力によって、じわりじわりとライフを削られてしまった。黒崎のライフが、ついに、あと「1」となった。
 せめて十手が1枚場に在れば、状況は全く変わっていたのだが、まず、黒崎が十手に手が届くまでに時間がかかってしまったこと。そして、やっとの思いで引き込めた十手を、結花がまさかの《押収/Confiscate》をプレイ。奪われてしまったことで、黒崎のプランが大きく狂うことになった。
 なんとかもう1枚の十手を引き、プレイ。伝説ルールによって結花のコントロールする《十手》を墓地に置くことができたのだが、結果的に1対2の交換。しかも、十手2枚と押収1枚では、割が合わない。そうこうしているうちに、結花は《火想者ニヴ=ミゼット》を場に出してきたのだ。これを除去しきれずに、暫く彼の放つ炎と、十手の能力によって、クリ―チャーとライフを持っていかれた。
「……。」
 黒崎の場には今、《オルゾヴァの幽霊議員》が1体いる。合計3枚目の幽霊議員だった。
 対する結花の場には、足枷が付けられているドラゴンだけだった。
「返しの《幽霊議員》の攻撃で、自分の勝ちですね。」
 ライフを記録していたメモに目をやる黒崎。自分のライフも1であるが、しかし、結花のライフも、既に「1」であったのだ。
「どうでしょうかね。」
 結花は自分の土地を指差した。場に現在、丁度4点のマナが出ることを示し、
「《キング・チータ》が飛び出してきて、チャンプブロックするかもしれませんよ。」
 結花は、残りの手札2枚をヒラヒラさせながら、笑顔で言った。
「……む。」
 『それはない』という返答をしようとしたのだが、しかし、それができなかった。結花のデッキが分からない今。どんなカードがプレイされようとも、不思議ではないのだから。
「……。」
「……。」
 軽い沈黙があった。今、結花のターン終了宣言を行ったところだ。
(単純に考えると、幽霊議員で殴って終わりなのだが……。)
 流石に、《キング・チータ》は無いだろう。……多分。
 しかしながら、ここでターンを返してしまうと、《火想者ニヴ=ミゼット》の炎によって、黒崎が焼かれて負けてしまう。このターンで、何かしら決着をつけなくては為らないのだ。
(クリーチャーを引ければ、楽になれる!)
 黒崎のドロー。
(……ふっ。)
 ここで黒崎は、《清麻呂の末裔》を引き込んだ。
「《清麻呂の末裔》、プレイだ。」
 勝った。
 一番、黒崎が気に罹っていたのは、《輝く群れ/Shining Shoal(BOK)》であった。コレを握られていた場合、最悪、4点のダメージ全てを返され、敗北してしまう可能性があったからだ。
 結花のライフは1。新たにクリーチャーを出すことが出来たため、幽霊議員の能力を使用することで「ダメージ」でなく「ライフ損失」で、最後の1点を削ることが可能になった。
「……《虚空粘》はないな。」
 結花の墓地には《虚空粘》が落ちていた。事前に、彼女のデッキは『一枚差し』のデッキであることを聞かされていたため、墓地にあるカード=手札に無いカードという情報を得ることができる。
「では、《清麻呂の末裔》を生け贄に。幽霊議員を除外する。」
 その瞬間、周囲のギャラリーの空気が変わった。黒崎には分かった。これは『勝負がついた』時に流れる空気だ、と。
 ギャラリー全てが、黒崎が勝ったと思ったのだ。そのまま黒崎のターンが終了すれば、《幽霊議員》が場に戻ってくる。CIP能力で、結花のライフが0になる。
 いま、結花の手札には、『それら』に対処する術が、ないのだ。
(勝った。)
 もう一度、黒崎は、勝利を確信した。

***************************************

(要らぬ心配でした、か。)
 大木も、フューチャー席から離れた。どう転んでも、どうあがいても、結花の手札では幽霊議員を対処できない。
 携帯電話を取り出し、部屋から出ようとした。会長に連絡を入れるためだ。
『全て、会長のお考えどおりになりました。』
 いつもの台詞。いつもの定時連絡。しかしながら、完全な未来予知。
「……完璧だ。」
 口元が緩み始めた。
 ケイタイのリダイヤルを押し、いざ電話をかけようとした刹那。

 ギャラリーが、ざわついた。

 そして、

 拍手が起こった。

 ……ちがう。
 これは、『黒崎の勝利を祝う拍手』ではない。
 
 黒崎のような、異常なまでの感覚が無くとも。
 この盛り上がりようは異様だということが、大木には分かった。

携帯のリダイヤルページを開いたまま、大木は、フューチャー席に戻った。

********************************

「《輝く群れ/Shining Shoal(BOK)》をプレイします。」
 結花は、立っていた土地と印鑑から、白白を含む、合計3マナを捻出した。
「X=1です。」
 このとき、一体何人のギャラリーが、そして、黒崎聖が、この「X=1」の意図を理解できただろうか。
 少なくとも……。黒崎聖はこの時、意味を理解していなかった。
「……対象は?」
「あなたです、黒崎さん。」
 《輝く群れ》は、いわば『ダメージを跳ね返す』呪文だ。幽霊議員の場に出る能力は、ダメージではない。
「何処にも…ダメージ源がないけどね。」
「解決、いいですか。」
「……ああ。どうぞ。」
 群れを墓地に置いた。
「さて…と。」
 結花は、ゆっくりと、自分のコントロールする、とあるパーマネントに手を置いた。
 その時、関内辰之助は、小金井結花の考えを理解した。
 その時、黒崎聖も、『X=1』の意味を理解した。
 その時、ギャラリーのほとんどが、次に起こることを理解できていなかった。

「1点のダメージ、食らいますね。」 
 笑顔で、結花は土地をタップした。
 
 《輝く群れ》で、《カープルーザンの森/Karplusan Forest》を選んだ。
 《カープルーザンの森/Karplusan Forest》が、色マナを出した。
 《カープルーザンの森/Karplusan Forest》が、結花に1点のダメージを与えた。
 《輝く群れ》によって、この1点が、代わりに黒崎に与えられた。
 そして、黒崎のライフは0になった。

**********************************
**********************************

 とある駅にあるコーヒーショップ。中にはビジネスマンが休憩していたり、カップルが談笑していたり、学生がケータイを弄っていたり。
 さまざまな目的の人間で、この店はごった返していた。
 昼の12時近くということもあり、ベーグルやサンドウィッチが、コーヒーと一緒に運ばれているのが目に付く。
 1人の男が、お盆を持って席を探していた。直ぐに1人掛けのテーブルが目に付き、彼は、そこに座った。
 お盆の上にはアイスコーヒーとベーグルサンド。サーモンとクリームチーズが挟み込まれていた。
 日曜祝日であるが、彼は学校のブレザーであった。彼は上着の内ポケットから扇子を取り出し、パタパタと自分を仰ぎ始めた。店内は十分にエアコンが効いていて、むしろ肌寒ささえ感じられるのだが、その男は仰ぎ続けていた。外は相当に暑かったのだろう。しかしその暑い中、何故この男は、ブレザーを着ていたのだろうか。
 ある程度暑さが落ち着いた彼は、扇子を置き、アイスコーヒーに口をつけた。ガムシロップもミルクポーションも入れず、ブラックのまま口に入れた。炭火で焙煎されたコーヒー豆の香りと、程よい苦味。氷でキンキンに冷たくされたコーヒーが、彼の喉を潤した。
 さてとベーグルに手を伸ばし、一気にかぶりつこうとしたその時。
 彼のブレザーのポケットが震えた。ケータイのバイブレーションだ。
「……来ましたね。」
 ベーグルを一旦置き、ケータイを取り出した。
 店内には『通話ご遠慮ください』の張り紙があったが、しかし彼はそんなもの眼中に無いかのように、通話を始めた。
「待ちくたびれましたよ。大木君。」
 彼は定時に来る連絡を待っていたようだ。しかし、それが来なかったため、『待ちくたびれた』といったのだろう。『くたびれた』という表現から、かなり長い時間連絡を受けることが出来なかったのだ。
『申し訳ありません、会長。』
 電話先の男……大木と呼ばれた男が謝罪した。
「で、どうでした? 私の言ったとおりだったでしょ?」
 電話の男……『会長』と呼ばれた男は、いつもの言葉を期待していた。
『……全て、会長の仰ったとおりになりました。』
「でしょう? でしょう?」
 会長は上機嫌になった。自らが望んだとおりに事が進む。誰であってもうれしいことだ。笑顔でコーヒーを啜った。
『……小金井結花は、勝てませんでした。』
「うんうん、そうそう。その通りだね。」
 ベーグルサンドを手に取り、かぶりついた。
『……ですが、負けてません。』
「ん? なんだって?」
 片手でケータイを持っていたため、もう片方の手でベーグルサンドを食べていた。具が多く挟み込まれていたため、ベーグルの後ろから、具がはみ出てしまっていた。
『……引き分けです。黒崎と小金井の対決、引き分けました。時間切れによる引き分けです。』
「……。」
 ベーグルを置き、アイスコーヒーを啜った。そして大きく溜め息をついた。
「……なるほどね。ひきわけかぁ。」
『……申し訳ありません。』
 謝罪する大木。
「いやいや、君は悪くない。しかし……引き分けかぁ。考えなかったなぁ。」
 しばしの間があったが、先に口を開いたのは、会長の方だった。
「よし、今日はもういいよ。」
『……? もういい、というのは?』
 ふふっと、会長が笑った。
「そのままの意味さ。今日は、普通にゲームしてきな、ってこと。ドロップしてもかまわないし。小金井や同好会の、今後については、また後で話しあおう。今日の任務は終わりだ。他のメンバーにも伝えておいてくれ。」
 また間ができた。大木が返答に困っているのだろう。
「ほらほら、もう次のゲームが始まるんじゃないか? 今日はもういいから。」
 直ぐに、電話の向こうから、ラウンド2の開始のコールが起こった。
『……分かりました。会長の指示に従います。』
「そうしてくれ、ま、どうせ……。」
 コーヒーを一口のみ、会長が電話口で言った。
「今日の優勝は、黒崎君だからね。」

 店をでたその男は、笑顔だった。
「面白い、面白いよ、彼女。」
 自分の予想以上だ。こちらの予測の『穴』を通過していく。

 大木をぶつけたときは、そうだ。「諦めなければ勝てる」といっておいたんだ。
 しかし、大木は、勝負を捨てた、だから負けた。

 茅ヶ崎しのぶに関しては、「結花のデッキに、君のデッキが負ける訳が無い」と予見した。
 しかし、その時結花が使ったのは、彼女のデッキではなく、関内辰之助のデッキ。
 だから負けた。

 今回も……。
 「勝てない」と予見した、だから、「引き分けた。」

「面白いよ。」
 ニヤニヤと笑いながら、駅中を進んでいた。
 その時、対面から、男女の若いカップルが歩いてきた。
 
 全く前を見て歩いていない。話し声が大きい。ケータイを振り回し、周囲の通行者を無視。
「……あ、危ない。」
 老人とぶつかった。老人は転倒した。
 『邪魔だぁ! 殺すぞ!』と罵声がとんだ。
 転んだ老人無視して、歩いていった。
 笑っていた。あの男女は、笑っていた。

(……。)
 扇子を取り出し、口元を押さえた。
 会長は、男女をじっと見ていた。電車の駅改札をくぐっていた。

「……死ねよ。くず。」

 ぼそりと、小さな声で、会長は言った。



〜次へ続く。
(このお話のレギュレーションは、『コールドスナップ使用できる前のスタンダード』です。
普通に十手とか出てきますので、ご了承ください。)



「……ターンエンドだ。」
「終了前に、《十手》に《ブーメラン》を。」
「では、カウンター取り除き、ライフゲイン。2点。」
 不敵に笑う、黒崎聖(ひじり)。彼の操る『オルゾフ・ビートダウン』によって、結花の状況は絶望的だった。
「《十手》によるアドバンテージ差が大きかったですね……。」
 結花の口から、本音がこぼれた。そんな彼女に、黒崎の一言。
「8:2って意味、理解できたかい?」
 既に結花の手札は、現在たったの1枚。前々ターンの《迫害》によるハンデスが致命的だった。ほとんどの手札を落とされており、辛うじて、指定『青』を逃れたのが、
「その手札で……。《ボロスの大天使、ラジア》1枚で、何をしようというんだ。」
 《迫害》によって手札を見られている。ブラフなんてものは通用しない。
 そして場には、結花のクリーチャーは、いない。《ラジア》を出すマナも、無い。白マナが2点出ない状況なのだ。
 対して、黒崎は《闇の腹心》と、そして《オルゾヴァの幽霊議員》をコントロールしていた。《闇の腹心》のお陰で、十分すぎる手札を持っており、腹心によって吸われたライフも、常に《梅澤の十手》によって回復していた。現在、残りライフが『10』である。
「……アンタップ、アップキープ。」
 残りライフが『5』の結花。このターンに何か打開できるカードを引けないと、返しで負けることが確定する。
「ドロー。」
 祈るように、カードを引いた結花。そして引いたカードを確認した。
「……このターンを、終了したいと思います。」
 結花は、何もしなかった。正確には、何も出来なかったのだ。
「あきらめて投了したほうがいいと思うが。」
「普通はそうかもしれませんね。まだ1戦目ですから。」
 投了を促す黒崎であったが、しかし結花はそれを退いた。そして結花は、笑って言葉を返した。

『ちょっと、諦めるのは早いです。もうすこし、やってみましょう。』

「……好きにすればいい。」
 黒崎は、アップキープに山札のカードを1枚公開した。
「《清麻呂の末裔》。3点ルーズ。」
 ライフ用のメモ用紙に書かれていた『10』の字が消され、『7』になった。そして、ドローステップでカードを引いた。
「《十手》、プレイ。」
 先ほど《ブーメラン》で戻された《十手》だ。
「通ります。」
 即答で《十手》のプレイを許可した結花。
「殴って終わり、か。」
「どうでしょうね。」
「……、装備して殴ろう。」
 《闇の腹心》に《十手》を付け、《オルゾヴァの幽霊議員》と一緒に攻撃宣言を行った。
「合計6点だ。コレで、終わりだ。」
「いえ、通るのは2点です。」
 結花はインスタント呪文を使おうとした。しかし、土地には触れていない。
「白2マナが出なくても……これなら辛うじて!」
 手札の《ラジア》を墓地へ……いや『ゲームから取り除き』、もう一枚。彼女がついさっき引いてきたカードをプレイした。
「《輝く群れ》! 私を守って!」
「何っ!」
 油断だった。白2マナ出ないことで、油断していた。ここで、このカードを引かれることは大きな誤算だ。
(コイツのデッキ……、本当にハイランダーなのか!?)
 ここまでジャストタイミングで引かれると、なんだかハイランダーであることも怪しく思われた。
 しかし、黒崎は一回、結花の手札を確認している。先ほどの、《十手》を戻した《ブーメラン》もトップであったし、この《輝く群れ》も、今、引いたものである。
(……試合前に確認したリストは、確かにハイランダーだった。)
 黒崎も例外なく、『生徒会』から同好会メンバーのデッキリストが渡されていた。小金井結花のデッキリストは、A4用紙2枚にわたって記載されていたのが印象的だった。用紙2枚である理由はもちろん、全てが1枚差しだったからだ。用紙1枚では書きき
れなかったのだ。
「……まあ、いい。」
 《オルゾヴァの幽霊議員》のダメージが間接的に戻ってきたが、それでも黒崎の残りライフは『3』。それに、《闇の腹心》に装備された《梅澤の十手》には、しっかりと蓄積カウンターが2個乗ったのだ。ライフの損失は、コレで十分補える。
「《清麻呂の末裔》を出し、ターンエンドだ。」
 ふぅ……。と、深いため息が漏れた。それは、小金井結花のものであり、黒崎聖のものでもあった。
(なんとか……、1ターン耐えた、私。)
(冷静に、場を解析しろよ、俺。)
 結花のターンになった。
「……アンタップ、アップキープ、そして……。」
 ドロー。結花のライフも、既に『3』。
「……ターン、終了です。」
 結花は、また、何もしなかった。
「……。」
「……。」
 しばしの沈黙。が、
「《十手》カウンターを2個、取り除こう。4点ライフゲイン。」
 黒崎のライフが『7』になった。
(腹心は…・・・、どうする?)
 ライフが7。今現在、直接ライフ損失につながるカードは《闇の腹心》だけだ。
「……、いや、このままで。俺のターン。」
 相手の手札がわかっていない。この状況で黒崎は、引いておきたいカードがあったのだ。
「ハンデスカード。コレを引ければいい。」
 手札を確認したい。小金井結花の手札から、何が飛び出してくるかわからないのだ。
「《腹心》。」
 黒崎が《闇の腹心》を指差し、誘発型能力の誘発、そして解決を宣言。
「どうぞ。」
 それを通す結花。
 ぺラリ、とライブラリートップのカードがめくれた。そして黒崎は、このとき、生徒会会長の言葉を思い出していた。
(対戦相手の手札が1枚のとき。君は、手札破壊のカードを引けるでしょうね。)
「……ネズミだ。」
 公開されたのは、《貪欲なるネズミ》。
「……。」
 ううん、と項垂れた結花。
 ライフを『5』に減らし、ドローステップでドローした黒崎は、メインフェイズに《貪欲なるネズミ》をプレイした。
「捨ててもらうよ、最後の1枚。」
「残念です、負けました。」
 結花の手札からは、《神聖なる泉》が公開され、墓地に置かれた。
「……ブラフ、か。」
 場を圧倒していたはずの黒崎が、試合後直ぐに、それも、小金井結花よりも先に、大きく息を吐き出した。額には、うっすらと汗を掻いていた。
(これほどの緊張感、久々に味わった。) 
 何故だろう。場の状況は、完全にこちらが有利だったのだが。
(手札1枚に、コレほどまでプレッシャーを感じたのは、久しぶりだ。)
 なにが起こるか分からない。これが、小金井結花の『ハイランダー』だった。彼女は青のカードを好んで使うが、しかし、単に打ち消しやバウンスを行うのでない。それ以上に『返して』来る。それも、生半端な『返し』ではない。
 《輝く群れ》の返しも、今思えばかなり危険であった。もし先ほど、《十手》によるパンプアップが出来る状況であったとしたら……。
 《ボロスの大天使、ラジア》の総コスト、8点分を丸々返されていたのだ。全く、たまったものではない。
(ハンデスのオルゾフで、助かったな……。)
 しかし、手札さえ見られれば、それらには往々に対処できる。このデッキ選択を行った自分を自賛し、それを推してくれた生徒会会長に謝した。 

「ん〜。惜しかったなあ〜。」

 そんな対戦相手の緊張を知ってか知らずか。結花はさっさとサイドボーディングを始めていた。その顔は、黒崎とは真逆のもの。
 彼女は、こんな状況を『楽しんでいた。』
 小金井結花の今の顔は、比喩するならば「大人に仕掛けた悪戯に失敗した子供」のような、無邪気なものであった。
「ん、先輩の、コレ入れてみよう。」
 サイドボードから数枚のカードを手に取り、メインデッキからカードを入れ替えていた。と、その時、結花と黒崎との目が合った。
「……黒崎さん、楽しくないんですか?」
「うれしいさ、勝てたからな。」
 直ぐに目線を逸らし、黒崎はサイドボードに手を取った。
「……私、とっても楽しい。」
 結花はサイドボーディングを終え、デッキを切り始めた。
「他の人とのデュエル。知らない人との対戦。分からないデッキとの戦いが、今、とっても楽しいんです。」
「……。」
 結花の話には耳を傾けず、黙々とサイドを入れている黒崎。
「でも私……。結構こう見えても、わがままなんです。」
「……。」
「自分も相手も楽しくなくちゃ、私、満足できないんですよね。」
「……で?」
 サイドボーディングを追え、デッキをシャッフルし始めた黒崎。結花の言葉は無視しようかと思っていたが、つい、相槌を打ってしまった。
「欲を言うなら……。」
 すると小金井結花は、周囲を見渡した。釣られて黒崎も、周りを見た。いつの間にか、フューチャー席の周りには人だかりが出来ていた。
「この人達みんな、楽しくなったら、最高に幸せだとは思いません?」 

**********************************************************

「負けた。」
「……ウソ……。」
「ここで嘘をついてどうする。完敗だったよ、大木には。」
 フューチャー席の周りに人が集まってきた。そんな中に、香田と関内の姿もあった。
「町田は、勝ったみたいだな。」
「しのぶちゃんも、勝ちましたけど……。」
 香田晶子は、なんとか平常心を取り戻していた。月島との勝負の際に見せた、良く振って栓を開けたコーラのような彼女は、今は、正に炭酸の抜けたきったコーラのようになっていた。
「……はぁ……。」
 深い溜め息。香田のものだ。
「良く見ておけよ。小金井結花の初陣だ。」
 生徒会関係でない、『純』MTG同好会のメンバーからは、まだ勝者が出ていない。
 香田と関内の後ろから、声をかけられた。
「1戦目は負けたようですね、彼女。」
 大木だ。
「……まだ、2戦目があります。」
 香田は大木に噛み付いた。
 フン、と鼻で笑い、中指でメガネのずれを直す大木。
「関内。どうやら会長の思惑通りになりそうだな。」
「そうかな? 大木。」
 ニヤッと、関内が笑んだ。
「お前さんが負けたときのことを思い出すんだな。彼女は……小金井結花は、今回も『何かやってくれそう』だ。」
 

********************************************

「ネズミだ。」
 2戦目。黒崎のファーストアクションは、《貪欲なるネズミ》であった。ハンデスのcip能力が、結花の手札を襲う。
「う。」
 結花はネズミが出た瞬間、まるで苦虫を噛み砕いたかのような顔をした。そして、
「ええと。では、《昇る星、珠眼》を捨てます。」
 《珠眼》を公開し、墓地に置いた。
「8:2。いや、今なら9:1でもいいかもよ。」
 ターン終了を宣言した黒崎。結花は、眉をひそめ、唇を尖らせた顔のまま、パーマネントをアンタップした。
「《草むした墓》プレイです。タップ状態です。」
 しかし結花は、特に黒崎の言葉には返答せず、土地を出してターンを返した。
「……ふん。」
 返答をもらえなかった黒崎は、面白くなかった。結花ほどあからさまに「渋い顔」をしていないが、しかし彼のこめかみは、ピクリと動いていた。
「ネズミ、アタック。」
「1点ですね。」
 結花はライフカウンターの値を『19』にあわせた。彼女が、このMTGを始めたころから愛用している、天使の絵が描かれているものである。
「戦闘後メイン。」
 黒崎は土地を出した。
「《コイロスの洞窟》出して、白マナ。」
 初めて黒崎のライフが減った。しかし、その1点の減少は、「コレ」が通れば些細なものだ。
「《清麻呂の末裔》。打ち消しは?」
 相手より手札が多いだけで、ライフゲイン能力を持ち、3/5になるクリーチャーだ。3マナのスペックでは破格の能力である。
「う、打ち消せません。」
 さらに顔が険しくなる結花。
「じゃ、ターン終了。」
 にやりと、口元が緩くなる黒崎。まるで、『全てが思い通りに為った』という顔だ。
(やっぱり、会長の『予見』はすごい。)
 口元はニヤついている。実は、このラウンド2は、ここまでは会長の思惑通りに事が進んでいたからだ。
(会長は言っていた。『《清麻呂の末裔》は、打ち消されることは無いですね。』。)
 そして実際に、場は『その通り』になったのだ。
 1回戦でも、この予見は当たっていた。確かにそのときは、彼女は手札を抱えていなかったのだから当たり前な結果であったが、確かに『《清麻呂の末裔》は打ち消されていない』。
「……怖ええ。」
「え、なんですか?」
「いや、なんでもない。」
 黒崎が呟いてしまった言葉。それはもちろん、ここまでの予言をピタリと当ててしまった、『会長に対して』のものだ。
(そして、相手の次の行動……。)
 さらに会長は、その後の展開を予見していた。

(俺の手札に《迫害》が来たら、小金井結花は、返しで『フルタップで呪文を唱える』……か。)

 《迫害》。ラブニカの参入によって環境が多色になったことも関与し、さらに強力なハンデススペルになった9版のカード。
 コレが通れば、相手に多大な被害を被れる。大量のアドバンテージを取ることが出来るのだ。
 これも、1回戦で会長の予見は的中している。《迫害》が手札に来た返しのターンに、彼女はフルタップしてきたのだ。故に、簡単に《迫害》を通すことが出来た。
(会長の予見が正しければ、彼女はこのターン……。また、土地を全タップする!!)
 手札があっても、土地が……。打ち消すためのマナが無ければ、どうということはない。

「アンタップ、アップキープ。」
 そしてドロー。結花は引いてきたカードと手札を見比べて、
「ちょっと危険だけど……。」
 勝負に出た。
「《ラノワールの荒原》をプレイ!」
 結花は土地を置いた。

 現在、結花は
・《繁殖池/Breeding Pool(DIS)》
・《シヴの浅瀬/Shivan Reef(9ED)》
・《草むした墓/Overgrown Tomb(RAV)》
・《ラノワールの荒原/Llanowar Wastes(9ED)》
 そして、
・《シミックの印鑑/Simic Signet(DIS)》
 をコントロールしていた。5マナ出る状況だ。
 
 そして結花は、『全ての土地と印鑑をタップさせた』のだ。

(……会長の予見どおりだ!)
 マナを生み出すため、彼女は本当に『全ての土地をタップ』させた。これが意味することは一つ。
(返しのターン、《迫害》が通る!)
 もちろん現環境には《撹乱する群れ》のようなピッチスペルカウンターがあるが、それでも1対2交換になればそれでも十分だ。出来るだけ手札を減らさせ、《清麻呂の末裔》の能力を発揮させておくことが大切だ。
(多少のファッティなら、《屈辱》を引ければ、どうにでもなる!)
  
 結花は呪文を詠唱した。
「……我は望む……。」
 彼女は手札から1枚のクリーチャーカードを公開した。それは、9版の、緑のクリーチャー。
「野生で純真な彼女の唱は、我らに新たなる覚醒を与えんことを!」
「……このっ!」
 黒崎は、次ターンの予定を崩さざるを得ないカードであった。

「行って! 《種子生まれの詩神/Seedborn Muse》!!」



「ターン、終了です。」
「……アンタップフェイズ。」
「じゃ、こちらもアンタップですね。」
 先ほどとはうって変わって、結花はニコニコしながらパーマネントをアンタップする。
(……プランが、崩れたな。)
 会長の予見は確かに『当たった』。結花は『自らの土地を全タップし、呪文をプレイしたのだ』。会長の予見は間違っていない。
(しまったな。)
 深く息を吸い込み、黒崎はカードを引いた。
(……しかし、試してみる価値はある。)
 メインフェイズ、黒崎は勝負に出た。彼女の……結花のデッキがハイランダーであるならば、打ち消しスペルを引いている可能性が低いのは自明だ。
「《迫害》だ。」
 セットランド後、黒崎の手札から放たれた《迫害》。
「……。ん〜。」
「通るか?」
 一瞬の硬直の後、結花が動いた。
「通るんですけど……。実はちょっと、待っていました。その呪文。」
 《シヴの浅瀬》と《繁殖池》をタップする結花。ダメランによって、ライフを1点減らした。

「……時には霊感を求め、そして時に、それが目の前にある。その目下にある力、我は得んとす!」

『オオオオッッ…!』

 彼女が、《迫害》に対してレスポンスした呪文に、ギャラリーが一瞬、沸き立った。

「《双つ術/Twincast(SOK)》! 《迫害》をコピー!」

「な……!」
 また、油断した。ついさっき、さっき自分に言い聞かせていたじゃないか。

『彼女は、それ以上に『返して』来る。それも、生半端な『返し』ではない』。
 
「よろしいでしょうか? 黒崎さん。」
 彼女の眼。澄んだ眼。奥まで透き通っている、無垢な色をしている。
 彼女は心の底からMTGを楽しんでいる。無邪気な彼女の心は、何故か見ていて、こちらまでわくわくさせられる。
「……面白い。」
 黒崎が、笑った。
「勝負だ、小金井結花。色指定をどうぞ。」
「黒です。」
 即答だった。そして……。
「……全部、落ちたよ。」
 《屈辱》や《オルゾヴァの幽霊議員》を含んだ『黒カードの束』が、いっぺんに墓地に落ちた。
「全く予想外だった。コピーを作られるとはな。」
 悔しい、が、何故だろう。一方的にやられてたのだが、彼女との戦いを楽しんでいる自分がいる。
「黒崎さん、あなたの《迫害》は、まだ解決していません。」
「……そうだな。」
 結花が《迫害》の解決を促した。
「じゃあ、青だ。」
「……手札、公開します。」
 
・《潮の星、京河/Keiga, the Tide Star(CHK)》
・《照らす光/Bathe in Light(RAV)》

 ふ、と吹き出した黒崎。こちらの被害に比べれば、彼女は大したことないじゃないか。
「結果的に、《迫害》を打つことは無かった、か。」
 しかし《京河》を墓地に落とせたのは収穫だ。結花は《京河》を墓地に置いた。

「攻撃も、意味が無いな。」
 黒崎はターンを終了した。そして結花に言った。
「《迫害》黒指定……。即答だったな。根拠があれば、理由を教えて欲しいものですね。」
「ラッキーカラーです。テレビの占いの。」
 あっけらかんと答えた結花。唖然とする黒崎。
「今日のラッキーカラー、私、黒らしいんです。そしたら対戦相手が『黒崎』ですから……。おかしいですよね〜。」
 笑いながら、土地をアンタップする結花。
「……私、本当に、わがままなんです。自分も相手も楽しくなくちゃ、私、満足できないんです。」
「……さっき聞いたな。」
「ギャラリーのみなさんも、楽しくなれたら、最高に幸せです。」
 ポリポリと、こめかみを掻く黒崎。
「それも、さっき聞いたさ。」
 ええ、と結花が頷く。
「でも、それだけでは足りない。わたし、決めました。」
 結花の宣言。

「今回のデュエル、生徒会の……。会長さんにも、楽しんで貰うことにしました!!」

ノシ 
作者注;作中の大会は、
『コールドスナップ発売前』に始まっています。
フォーマット等々、現在とは異なっていますので、
ご了承ください。
(しかも駆け足です。もうなんというか、いろいろ無理してます。スンマソン。)




「相性は、8:2でこちらよりですよ。」
 黒崎聖の挑発。
 ダイスを転がしながら、黒崎は小金井結花に話しかけてきた。
「あなたのデッキでは、僕には、勝てませんよ。」
 不敵な笑顔。やはり黒崎も、小金井のデッキ……もとい、同好会のデッキ全部を把握しているだろう。
 黒崎の投げたダイスは、「6」の目を上にして止まった。六面ダイスでは、これ以上の目はありえない。
「先攻、頂きますよ。」
「まだ、投げていませんよ、私。」
 お借りします、と一言断って、結花はダイスを投げた。
「フン。6より大きい目は出ないよ、そのダイスは。」
「……。」
 しかし結花の投げたダイスは、同じく「6」を上にした。
「6、は出ますね。」
「……。」
 小さく舌打ちし、黒崎が再度、ダイスを投げた。「4」だ。
「お借りします。」
 そして結花の投げたダイスは。
「『5』ですね、先攻いただきます。」 
 結花と、生徒会の黒崎聖の卓は、フューチャー席であった。テーブルの横にはジャッジが座り、今回の戦いについては全て記録に取るというのだ。
「もちろん、両者から同意をいただけない場合はフューチャーしませんが、いかがします?」
 試合前のジャッジの確認。これに、二人は了解した。
 先手、マリガンチェック中。
 結花は手札を見て、そして、
「大丈夫、マリガンなしです。」
 マリガンしない旨を伝えた。対して黒崎は、それを聞いた直ぐに、マリガンを宣言した。
「先ほど……8:2でこちらが不利といってましたね。」
 相手が切り終わったデッキをシャッフルしながら、結花が黒崎に聞いて来た。
「……ああ。」
「でも、私思うんですけど。」
 シャッフルが終わり、黒崎にデッキを返す。
「……『2』あれば、十分と思いますよ。」
 小金井結花の、のんびりとした、楽観的な口調。
(……フン、くえねえなあ、この女。)
 また彼が、小さく舌打ちをした。彼の癖なのだろうか。
「キープ。」
 黒崎が手札をキープした。小金井結花の、デビュー戦が始まった。
「では、宜しくお願いします。お互い、楽しみましょう。」
 結花は、無垢な笑顔で『楽しもう』といい、そして、《繁殖池》をタップ状態で場に出した。

********************************

「……ん。」
 麻生秀英は、手札から《神の怒り》をプレイした。がそれを、茅ヶ崎しのぶは許可しなかった。
「《差し戻し》ッス。」
 しかし麻生も、それに対して打ち消しをプレイする。
「……立っている《島》から……。《呪文嵌め》で。」
「う、それは……通ります。」
 しのぶは、自分がコントロールしていた《深き刻の忍者》と《闇の腹心》を墓地に置いた。
 麻生秀英のデッキは『青白パーミッション』であった。正直、彼の体つきからはイメージし難いデッキではあった。
 対する、茅ヶ崎しのぶは『スノーストンピィ』。白青黒の三色ビートダウンであった。軽量打ち消しでテンポを奪い、《深き刻の忍者》と《闇の腹心》で手札補強、そして優良な軽量生物でビートダウンするデッキだ。
 その手札補強の要である2体を、神の怒りによって流されてしまった。が、
「《勇丸》と、《闇の腹心》2号、召還っす。」
 フルタップ状態の麻生には、それらを打ち消す余力は無かった。そしてさらに、彼のライフは残り「4」であったのだ。
「……。」
 麻生は、トップデッキに全てをかけた。なぜなら今、彼の手札には、あの生物2体をどうにかする方法が無いのだ。もう1回、《神の怒り》を引くことが出来れば最高ではあるのだが。
 が、彼が引いてきたのは《潮の星、京河》だった。手札には土地がある。
「……。島、出して、《潮の星、京河》」
 意を決して、《京河》をプレイした。茅ヶ崎の土地は《神聖なる泉》と《地底の大河》が立っており、打ち消される可能性があったのだが。
 が、茅ヶ崎は京河を出させるしかなかった。打ち消せなかったのだ。
「うひゃあ、マズイっすね。」
 スノーストンピィは、ファッティに弱い。手に負えない生き物が出た場合、取り除く方法が少ないのだ。かつ、《京河》という『除去してもオマケが付いてくる』ものも心底苦手だ。
「仕方ないッスね、こちらのターン。」
 《闇の腹心》を指差し、
「めくるッスね。」
 麻生も了解し、デッキのトップがめくれた。
「……あ。」
「……え。」
 めくれたのは、茅ヶ崎しのぶが最も気に入っているカード。
「……6点、ライフ支払うッスけど……。」
「……。まけ、ました……。」
 茅ヶ崎しのぶは、めくれたカードを眺めていた。めくれただけで、対戦相手が投了した、魅惑のカード。
「……全然、忍んでないッスね、墨目さん。」
 半笑いで、しのぶは《鬼の下僕、墨目》を眺めていた。

********************************************

「教えてもらおうか、今回のカラクリを。」
 《寺院の庭》をアンタップインし、《極楽鳥》をプレイした。
「カラクリなどないさ、しいて言えば…。」
 返しに、大木がプレイしたのは、《ウルザの塔》。先ほどの《ウルザの魔力炉》に続き、2枚目の『ウルザランド』だ。
「会長が、そう『望んだ』からだな。」
 そして、《イゼットの印鑑》をプレイ。これで次ターンに色マナが確保された。
「また『会長』か。」
 ドローをする関内。あまり芳しくなかったのか、渋い顔をした。
 しかし《森》をプレイすると、大木の《印鑑》に対してスペルを詠唱した。
「朽ちろ、《化膿/Putrefy(RAV)》だ。」
 大木が使用する『ウルザトロン』は、マナを攻められると苦しいはずだ。
「言っただろう、関内。」
 しかし対して動じることも無く、大木は印鑑を墓地に置いた。
「会長は、『偶然』を『必然』に変えるんだ。」
 大木は、自ターンのドローをした。
「会長は、自分にこう言った。」
 ニヤリ、と笑顔になり、大木は土地を置いた。
「『今日はよく、揃う日ですよ』とな。《ウルザの鉱山》。」
 サクッと、3枚の『ウルザの』が揃った。そして、
「《印鑑》出して、そして《降る星、流星》だ。」
 一気に、伝説の龍を召還したのだった。
「会長の『予見』を教えてやるよ。」
 先ほどの関内が使用した《化膿/Putrefy(RAV)》は、完全にミスプレイングだった。あせりすぎだった。
「『関内君、彼は今日、小さなミスで、勝てない試合が多いだろうね。』」
「……な、なに?」
 大木はさらに話した。めがねを中指で直しながら、1回戦の『勝敗』について語り始めた。
「『町田速人君、茅ヶ崎しのぶ君。両名は、たぶん勝つだろうね。強いし。』」
 淡々と、会長からの伝言を伝えるように、関内に語った。
「『そして関内君と、香田晶子君。あと、小金井結花君。彼らは、勝てないよ。』とな。会長は既に、お前たちの負けを予見しているのさ。」

**********************************************************

「よっしぁぁぁっ!!」
 香田晶子が、無意味に気合を入れて引いてきたカード。それは、場を一気に逆転できるカードだった。
「《栄光の頌歌/Glorious Anthem》!」
 晶子が、『2枚目』の《栄光の頌歌》をプレイした。
「一気にアタック!!」
 実質、ブロックされない状態であった《ヴェクの聖騎士》を除いて、月島は、自分のクリーチャーを全て盾にするしか、生き残る術は無かった。
「残ライフは!?」
 ちょっと(どころか、かなり)興奮気味な晶子。
「の、残り、2だ。」
 その勢いに、完全に呑まれた『月島』。逆にすっかり、おとなしくなってしまった。
「よ〜し! ターン終了!」
 先ほどのブロックによって、月島のクリーチャーは全滅。しかし、結花のライフも『残り4』であった。
「トップデッキ勝負、だな。」
 月島の手札は0枚。このドローで、《血の手の炎》を引かないと、負ける。
 が、既に墓地に1枚の《血の手の炎》。引く確率は非常に低い。《黒焦げ》ではダメなのだ。
「さてどうするか。」
 月島はデッキに手をかけ、カードを引いた。
(月島君、今日はトップデッキが強い日ですよ。)
 試合前、会長から電話越しに言われたあの言葉を思い出した。
 そして、月島は、引いてきたカードを見て、驚いた。
「……怖いな、あの人は。」
 静かに、月島は引いてきたカードを晶子に見せた。
「《血の手の炎》、対象はアンタだよ! 同好会!!」

********************************************




〜次回予告〜

「自分も相手も楽しくなくちゃ、私、満足できないんです。」
「……で?」
「欲を言うなら……。」
 小金井結花は周囲を見渡す。フューチャー席の周りには人だかりが出来ていた。
「この人達みんな、楽しくなったら、最高に幸せだとは思いません?」 

 会長の予見は、当たってしまうのか!
 小金井結花の運命は!
 そして、興奮しすぎた香田晶子は、普通の女子高生に戻れるのか!?

「さらに欲を言えば……。会長さんにも、楽しんで欲しいんです、私。」

次回は何時か。

作者注;この作品の大会は、
『コールドスナップ発売前』に始まっています。
フォーマット等々、現在とは異なっていますので、
ご了承ください。


「《勇丸》!」
 香田晶子の最初の行動。《平地》からの《今田家の猟犬、勇丸》でスタートを切った。
「へへぇ♪ 『さっき』と同じだね♪」
 月島は、『初戦と同じ』行動であることを強調した。彼女に、精神的にプレッシャーを与えるつもりの行動だ。
「はい、そうですね。」
 だが、全く香田は動じていなかった。それ以上に、
「けど、先ほどのようには行きません!」
 彼女は、凛として、輝いていた。
(……ふうん……面白くねえなぁ。)
 月島の本音だ。マリガンスタートしたものの、初手が芳しくない。
(……ちっ。《ルサルカ》スタートか。)
 後手のドローを終えた月島。1ターン目から出せる生物は《焼け焦げたルサルカ》だけであった。
「……《焼け焦げたルサルカ》!行け!」
 あら。 と、香田晶子は、セレブな奥様宜しく、左手で口を押さえて微笑んだ。
「先ほどとは、打って変わって『小さい』ですわねぇ。」
 あからさまな、香田晶子の挑発。初戦で月島に言われたことを、まんまこの場で返してきた。
「へぇ、言うねぇ、姉ちゃん。」
 口をへの字に曲げ、笑いながら月島はターンを終了した。が、
「後悔すんなよ、姉ちゃん。一気に押しつぶしてやる。」
 一瞬にして、月島耕一から、笑みが消えた。



(残ライフが……。12。)
 ちらちらと、ライフをメモしたノートに目を運ぶ、『勝川 純』。目の前には、バーン使いの『町田速人』。
「お? ライフは12か、そうかそうか。」
 うれしそうな町田。町田の土地の並びを見るに、何時でも『4マナ』出せる状況であり、そして……。
(場には、《炎の印章》。)
 ノートから目を離した勝川は、次に、町田がコントロールする《炎の印章》を見た。
 第1ラウンドの屈辱……冷静になれば、十分に考えられたあのインスタント、《碑出告の第二の儀式》。
 また勝川は、そのスペルの『射程内』にいたのだ。
「ん、じゃ、ターン終了だ。」
 町田がターン終了の宣言をした。しかし、勝川がそれを制した。
「すこし、考えさせてください。」
 どうぞ、と町田が答えた。そしてしばしの沈黙のあと、勝川は、無言で《森》をタップした。
「マナバーン、します。残ライフ11。」
 勝川の中では、これが最善とは思わなかった。なぜなら、今手札には、打ち消し系のスペルが『無かった』のだ。
 しかしここで勝川が、マナバーンをしてまで《碑出告の第二の儀式》を避けたかった理由。それは、手札にきた2枚のフィニッシャー。《現し世の裏切り者、禍我》と《火想者の発動》のためだった。
(返しのターン、フルパワーでカードを引く!)
 他のパーツが……『マガシュー』のパーツが揃っていなかった。そして、フィニッシュ方法が2枚来たのであれば、片方は無意味な存在になりかねない。
 だとすれば、《火想者の発動》はドローに変えたほうが良いだろう。もちろん、使用した返しのターンは、完全な無防備になる。だからこそ、ここでマナバーンすべきだと……ライフを『11』にすべきだろう、と。勝川はこう考えたのだった。
 ここでマナバーン。もし《碑出告の第二の儀式》を、相手が構えていたら、ここで決めてくる。
 が、ここで打たない場合。《碑出告の第二の儀式》による一撃必殺からは、確実に逃れられる事が出来るだろう。『1点』の火力が入っているとは、到底考えにくい。
 先ほど以上の沈黙。周囲のデュエルの音だけが、このデュエルスペースに響いている。
「……どうぞ、ライフが11だな。」
 マナバーンが、許可された。町田は、対戦相手である勝川にも、はっきり聞こえる大きさで『舌打ち』をした。
(やっぱり、狙っていた、か。)
 大きく息を吐き、勝川は安心した。これで『瞬殺』の恐怖から逃れられたのだから。
「アンタップ、アップキープなし。」
 土地を立たせ、デッキに手を掛け、そして、引いた。
「……次のターンで、決めます。」
 勝川は土地をプレイ、そして、出せるだけのマナを生み出した。声高らかに宣言した、大量ドローを期待できる、このスペルの名前を。
「炎よ! 幻想を映し出し、我にまだ見ぬ『知』を与えよ!」
 パチン! カードがデュエルの中央に叩きつけられた。
「《火想者の発動》!! X=6!! モードは……ドロー!」



「《腐れ蔦の外套》だ! 対象は《瘡蓋族のやっかい者》!」
 +1/+1カウンターが乗っている《やっかい者》に、さらに《外套》が付く。
「……っヤバっ!!」
 本音だ。月島は、香田の発した言葉が真意であると感じた。だからこそ、月島は《やっかい者》を突貫させたのだ。
 ……目の前に、《ヴェクの聖騎士》がいたのだが。
「ヴェクなんて、踏み潰していきやがれぇ!」
 6/6に膨れ上がった、本当に《やっかい者》が襲ってきた。流石に《ヴェクの聖騎士》でも、ダメージが突き抜ける。
 が、今の香田は、すこぶる冷静であった。
「……なんちゃってね♪」
 『ブラフ(はったり)』を行えるほどに、冷静で、かつ、戦いを楽しんでいた。
「《勇丸》と《ヴェク》でブロック!」
 ダメージスタックの乗せるタイミングを教わったのは、『関内辰之助』から。
「……ははっ? 一体、何を……。」 
 月島からは、あせりの表情。
 香田が言った、最初の焦りの言葉は、完全なブラフ。しかし月島のこの表情は、本物。香田晶子は確信した。
「ダメージ割り振り前!」
 平地が2枚タップされた。
「……真実は闇の中ですら輝き、真実を進むものは、常に高潔な光の中へ!!」
 この『輝き』の使い方は、親友である『小金井結花』から教わったもの。
「私は、1人で戦っていない!! 《照らす光》!!」
「なに!」
 対象と同じ色のクリーチャーに、好きな色のプロテクションを与えるインシタント。
「……が、6/6のコイツには、その2体じゃあ勝てないよなあ。プロテクが付いててもさ♪」
 かなりの焦りを感じたが、しかし所詮、ブロックしているのは2/2が2体だ。6/6には及ばない。
「そうかしら? それ、3/3よ。」
 は? 月島は彼女の言い分の意味を理解できなかった。
 が、彼女……香田晶子が指し示している先には、彼女が先ほど召還し、速攻でプレイヤーに殴りかかってきた、飛行クリーチャーがいた。
「そ、《空騎士の軍団兵》!!」
「ビンゴ!」
 香田晶子が、『対象』と『選択する色』を宣言した。
「対象は《空騎士の軍団兵》!! そして、色は『緑』!!」
 解決した瞬間。
 場の空気が浄化された。
 なぜなら、腐り朽ちた、蔦の鎧が、瞬時に消失したのだから……。



「……痺れただろ?」
 町田は、右手人差し指と中指で、一枚のカードを挟んでいた。
「……最初から……。」
「ん?」
 勝川純は、顔を上げた。目に涙を溜めて。
「最初から『それ』狙いだったんですか!」
 ポリポリと、頭を掻く町田。そして、
「……あったり前だろ。《碑出告の第二の儀式》がネタバレしている相手に、効く訳が無いだろ。」
 やられた。勝川は完敗だった。

 揺れる炎は幻想を移し、そしてそれは、プレインズウォーカーに『知』を与えることを約束した。
 が、その炎の隙間から、町田は、そのスペルを放った。

「何のためにサイドボーディングだよ。俺は、こういう結末を狙っていたんだ。」

 町田は笑っていた。右手に、《類電の反響》を掲げながら。


ノシ
作者注;この作品の大会は、
『コールドスナップ発売前』に始まっています。
フォーマット等々、現在とは異なっていますので、
ご了承ください。




 香田の初手は、中々にきれいなマナカーブを取っていた。

・《今田家の猟犬、勇丸/Isamaru, Hound of Konda(CHK)》
・《八ツ尾半/Eight-and-a-Half-Tails(CHK)》
・《平地/Plains(RAV)》 ×3
・《黒焦げ/Char(RAV)》
・《聖なる鋳造所/Sacred Foundry(RAV)》


 幾分土地が多い気がする。最初、彼女もそう思った。
 が、1ターン目に《勇丸》が出せる。その後《八ツ尾半》につなげられれば、相手のデッキ次第では一気に場を押せると考えた。

「マリガンなしです。」
「こっちも無し。」
 対戦相手の『月島耕一』は、即答だった。彼は手札を一瞬見ただけで、マリガンしないことを決めた。
「……お早い決断ですね。」
 香田はあまり面白くなかった。偶然とはいえ、生徒会の思惑通りになってしまったことが非常に気に入らない。
「『即決即断』。これがオレの座右の銘なのさ♪ さ、そっちが先手だよ。」
 そんなことは判っている。
「すぅ……ふぅ。」
 香田は大きく息を吸い、そして、ゆっくり吐き出した。自身の心を落ち着かせるために。
(気負いすぎ。大丈夫、いつもどおりにやればいいのよ、香田晶子!)
 部活の存続がかかった、この大会。副部長の香田は文字通り、プレッシャーに押しつぶされそうになっていた。何とか自分を冷静にしようと、何度も同じ言葉を心の中で繰り返している。
(大丈夫、いつもどおりに、楽しもう、私。)

 そして、晶子は《平地/Plains》をプレイしたのだった。
「いけ!《今田家の猟犬、勇丸》!!」
 1マナ圏内のスペックでは、現環境では『これ』を超えるものはいないはずだ。
「ターン終了、です。」
 月島のデッキがコントロール系であったならば、晶子が相性では勝っている。それに彼女は、1ターン目に出来得る、最高のスタートを切ることができたのだ。
「んじゃ、ドローっと♪」
 しかし月島は、《勇丸》に対してまったくの無反応だった。さも、彼女の一手目が『この動き』であったことを見透かされているかのような、そんな感じだった。
(……デッキが知られている、と考えたほうがよさそうね……。)
 相手は『生徒会』だ。デッキの全て、とは行かなくても、誰が何を使っているか、ぐらいは把握されているだろう。
(もしそうだとしても、《勇丸》に対して何にもリアクションが無いのが気になるわね。)
 1マナ2/2。パワータフネスの数値だけでは、現スタンダードにこれを超える1マナクリーチャーは居ないはずだ。
「……くくっ♪」
 月島が、笑った。
「くくくっ! 小さいなあ、犬っころ♪」
「なっ!」
 決して小柄といえない《勇丸》に対して、『小さい』と言い放った月島。
 その理由は、単純なものであった。月島は、《勇丸》以上のクリーチャーを展開してきたのだ。
 彼の手札から、《踏み鳴らされる地/Stomping Ground》がプレイされた。
「一気に叩き潰せ。《密林の猿人/Kird Ape》!!」
 カードに書かれているパワー、タフネスは、たったの1/1である。しかし、この《猿人》……ただ1枚の《森》をコントロールするだけで、いとも簡単に《勇丸》のスペックを上回ったのだ。
「う……うそ……。」
 香田は、最高のスタートを切ったつもりだった。しかし対戦相手は、それ以上の立ち上がりだったのだ。
「ほいほい♪ こっちはターン終了だよ。」
(……くっ!!)
 なんとなく人を馬鹿にしているような、そんな話し方をする『月島』。
 そして、《勇丸》の目の前に立ち塞がる《密林の猿人》。
「すぅ……ふぅ。」
 香田は大きく息を吸い、そして、ゆっくり吐き出した。
(落ち着こう。まずは冷静になろう。)
 何度、この言葉を反芻しただろう。頭の中では判っているはずだった。
「……こちらのターン、ドローです。」
 大丈夫。返しでこちらは《八ツ尾半》を場に出せる。彼女が場にいれば、クリーチャーの攻撃は、プロテクションで止める事が出来るようになるはずだ。
 しかし、香田のこのドローが、テンポを狂わせる原因となった。
 彼女、香田晶子が引いてきたのは。
(……先輩の《梅澤の十手》! )
 《勇丸》につけて殴ることが出来れば……いや、誰でも良い。一度でも、戦闘ダメージが通れば、一気にアドバンテージを得られる。現環境で、『最強』といっても過言ではない装備品。
(これを《勇丸》に装備できれば!)
 彼女は《平地》をプレイし、即、2マナを生み出した。
「古き侍の名を冠す、邪を払う神器よ! 《梅澤の十手》!」
(次のターンで、逆転が出来るはず!)
 しかし彼女のこの行動は、直ぐに『過ち』であることに気付かされる。
 十手を出されていても、全く動じず、それ以上に、先ほどよりも楽しそうな笑みをこぼす、月島。
 ムッと来た香田は、しかし平静を保ったように、月島に聞いた。
「……なにか、可笑しなことでも、在りましたか?」
 笑った顔を崩すことなく、月島はそれに返す。
「うん。」
 さらに月島は言葉を続けた。
「あなたが、『十手を全く使い慣れてない』ことが良くわかったよ♪」
「……!!」
 そして月島のターン。
「ほ〜らほら! 《ブリキ通りの悪党》だ♪」
 同じく彼も、2マナのスペルを使用した。しかしそれは、彼女の希望を容易く砕く代物であった。
「あっ……!!」
「ほらほら〜。大切な十手、割れちゃうよ♪」
 悪党の誘発能力。香田は歯を食いしばりながら、ゆっくりと十手を墓地に置いた。悔しかった。
(なんて馬鹿なことをしてしまったの私……。冷静になれば、この結果は見えていたはずなのに…。)
 しかし、香田は冷静ではなかった。何度も何度も自分に『冷静になれ』と繰り返すが、逆に繰り返すたびに、彼女は自分自身の作り出したプレッシャーに押し潰されていった。

「《八ツ尾半》!! 私たちを守護って!!」
「ん〜。それは厳しいなあ♪ けど……。」
 月島は静かに、赤のエンチャントを場に出した。
「《炎の印章》は、防げないんだよね♪ その狐♪」

「い、《稲妻のらせん》で、《密林の猿人》を焼きます!」
「ははっ♪ では僕は《焼け焦げたルサルカ》で、猿を生け贄にしよう♪」
 香田に、さらに1点のダメージが入る。
「では、らせんはフェズって(対象不適正)、打ち消されようか〜♪ ライフ回復なんて、させると思う??」
 

 そして。
「《瘡蓋族のやっかい者》、アタックかな♪ トランプルだけどね〜。」
「……。」
 香田のコントロール下には、《腐れ蔦の外套》が付いた《やっかい者》を止められる生物は、居なかった。
「負け、ました。」
 俯いたまま、香田は土地を片付け始めた。
(負けられないのに……負けた。)
 1本目を、彼女は落とした。
 もちろんこれで終わりではない。この試合は2本先取である。デッキに15枚からなるサイドボードを入れ替え、また直ぐに2本目が始まる。
 しかし、彼女は1本目の戦いで、正しく『疲労困憊』の状態だった。
 自らが自らに科したプレッシャー。さらに対戦相手の執拗なまでの挑発。
 彼女の心は、折れかかっていた。これ以上に折れてしまったら、添え木をしても直らない位に。

 心労か、それとも動揺か、はたまたその両方からか。
 サイドボードを取ろうと手を伸ばした彼女の手の甲。自らのデッキケースに当たってしまい、誤ってテーブルの下に落としてしまった。
「おいおい、大丈夫かい?」
「……。」
 月島の言葉に対し、何の返答もしない香田。彼女は無言で、デッキケースを拾った。
「……。」
 いつもの部活であれば、ここで関内部長や、小金井結花、茅ヶ崎しのぶたちにアドバイスをもらうことも出来る。
 しかし今は、公認大会中である。試合中にアドバイスを貰うことは許されない。
 香田晶子は、1人で闘っているのだ。
「……でも、1人じゃ、勝てないよ私……。」
 目には涙が溜まってきた。今の今まで『みんな』で楽しくやれればそれでよかったマジック。
 とりあえず形だけ『副部長』になってみたけれど、実際のマジックの実力は、多分、みんなの中で一番下。
 そんな私が、1人で生徒会の人間に勝てるわけない……。
(……もう、あきらめようかな。)

(ちょっと、諦めるのは早いです)
 ……え?
 誰かの声が聞こえたような気がした。
「……ん〜♪ どうしたん?」
 月島はその声に気付いていない。
 周囲は試合中である。誰かが発した一言が、自然に耳に流れ込んだだけかもしれない。
 しかし……香田晶子には、この一言が大きな励みになった。
「この言葉、よく結花が使っているのよね。『まだ諦めない』とか『もう少しやってみます』とか。」
 そしていつの間にか、笑顔で、楽しそうにサイドボーディングしている香田晶子が、そこに居た。
「そして……結花は、その一瞬で、逆転する。」
 サイドボーディング自身、カジュアルな場では滅多に行わないため、香田晶子は『慣れている』とは言い難い。
 しかし、かなりのハイペースでカードを選び、そして入れ替えている。
「だから私も、一瞬まで諦めない。」
 また、声が聞こえた。
(そう、そして、一番大切なこと、何だと思う?)
「さっきまで忘れていた、一番忘れてはいけないこと。」
 ザッ、と、デッキを切りなおし、そして香田は、月島の目の前に、自らのデッキを差し出した。
「それは、『楽しむこと』!! 私はそれを忘れたから、負けたんだと思う!!」
「……へぇ……♪」
 香田の行動を見ていた月島は、複雑な表情を示した。先ほどまで完膚なきまでにボロボロにした相手が、何故か瞬時に回復して、それどころか、初戦以上に『熱く、燃えていた』のだから。
「やりましょう2戦目、月島耕一さん。」
 香田はさらに、自分の現在の気持ちを、素直に、純粋に、ストレートに伝えた。
「生徒会とか、もう関係ありません。今は私、『楽しみたい』んです!!」
 香田の目は輝いていた。
 それは悔いの涙のためではなく、
 未来への期待の炎が、光を発していたからかもしれない。







(おっ。香田が吹っ切れやがったww)
 香田晶子の真横の席。そこに座っていたのは『町田速人』だ。
(いいねえ、やっぱり可愛いね彼女。)
 町田は、香田の横顔ばかり見ている。
 ここはマジックの大会であるため、町田の目の前にも『対戦相手』がいる。それを半分無視して、町田は香田の様子を伺っていたのだ。
 この行動は対戦相手に対しては非常に失礼な行動に値するのだが。
 しかし町田の対戦相手『勝川 純』は、全く気にしていなかった。なぜなら……。
「では、《幻の漂い》変成。《早積み》手札。」
 コンボが成立していたからだ。
(……コンボデッキ……ハートビートのマガシュートか。これは負けたか?)
 多量マナを生み出し、《現し世の裏切り者、禍我》で勝負を決するデッキ。
 安定したサーチエンジンがあるため、かなり早い段階でコンボを決めることが出来る。対応策を打たないと、早い場合4〜6ターン目にはコンボが成立してしまう。
 そして勝川は、その5ターン目に決めに来た。
 既に場には《春の鼓動》があり、《早積み》も先ほど持ってきていた。
(《沼》がないな…。《山》があるってことは、《火想者の発動》のほうか。)
 マガを使わず、《火想者の発動》を使うタイプもある。もっとも、両方を投入しているものもあるらしいが、もっとも、町田はそのタイプとは戦ったことがないのだが。
 そして相手は、《早摘み》を経由し、マナをマナプールに溜めていく。
(……ふ〜ん。やっぱり、諦めるもんじゃないな、マジックって。)
 町田は、さっさと投了して次に行くつもりだった。町田が使う『ボロス・バーン』では、いわゆる相手のコンボの邪魔が出来ない。最速火力が回り、コンボ成立前に相手を焼ききるしか勝利への道はなかったのだから。
 が、実は、町田にも聞こえてきたのだ。香田晶子にも聞こえた、あの声。

(ちょっと、諦めるのは早いです)

「では、合計でX=20です。《火想者の発動》」
「……ぷ、ぷっひひひひひ!!!!!」
 町田が笑い出した。吹き出した。
 突然の笑い声に、勝川が文字通り引く。
「ちょ、いきなり狂って殴りかかるとか無しですよ、警察呼びますよ!」
 体格が小柄な勝川は、奇声に近い笑い声を上げた町田に、ビビッてしまった。
「いやいや……悪い悪い。おれの『思惑通りになった』からさ。」
 目に涙を溜めながら、まだ笑っている町田。
 深呼吸を数回繰り返し、落ち着いた町田が、勝川に聞いた。
「でさあ、あんたのマナプール、いまドンくらい?」
「カラです。」
 勝川はきっぱりと答えた。
「土地は?」
「立っていません」
 優等生宜しく、しっかりはっきりとした明確な受け答え。
「手札は?」
「1枚。」
「よし、じゃ、俺の勝ちだ。」
 町田は、自らの土地に手を添えた。立っているのは、『山、2枚』
「これから3つの質問をする。順に答えること。」
「……は、はい。」
 にやり、と町田の口が歪む。楽しくて仕方がないといった表情。
「その1.あなたの残りライフは?」
「…『12』、です。」
 土地が1つ、タップされた。
「よろしい、それではその2。」 
 土地が、合計で2枚、タップされた。
「この場で逆転可能なカードが1枚存在する、それってなんだ?」
「……。合計で12点ライフは、削れません。4マナでは。」
 勝川は首を横に振る、確かに、『4マナで12点』のダメージソースは存在しないはずである。
「んじゃあ、さ。最後の質問。これ、なんだ?」
 町田は、自らがコントロールしているパーマネントを1つ指差した。
「……《炎の印章》…………!!!!」
 失念していた。
 1ターン目に確かに、町田は出していた。
 自分はコンボの達成に夢中になっていて、すっかり記憶のかなたになってしまっていたことに、今、気付かされた。
「……ったく!! 最近の若いやつらっていうのは、何でこうも『ライフに鈍感』なのかね!!」
 町田の手には、赤く燃える『復讐の炎』が燈っていた。
 《炎の印章》が、プレインズウォーカーの命を削り、『10』にあわせた。


「燃えちまえよ!!《碑出告の第二の儀式/Hidetsugu’s Second Rite(SOK)》だ!!!」





〜〜次回予告〜〜
 オルゾフビート。
 迫るハンデス。
 襲ってくる生物破壊。

「相性は、8:2でこちらよりですよ。」
 黒崎の挑発。
「……『2』あれば、私は十分と思いますよ。」
 小金井結花の、のんびりとした、楽観的な口調。
(……フン、くえねえなあ、この女。)

 フューチャー席で始まった、MTG同好会、小金井結花のデビュー戦。
 とても相性の悪い相手だが……?
 策はあるのか?

「自分も相手も楽しくなくちゃ、私、満足できないんです。」
「……で?」
「欲を言うなら……。」
 小金井結花は周囲を見渡す。フューチャー席の周りには人だかりが出来ていた。
「この人達みんな、楽しくなったら、最高に幸せだとは思いません?」 

次回は何時だ!!!

ノシ
「そろそろ、出るか。」
 残りのベーグルサンドを一気に口に頬張り、大して咀嚼しないまま、アイスコーヒーと一緒に飲み込んだ。
 彼、『町田速人』は、ファーストフード店で朝食を取っていた。
 彼はケータイの時計を確認した。液晶には『10:12』の文字が現れていた。

 ♪〜チャッチャッチャチャ〜

 突然にケータイが歌いだした。ケータイの画面には、先ほどの時計のプレートは画面端に小さく移り、着信を知らせるアニメーションが映し出された。
「おっ♪」
 町田は即、その着信を取った。画面にはアニメの他に相手先の名前が記載されていた。『香田晶子』からの着信だった。
「ぐっとも〜にん! 晶子ちゃん!」 
『遅いぞ町田。はやくこい。』
 男の声だった。
「死ね、関内。」
 ストレートな呪いの言葉を発し、電話を切った。
 刹那、直ぐにまた同じ着メロが鳴った。表示は同じく『香田晶子』。
「……ちっ。」
 しばらく無言で画面を見ていた町田であったが、また電話に出ることにした。
「おう、クソ野郎。町田様が電話に出てやったぞ。」
『あのう、香田ですけど。』
 刹那、町田の態度が一変。
「おっと!! 晶子ちんか! わりいわりい、てっきりあの偏屈部長かと思ってさ。スマン!」
 受話器の向こうから「ふぅ。」と、ため息に似た声が聞こえた。香田のものだろう。
『町田さん、ちょっと遅すぎです。もう受付は始まっていますよ。』
 受付というのは、もちろんMTGの大会である。
「大丈夫だって。受付終了は10時半だろ? 余裕で間に合うって、ははは。」
 実際は、ゆっくり歩いた場合では10時半には間に合わない位置に町田は居た。早歩きで、ちょうど間に合うといったところか。
『……。』
 電話の向こうはしばらく沈黙していたが、
『……じゃあ、できるだけ早く来てくださいね。待ってますから。』
「ん〜。晶子ちゃんが待っていてくれるなら、次元を越えてでも行くからヨ!」
 既に町田は、食べ終えたトレーを返し、ファーストフード店2階から1階に下り、そして外に出ていた。
『あ、そうだ町田さん。』
「ん?」
 町田は道を歩き出す。向かうは市の公民館。今回の決戦の場である。
『実は、茅ヶ崎さんがまだ来ていないの。』
「何? しのぶちゃんがか?」
『ええ、さっきからケータイ鳴らしているし……メールもしているけど、連絡が取れなくて。』
 道に迷っているかもしれない。香田はそう、町田に伝えた。
『もし道中、茅ヶ崎さんを見つけたら連絡くださいね。』
「ああ、つれて来てやるよ。」
『ええ、お願いします。』
 プッ。電話が切られた。
「と、言ってもね。」
 ケータイを折りたたみ、乱暴にズボンの裏ポケットに押し込む。
「これだけの人混みだぞ。人一人を偶然に見つけるなんて……」
 普通は不可能だ。休日である土曜日。駅前の通りなどは人々の群れでごった返している。
 男女の若いカップル然り、中学生の集団然り、看板を背負った人然り。
 ティッシュ配りのお兄さん然り、交通整理の警備員然り、そして。

 この暑い中、黒を基調とした服に白のブラウス。同じく黒地のものに白のレースをあしらった、ひらひらスカート。
 そして、このファッションの特長とも言える、銀の逆十字を付けた黒リボンのヘッドドレス……。

「……居た。」
 が、町田は『彼女』を見ないようにして、その場から離れようとした。
 そういった格好を好む人と、同じ『人種』と思われたくなかったから。
「あ、町田さんだ。」
 しかし、あっさり見つかった。彼女、『茅ヶ崎しのぶ』は、トコトコと人混みを避けながら 町田に近づいてきた。
 黒いリボンをひらひらと揺らしながら。
「いや〜、町田さんに出会えてよかったッスぅ。道に迷ってしまったんですよ〜わたし。」
 話し方に独特な癖、訛りがある彼女。彼女が召している、ロリっとした服装とは大きなギャップがある。
「んで、このケータイ。GPSついているやつなんスけど。ちょっと使い方が良くないらしくて。なんか同じところをグルグル回っているんですよ〜。」
 正直、町田はケータイ云々以上に、彼女の服装について聞くべきか悩んでいた。
「おい、しのぶ。」
「で、なんかこの『非通話モード』とかになって〜、元に戻らないんですよ〜。」
「聞けよ。」
「はい?」
 茅ヶ崎はケータイから目を離し、町田の顔を見上げた。
 茅ヶ崎は小柄であり、町田の顔を見るには顔を上に向ける必要があるくらいである。
「とりあえず、単刀直入に聞く。」
「はい。」
「その『服装』は何だ?」
 ああ、と茅ヶ崎は自分の服を見て、
「今、流行の服ですよ〜。ファッション誌に載ってましたよ〜。」
 どんなファッション誌だろうか。町田の頭の中に、また新たな謎が生まれてしまった。
 くるりとその場で一回転する茅ヶ崎。彼女の背格好は、実際のところ非常に似合っている。
 背が低く、肌も日焼けを殆どしていないため、まるで『お人形さん』である。
「しかし、街中でする格好ではないな。」
「えっ! そうなんすか!?」
 浮きまくっているのに気がついていないのだろうか、彼女は。
「気付け! 周りの人間をよく見てみろ! な〜んとなく変な目で見られているのに気付かないのか!?」
 さらに町田は続けた。
「お前! いつものあの地味な服はどうした!? Gパンにパーカーに眼鏡! あんなんでいいんだよ! あんなので!」
 この服に合わせたのだろうか、彼女、茅ヶ崎はいつも着用している黒縁メガネを外し、コンタクトをつけているようであった。しかも、カラーコンタクト。栗色の彼女の瞳は、今日だけブルーになっていた。髪型も、三つ編みでは無くそれを解いて、ストレ
ートにしていた。
 町田に言われ放題になってしまい、シュンと肩を下げ俯いてしまった茅ヶ崎。しかし『地味』の一言に彼女が敏感に反応した。
「な、いいじゃないっすか! 私だって、いっつも『地味地味』言われ続けてぇ! 今日はぁ横浜いくっつうから! わたしなりに研究して、お洒落してきたんっすからぁ!」
「だぁぁぁ! だったら! なんで『そっち方面』に行ってしまうんだよ!」
 街中で口論に至ってしまった、町田と茅ヶ崎。そんな彼らの行動のほうが、茅ヶ崎の服装以上に目立ってしょうがない。
 そんな白熱バトルを、町田のケータイ着メロが中断させた。
「えぇい! 誰だよ!」
 乱暴に裏ポケットからケータイを取り出し、画面を確認した。そこには『香田晶子』の名前と、
「……し、しまった……。」
 画面端の時計の表示は、『10:28』を示していた……。



「と、いうわけで遅れたのさ。」
「な〜にが『というわけ』だ。」
 登録用紙に必要事項を記載しながら、町田と関内が話していた。町田の横には茅ヶ崎が、ただ黙々と登録用紙を書き上げていた。無言でデッキリストを書いている茅ヶ崎の正面に、同じく無言で茅ヶ崎の姿を見ている『小金井結花』がいた。なぜか終始笑顔、というより、にやけた顔で。口元は緩みっぱなしだ。
 関内が、事前に2人分の受付を済ませておいたのだ。もちろん、町田たちが『来る』ことを信じての行動だ。
 町田、茅ヶ崎とも、登録用紙とデッキリストを書き終えて、本部へ提出を済ませた。
「……さて。」
 テーブルに5人が集まった。6人掛けのテーブルである。中央の関内が手を組み、話し始めた。
「さっきも話したけど、今回の目標は『上位入賞』。そして『廃部の徹底阻止』。」
 いつもの関内は、其処にはいなかった。普段は見せない真剣な目。恐怖さえ感じられた。
「おっけいおっけい。要するに『勝て』ってことだろ?」
 『町田速人』はリラックスしている。
「ま、俺は2回戦後ドロップだから無理だけどね。流石に、授業の出席日数がマズイ。」
 つまり町田は、『午後から学校の補習にでるから無理』と言っているのだ。他の皆も、このことは聞いていた。
「ええ大丈夫です。私、町田さんには全く期待していませんから。」
 白ワンピースに白のつば広帽子を被った『香田晶子』が、町田の斜向かいから挑発した。
「お? 俺の補習のこと気にしてくれてるの? うれしいねぇ。」
「誰も心配なんてしてませんよ! 嫌味を言ったんです私は!!」
 バンと机を叩き、香田は勢いよく立ち上がった。そしてそのまま香田と町田は口論へと発展していった。といっても、町田が香田に対しふざけているだけであったが。
「……。」
 関内は頭を抱えた。
 せっかく自分が至極真面目な話をしているのに、
 何故こうも、
 うちの部活動は纏まりが無いのだろうか、と。

「秩序のかけらも無いな、同好会の面々よ。」
 5人が集まっている脇から、メガネをかけた男が言葉をかけた。
 生徒会書記であり、会長の忠実な部下。『大木』だった。

 香田は、
「勝手に留年してしまえばいいんですよ! さあ! もう一年高校生活でも満喫してくださいな!!」
 そして町田。
「お! つまり晶子ちんは、俺にまだ学校に居てくれてほしいと! うれしいねぇ。俺も晶子ちんと離れ離れになるのは嫌だったし、これはちょうどいいかも!」
 さらに香田。
「があああ!!!! そんな気持ちは毛頭ない!! 私は嫌味を言っているんです!!」
 頭を掻き毟りながら反論していた。
 関内は、机に突っ伏し、
「はぁぁぁ…。もう嫌だ…。」
と、香田、町田の口論に胃を痛くし、
 小金井は、茅ヶ崎しのぶのほうを見ながら
「……お人形さん……。可愛い…・・・。」
 と、今にも持ち帰って添い寝を始めてしまいそうな位の、物欲しそうな目で茅ヶ崎を見ており、
 茅ヶ崎はその視線に気付いてか気付かずか、
「……寒気が……。冷房が効きすぎっすかねえ。」
 と独り言。

(お前ら……揃いも揃って、俺を無視しやがって……。)
 大木のメガネの奥底。何か光るものが、流れた。

「と、冗談はこれくらいにして、と。」
 町田は口論を止め、大木のほうを向いた。
「えっ! 冗談だったの!?」
 真剣に口論していたと思っていた香田晶子は、肩透かしを食らったようになってしまった。
「よ! お久しぶりだなぁ、大木。」
「ふ、よくも抜け抜けと。裏切り者の町田。」
 大木は右手中指でメガネのずれを直した。彼の癖であるが、正面から見るとなんとなく、見下されたように感じてしまう動きであり、町田はそんな大木が嫌いだった。
「裏切ってねえって。元から、会長の命に従ったつもりは無いんでね。つまり最初から、あんたらの仲間じゃなかった、ってことだろ。」
「ふん、屁理屈を。」
 まあいい。そういって大木は、関内のほうを向いた。関内は既に立ち直っていた。
「せいぜい、頑張って下さいね、マジックザギャザリング同好会諸君。」
 同好会全員に言われるべき言葉であったが、大木はあえて、関内に向かって述べた。
「応援の言葉として、素直に受け取っておくよ。」
 関内はさらりと、大木の言葉を流した。返しに関内は、大木に質問した。
「大木、『他の生徒会員はどこだ』。」
 大木以外に、生徒会メンバーがいないのだ。学校で見たことのある生徒会員は、1人も居ない。
 ふふっ。と大木は笑い、
「さてね、今回は、会長が自ら選んだ方々を、『生徒会』として『派遣』なさっている。全員が初対面だろうね。」
 生徒会長というのは一体どれだけの権威と、どれだけの面識を持っているのだろう。ギャザのプレイヤーを『派遣』してしまうほどなのだ、彼は。
「あのう、大木さん。」
 テーブル奥から挙手が。『小金井結花』が、手を上げていた。
「なんですか? 小金井さん」
 まるで先生宜しく、大木が小金井を指差す。つられてか、結花も席を立ち、指名された生徒のように質問を投げかけた。
「これって、対戦相手って、完全にランダムですよね?」
 ああ、と、大木の代わりに、関内が相槌を打った。
「初戦で当たらなくても……まあ、順当に勝ち進めば、最後は当たるかもしれませんが。でも、場合によっては、『生徒会全員が初戦で対戦! 同好会も全員初戦でばったり!!』 なあんてことも……。」
「……会長は、本当にすごい力をお持ちだ。」
 回答にならない回答を、大木がした。どういうことだろう、という疑問が生まれ、小金井は質問を続けた。
「もしかして、『初戦で全員、生徒会に当たるように、大会を買収』しているとか、ですか?」
「いや、それは断じてない。」
 即答で、大木が否定した。が、次に大木が答えた言葉は、全く意味が判らない、回答になってない言葉だった。
「会長は、『偶然』を『必然』にできるんですよ。これが、質問への回答です。」


「ええ〜と。『13番』か。」
 対戦テーブルが張り出され、周囲に人が集まっていた。総出場選手は96名。
 町田テーブル席は『13番』。
「私は〜、あ! 『29』ッス!」
 『茅ヶ崎めぐみ』は29番。
「げ、『12』って、最悪。」
 『香田晶子』は『12』。偶然にも、町田の隣の席であった。
「お! いいねえ、俺たち運命共同体って感じ!?」
「隣にならないように座ろう……。」
 そそくさと人混みから抜け出す晶子。
「『1』、か。うん! いいかも。」
 小金井結花は『1番』。なんとなく、幸先がよさそうな数字だ。
「『48』って、一番最後か?」
 関内辰之助は『48』。見事に全員が、初戦で当たらずにバラけることができた。
 が、
「『Ooki Tsutomu』……。」
 関内は対戦相手の名前に見覚えがあった。普段使わないローマ字表記で、ぱっと見わかりつらかったが、
「……大木!!」
 大木勉(つとむ)。生徒会書記の大木だ。『48』の席に目をやると、既に彼がデッキをシャッフルしていた。
「先輩、初戦から大木さんですか?」
「そうらしい。はっ! まるで出来レースだな。」
 関内は、口は笑っていたが、目は眉間にしわを寄せていた。たとえ自分のマッチだけだったとしても、『生徒会の思惑』どおりになってしまったのだ。内心、面白くなかった。
「……先輩。」
 小金井が肩を叩く。彼女に肩を触れられるとなぜか落ち着く。
「先輩、肩が張りすぎです。ね? 『楽しみ』ましょうよ。」
「……そうだな、『偶然』を気にしすぎだよな、俺。」
 はは、と笑いながら48番席に向かう関内。しかし関内の口から出た言葉と、大木の言葉が、結花の中で重なる。

『 会長は、『偶然』を『必然』にできるんですよ。 』
『 『偶然』を気にしすぎだよな、俺。 』


 ほぼ全員が席に着いた。各々の席で、簡単な挨拶が交わされるタイミングだ。

「宜しくおねがいします。『勝川 純』です。」
「ああ、よろしく。町田速人です。」
 町田の対戦相手。丁寧に名前紹介をしていた。
 小柄な青年であったが、肌は健康的に焼けており、爽やかな感じを受けた。

「ども、宜しくお願いしま〜す。」
「こちらこそ、大会初めてなので……宜しくお願いします。」
 香田晶子の対戦相手は、対戦表には確か『Tsukisima Kouichi』と書いてあった。
(月島……幸一、って書くのかな?)
 ニコニコと笑顔の、色白の青年。しかし、隣から見ていた町田の第一印象は、
(細い目を、さらにニヤ付かせたような……好かんな。)
 笑顔に裏があるような、そんな、無理に作っている笑いが気に入らない。

「……。」
「……。」
 両者とも無言で席に着いた、29番卓。『茅ヶ崎しのぶ』は実は、初対面の、特に前情報のない、知らない相手にはてんで弱い。
(な、何を話せばいいんだろう〜(汗)。)
 下を向きながら、わしゃわしゃとデッキをカットしている。あれだけの『格好』をしていながら、人前で上がってしまう彼女。
 そんな彼女の対戦相手は、『Asou Shuuei』(麻生秀英)。肩幅があり、半袖から覗く二の腕には、しっかりと筋肉が付いていた。身長も大きい。ラクビーや柔道といったスポーツが似合いそうな体つきであった。
 小さな茅ヶ崎が、さらに小さく見えてしまう。

「宜しくお願いします。小金井です。」
「ん、宜しく。」
 小金井の対戦相手は、既にぱたぱたと、7枚きりを行っていた。挨拶の際、大して相手の顔を見ないまま。
「ええと……クロサキさん、でよろしいですか?」
「ああ、あんたは小金井結花さんね。オッケーオッケー。」
 やっぱり、小金井の顔を見ない。デッキを切ることに集中しているのか。
「『ヒジリ』さん、って、珍しいお名前ですね。」
 ぴたっと、対戦相手のデッキをシャッフルする手が止まった。そして「ふぅー」っと、溜め息に似た長い息を吐いた後、
「俺、自分の名前、嫌いなんだ。」
 と、ここで初めて小金井の顔を見て、そしてまた、デッキシャッフルを再開した。
(……なんか…・・・気難しそうな人。)
 小金井結花も、デッキを切り始めた。しかしそれは、いったん中断されることになった。
「あ、忘れてた。」
 クロサキヒジリ(黒崎 聖)が、突然に手を差し伸べた。握手のつもりのようだ。
「あ、はい。」
 結花も、それにつられて、右手を差し伸べた。

「……ん。」
 すっと、麻生が手を伸ばす。彼の手も、体に見合って大きい。
 これが握手のサインと直ぐ気付いた茅ヶ崎しのぶも、無言で手を差し伸べ握手した。

「よろしくね。お姉ちゃん、美人だなあ。」
 握手をしながら、月島耕一が香田に語りかける。
(……彼も、『やつ』と同じ人種、か。)
 はぁ。と軽くため息をつきながら、月島と握手していた香田。そろそろ手を離したかったが、月島がしっかりと手を握っている。笑顔は絶やさずに。

 自然に伸ばされた手に、町田は自然と握手していた。しかし町田は、ふと違和感を感じた。
(試合前に握手なんて変わってるなあ、隣も。この辺の、ご当地マナーか?)
 しかし町田の予想は、MTG同好会として最悪のパターンで裏切られることになった。
 

町田と今、握手している『勝川純』が。
香田と今、握手している『月島耕一』が。
茅ヶ崎と今、握手している『麻生秀英』が。
小金井と今、握手している『黒崎聖』が。
 全く同時に、同じ自己紹介をした。

「「「「どうも。生徒会のものです。」」」」

 
「そんな馬鹿なことがあってたまるか!!」
 テーブルを両手で叩きつけ、関内が立ち上がった。一番後ろの席であったため、全員の挙動を見ることが出来ていたのだ。
 しかし、目の前の大木からの告発と、先ほどの一斉の自己紹介。全員が生徒会と当たったことは、揺ぎ無い事実であった。
「『ありえない』なんてない。それがこのゲームですよ? ありえる可能性は、『常にある』んです。」
 悔しさから歯軋りを始めてしまった関内。さも、この結果が当たり前の様に振る舞う大木。
「……やっぱり、生徒会が、大会を裏で操っているんじゃあないだろうな!?」
「それは無い。」
 2回目の否定。本当に違う。大木の目はそう訴えている。
「2度も言わせるな、関内。」
 大木は本日、同じ台詞を2回述べることとなった。
「会長は、『偶然』を『必然』にできるんですよ。……私も、実のところ半信半疑ですがね。会長が思えば、大体叶うのさ。」
 

 開会式は終わった。そしてヘッドジャッジが、ゲームスタートの宣言をした。
「それでは! 第1回戦開始してください!!」
 ゲームが始まった。この組み合わせは、本当に『偶然』なのだろうか!?
 本当に、生徒会はこの大会に『絡んで』いないのか!?
 さまざまな憶測が巡るが、事実、ゲームは始まってしまった。
 しかし彼らの目的……同好会の目的は、何も変わらない。
 『勝って、部を存続させること。』
 同好会の、一番長く、一番熱い日が、スタートした。





〜次回予告〜

 月島が操る《グルールビート》の猛攻!
「ふふっ! 来い!! 《炎樹族のシャーマン》!!」
「……ダメ! クリーチャーのパワーが違いすぎる!!」
「ほらほら! 《ブリキ通りの悪党》プレイ!! 《十手》が割れちゃうよ!」
 関内から預けられた《十手》。それのパワーを十分に引き出せないでいる『香田晶子』。
「……関内先輩、ごめんなさい! やっぱり私……!」
 彼女がとった行動とは!? 関内への謝罪の意味は!?
 

次回、GatherFriends〜MTG青春日記〜 大会編 11話。

『香田vs月島!! 
 大自然の猛攻! 振り払え!! 第3の《光》!!』

に、チャンネルロ〜ック(違!!


ノシ
彼は駅の前で待っていた。
朝の9時。休日ということもあり、人通りが多い駅前であるが、
彼は、私を待っていた。
駅前のバス停案内看板の横の壁に背をもたれ掛け、彼はケータイをいじっていた。

彼……関内辰之助は、紺のジーンズに白のカッターシャツ。シルバーのネックレスなんかを身につけていた。
結構かっこいいじゃない! 先輩!
私はさらに、彼への想いが強くなった。
そういえば、先輩の私服を見たのは、今日が初めてだった。
先輩って、結構シックな服装が似合うんだなあ。
右肩に引っ掛けている茶色のリュックなんて、使い込んであって、色の擦れ方も趣があって素敵。

私はケータイで現在時刻をチェックした。9時20分。
私の理想としては、『ごめんなさい! 待った〜!?』の謝罪に対し
『待ってたぞ』の素っ気無い返し。そして私の頭を軽く小突く。

そう! 私の理想にはまずこの第1段階が必要なの!
そして私は、その理想を現実にするために……!

駆け出すの!!
真っ直ぐに、先輩のところへ!!
先輩のテリトリーに突貫するの!!
さあ……いざ!!

「あ、晶子、おはよう。」
 なぜか、小金井結花が居た。
 なぜか、クラウチングスタートの格好をしている香田晶子の後ろに居た。
「……晶子……、その格好、パンツラインが見えちゃってる…。」
 人通りの多い駅前。白のワンピースを着ている少女がクラウチングスタートの『よ〜い』の格好で、高々とお尻を突き出している。
 そしてその周囲を通過する誰もが、彼女の奇行を目にしていた。
 行き交うサラリーマンは顔を赤らめ、目を伏せる。まじまじと見ているエロ親父もいた。
 指差す子供に、手で目隠しをし、そそくさとその場から去る親子も居た。
「……? 晶子?」
 結花が晶子の顔を覗き込んだ。彼女の顔はトマトみたいに真っ赤だった。
「ア…、ユカ! オハヨウ! グーゼン! ネ!」
 棒読み。そして声が上ずっており、まるでロボット音声のような返答だった。
「……。」
「……。」
「……ゴホン!」
 軽い沈黙の後、咳払いをして晶子が立ち上がった。膝についた土ぼこりを叩き、そして大きく深呼吸。真っ赤だった彼女の顔色も、今はだいぶ赤みが消えた。
「あ、結花! おはよう! 偶然ね!」
 その台詞はさっき聞いた。
「なんだか偶然ね! 結花! こんなところで出会うなんて! 今日はどうしたの? 買い物? あはは私も!」
 そして、平静を装うとしているのだろうか。晶子は結花が聞きもしていないことを話し始めた。
 しかし、声の大きさは通常の2倍ほどであったことを追記しておく。
「ちょっと時間、遅れちゃったね。電車の到着時間とかわからなくってね。」
「私が欲しいのって! 横浜まで来ないと無いんだよね! ほら! この帽子も、ここのデパートで買ったの!」
「とりあえず受付が9時半からだから。まあ時間には余裕はあるけどね。」
 会話が成り立っていない。いや、晶子の方から、『成り立たないようにしている』のである。
 結花の述べていることから予想されることが、晶子にとってはあまりに絶望的なことであったから。
「あ、関内先輩ももう来ているんですね。せんぱ〜い! おはようございま〜す。」
 結花が、関内に向かって手を振る。関内もそれに気づき手を振り、こちらに近づいてきた。
 終わった。
 晶子の一世一代の『愛love大作戦』(晶子談)は、第1段階どころか、既に計画段階でミスがあったということだ。
 晶子の、『超勘違い、思い違い』というミスがあったのだ。
 結花の口ぶりと、晶子の弟、香田広樹の『横浜でマジックの大会がある』という情報、そして、晶子のポシェットに入っているデッキの意味。それらを統合すると、自然と回答が頭に浮かんでしまった。
 
「……ウ、フフ……ウフフ。」
 晶子は笑った、もう笑うしかなかった。
「し、晶子? 大丈夫?」
「ウフフフフフフ、フハハハハハハ!」
 また行き交う人々の注目の的となってしまった。彼女は天を仰ぎ、泣きながら、大声で笑っていた。
「ちょっ、ちょっと晶子。落ち着こうよ。街中だよ。」
「お、おい!! どうした大丈夫か!?」
 奇行を目の当たりにした関内が駆け出し、晶子のところに近づいてきた。
「ウフフフフフ…フフウウウウ……フヲヲヲヲヲ!」
 晶子の笑い声はいつしか、なんだかよくわからない奇声になっていた。
(あ、晶子がキレた。)
 高校入学当時からの親友である小金井結花には、この声の意味が良くわかっていた。晶子が、いわゆる『プッツン』来たときに自然と発する声だ。
 こうなると、怒りの発散が治まるまで彼女に近づかないほうが良い。そのことは結花は重々承知していた。
 なので結花は、華麗なバックステップで彼女――いや、ここではあえて『ナツノヒルオトメノチニクルフショウコ』とでも名付けておこう――から間合いを取った。
 が、
「あ。」
「どうした晶子! 大丈夫か!」
 一直線に、関内が晶子に向かってダッシュしていた。
 無防備だった。
「先輩!逃げ……」
「え! なんか言ったか結k」
 ダッシュでショウコに近づく関内。その間合いをまるで縮地のごとく、射程内にショウコが入る。
 そして彼女の右手が唸る。オトメの想い返せと轟き叫ぶ。
 パーでも、チョキでもなく。ショウコの手の形は『グー』だった。
 ショウコは一気に間合いを詰めると、さらに半歩、自分の体を関内に近づけた。前に出した左足に全体重を掛け、そこを主軸に、右足は地面を蹴り、体全体のばねを十二分に使って、関内の左頬に輝く右手『グー』が繰り出したのだ。
 ここからは世界がスローモーションになる。
「kくぅぅぉぉ……。」
 関内は『結花』と述べたかったのだろう。しかし彼女の一撃により、刹那のうちに彼の口は歪み、まともにものを言える状態では無くなった。
 しかしまだ、ショウコの右拳は彼の頬の上にある。関内の頬は彼女の右手『グー』からは離れておらず、めり込んでいる状態だ。
 右『グー』から繰り出された慣性を考える限り、そのままであれば彼の頬は、自然に離れ、そして彼は、先ほどダッシュしてきた方向に真っ直ぐ飛ばされるはずであった。
 しかしそれだけでは終わらない。彼女はさらに彼の頬に触れた右手『グー』に、彼女の全体重を移し変えた。
 そして、彼女はさらに一歩、前に出た。本来前に出ることが少ない右足を前に出したのだ。しかしそうしたことで、彼女の右手『グー』は加速と荷重を加えた、神速を超える超神速の『グー』へと昇華することとなる。
 もう比喩ではない。彼女の『グー』はまるで、天を翔ける龍の如く輝いていた。

「……をぁ。」
 この日、1人の男が舞った。
 駅前の待ち合わせスポットとして有名な場所で、男は『縦』にスピンした。
 人として、ありえない回転だった。が、しかし目の前ではそれが現実となっていた。
 しかし行き交う人々は、だれもがこう思ったに違いない。
  『人は、こうも美しく回ることができるのか』と……。


 冷静になった晶子は、正直『警察沙汰』になることまで、覚悟していた。
 が、近くに在った交番には警官は居らず、また通行人には、結花が機転を利かし『通りすがりの大道芸人』ということでごまかすことができた(?)。
 

「……先輩。これは……、自業自得です。」
 結花は、晶子のケータイを見ていた。そこには昨日、関内から送られてきていたメールが表示してあった。



 明日、9時15分に横浜駅に来てくれ。
 とても大切なことを伝えたいんだ。
 多分、聞いたら驚く。
 帰宅は遅くなると思うから、保護者には連絡をしておくように。

 デッキは、一番の「お気に入り」を持ってきてくれ。
 
 

「……。ほうふぁ(そうか)?」
 関内の左頬がは大きく腫れ上がり、且つ『グー』の痕がくっきりと残っていた。口がちゃんと回らず、空気が抜けたようなしゃべり方しかできない。
 はぁ、と結花がため息をつく。
 その結花の横で、シクシクと泣きながら晶子が付いてきていた。
 結花は事件の後、晶子と落ち着いて話し合い、そして今回の集合の意図を伝えた。生徒会のことと、部の存続がかかっているということを。
 晶子は泣きながら聞いていたが、やがて多少落ち着き、そして『部の存続』がかかっていることを聞かされると、
「じゃあ、わたしも行かないと…グズッ。だって私…ズルッ。部の…ズッ。副部長だもん……ヒック。」
 と、快く(??)大会出場を決めてくれた。
 そして今、彼らは、大会会場へ向かい歩いていたところだった。

「晶子、ほらもう泣かないの。」
 結花はポケットティッシュを晶子に預けた。
「うん……でも、でもさ。もう、なんか、いろいろ情けなくて……うう。うわあわあわあぁぁぁぁん!」
 晶子は、また声を上げて泣き出してしまった。さすがの結花も、これにはおどおどしている。
 関内もこの事の重大さを感じ始めた。
「まあ、わふはった。ひょっと、うんしょーをひょーらくひふぎたよ。ほんほーにフマン。」
 なにを言っているのか、さっぱりわからない。
「『まあ、悪かった。ちょっと文章を省略しすぎたよ。本当にスマン。』って、先輩も言っているわよ。」
 そしてなぜか通訳してしまった、小金井結花。
「……うん。」
 そして、泣き疲れ、落ち着きをやっと取り戻した香田晶子。
「……ふう、アリガトウ結花。だいぶ落ち着いたわ。」
 ティッシュを結花に返した。空だった。
「なあ、香田。おまえの今日のデッキなんだけど、『ボロス』か?」
 関内が晶子に話しかけた。晶子が関内に、笑顔で振り返る……が、彼女のこめかみには、青筋が立っているのが見て取れた。
 怒っている。それはそうだ。
「何ですか先輩(笑顔)、私のデッキになにか御用ですか(笑顔)、ええそうですよ(笑顔)、ボロスですけど何か(笑顔)」
 笑顔が怖い。
「いや。だとするとだな、これを、受け取って欲ひいんだ。」
 関内はリュックから、カードの束を取り出した。
 晶子は、笑顔(作り笑顔)でカード束を受け取り、ざっと流し見た。
 その中には彼女が手に入れたくても手に入らなかったカードが入っていた。
「……《梅澤の十手》が1、2……4枚!? それに《聖なる鋳造所》、《サバンナ・ライオン》も!」
 晶子はカード資産の関係で、高額カードの所持枚数は多いほうでなかった。特に《梅澤の十手》は、ボロスウィニーを作る際に非常に重宝したのだが、彼女は1枚も持っていなかったのだ。
「やりゅよ、それ。」
「え?」
「いや、廃部になったらさ、俺、マジック引退するつもりなんだ。」
 関内は笑ったつもりだった。しかし、赤く腫れ上がった左頬のおかげで、非常に滑稽な顔になっただけだった。
 しかし、香田晶子も、小金井結花も笑えなかった。突然の部長の引退宣言はまさに青天の霹靂だった。
「だから今、ここで香田にプレゼントして、このカードで優勝してくれたらいいな〜なんて、さ。まあなんというか、このカードには俺からのお詫びの気持ちも入っているんだけどね。」
 はは、と関内は笑った。
 晶子は沈黙していた。驚いた。部長はここまで考えていたのか。晶子は廃部になっても、学校近くのカードゲームショップで集まればいいな、なんて気楽な気持ちを微かに持っていた。
「……私は……。副部長なのに……。」
 カード束を持ったまま、晶子は立ち止まり、うつむいてしまった。
「……どうした香田?」
「……負けませんから。」
 晶子は関内を見た。真っ直ぐに関内を見た。
「私が負けなければ、廃部にはなりませんから!!」
 強い声だった。単に大きな声ではない。真に心に響く、熱い声だった。
 刹那の沈黙のあとに、さらに晶子が続けた。
「そして先輩が引退を免れて、私にこのカードをプレゼントしたことを、公開させてやるんだから!!」
 晶子が笑った。作った笑顔でなく、意地悪な小悪魔の笑顔だ。
「さ! 先輩! 先に行きますよ!」
 たっと、晶子が駆け出す。白いワンピースに包まれた彼女は、まるで自分たちの初陣を祝福する天使のようであった。
「晶子、元気になってよかった。」 
 結花が胸をなでおろす。笑顔の彼女が、結花は一番好きだった。
「……結花、お前にもだ。」
 関内がカード束を取り出す。
「……先ほどと比較しても、ずいぶん分厚いですね」
 ざっと、80枚ほどだろうか。1デッキ分くらいある。
「ああ、『デッキそのもの』だからな。」
 関内の返答に、結花は関内の言いたいことが理解できた。
「これは白黒に青を絡めたコントロールデッキ……通称『太陽拳』というらしい。俺も昨日、ネットで見ただけだかな。」
「で、これを今回、私に使えって事ですか?」
 関内は頷く。
「少々トリッキーな動きをするデッキだが、デッキパワーはかなり高い。結花……。おまえなら、このデッキの力を十分に引き出せるだろうな。」
 そして関内は結花に、デッキを渡そうとした。
 しかし結花は、これを拒んだ。
「結花?」
「ごめんなさい部長。 私には『これ』があるから。やっぱり私……今回は『これ』で行きたい。」
 結花は紫スリーブに入れられたデッキを見せた。それは、結花が本気のときに使っている『ハイランダー』デッキだった。
 関内はふぅ、と深く息を吐き、率直な感想を述べた。
「俺は正直、大会でまともに闘えるとは思えないんだが…な。」
 しかし結花は、笑顔でこう切り替えした。
「大丈夫、私を信じて。廃部になんて、させないから。」
 結花にも、先ほど晶子から感じた強い意志が感じられた。彼女たちの一言一言は、とても強い力を持っていた。
「……オッケ。わかった。それで行けばいいさ。」
 関内はデッキを引っ込めた。
「ありがとうございます。部長。」
「でも! これだけは受け取ってもらうぞ!」
 関内は先ほどとは異なるカードを取り出した。見た目で15枚ほどである。
「……? これは?」
 結花はカードを手に取り、目を通す。いずれも異なる、15枚のカードだった。
「サイドボード、だよ。」
「……あ。」
 結花は気がついた。カジュアル用に組んであるハイランダーには、サイドボードは用意されていなかったのだ。
「まったく……。折角俺が、昨日夜なべしてデッキを組んだって言うのに…。」
 ぶつぶつと、先の『デッキ受け取り拒否』について根に持っている関内。しかし結花は、渡されたサイドボード15枚をみて、わかったことがある。
「私が、ハイランダーで行くっていうことを、判っていたんですね?」
 ぶつぶつと文句を述べていた関内であったが、結花の質問には答えなかった。変わりに、
「適当に、使えそうなカードを持ってきただけだよ。」
 と答えた。回答としては不十分であるが、結花にとっては十分なものであった。
「……部長。」
「んー?」
 結花は笑顔で、関内に語った。
「やっぱりこんな楽しい部活、潰したくないです。今回は、『本気で楽しみ』ましょうね!!」
 結花の笑顔に釣られ、関内も自然と笑顔になった。
 彼の左頬の腫れは、だいぶ引いてきた。
 『グー』の痕は、いまだに消えていなかったのだが。


スンマセン。
疲れていたり、
会社でやな事があると、
こういうものを書きたくなるんですね〜自分。


ノシ
 たとえばここで、道行く100人に以下の質問をしたとしよう。

『今、彼女は怒っている。○か×か?』

 そして、100人中100人が『○』を答える。
 もしここで『×』の選択肢をとる人間がいるとしたら、それは人間ではない。
 人の感情を読み取ることのできない、単なる有機生命体であろう。

 
〜〜2時間前。〜〜

 彼女……香田晶子は、鏡の前に座っていた。

 高校入学当初から、ずっと『彼』の背中を見ていた。
 憧れ?
 いや、彼女の感情は、それ以上のものであった。
 実は、一目ぼれだった。彼に近づくために、晶子はマジックを始めた。
 偶然にも弟が、マジックプレイヤーであったのが幸いした。晶子はマジックを弟から習い、 MTG同好会に入会した。もちろん、彼に近づく口実を作るために。

「それが……いつの間にか、没頭していたのよね。」
 化粧台の横には、化粧水やファンデ以外に、青いケースに入れられたデッキが置いてあった。
 中には、彼女の『おきにいり』が準備されていた。
「デートに『デッキを1つ持って来い』だなんて。先輩も変わっているわね。」 
 彼女は、自分が発した『デート』という言葉にはっとし、自分勝手に顔を赤らめる。
「いやん! もういきなりなんですもの。こっちだって準備があるのに…って何の準備よ香田晶子! 
 私たちはまだ高校生よ高校生。いろいろと手順を踏んで、そうよまず順番があるのよ順番が。
 そう、晴れた駅前、さわやかな笑顔で待つ先輩。遅れてくる私。待った?という私の問いに彼はこう答える。
 いや、待ってたぞ。これはペナルティだ、と私の頭をコツン。なにすんのよ!と頬を膨らます私。
 彼はそんな私の対応を見て、ゴメンって一言。彼が顔を上げたときには、私は舌をペロッとだして、そして二人で笑顔になる……。」
 彼女、香田晶子の妄想は、暴走へと変わる。
「お昼前に、彼は私を映画館へ。もちろんラブロマンスね。ああでも、パニックの中に生まれる愛っていうのも悪くないわ。そう……『豪華客船の乗員救出へ向かう海上自衛隊と、その帰りを待つ女性』……。嗚呼! なんて燃え上がる展開なの!!
 そして映画を見終わったあと。私は頬とハンカチを濡らす。彼は、『まあこんなものかな』なんて、泣いている私をからかうけど、わかっているのよ。あなたの目にも涙が溜まっているのを…・・・。
 ああ、そして素敵な昼食へ。でも学生だから、そんな立派な昼食なんで無理だわ。ありふれたファミレスで、映画の感想を言い合うの。多分彼のことだから、映画については批判ばかり述べると思うの。でも私は負けない。
 私は彼に反発するわ。そして彼に言わせるの。『ああ、面白かったな』。
 3時くらいまでファミレスで語り合った後、私たちはデパートへ。もちろん私はウィンドウショッピングのつもりよ。
 私はアクセサリー店の前で、きれいな指輪を見つける。きれいだね、って彼に聞いたら、彼も頷く。
 すると彼は唐突に私に言う『買ってやろうか?』
 値段を確認すると、お世辞にも安い買い物ではない。私だって、見ているだけのつもりだったのに。
 もちろん、私は断ったわ。でも彼はそんな私の意見にはほとんど耳を傾けず、いそいそと店員に話しかけ、そして指輪を手に戻ってきていた。
 『あ、ありがとう……。』多分私は、ここで心からの感謝を述べてしまうのね。そしてさらに私は、彼の魅力に溺れてしまうの。嗚呼早く! あなたの心に溺れてしまう私を、早く救出艇に連れて行って!
 そんな彼とのショッピングを終え、外はいつの間にか日が落ち、私はそろそろ帰宅時間。
 『先輩、また月曜に……。今日は楽しかったです。』でも、彼は首を振る。『今日はまだ終わっていないよ。』
 ドキ! 私の胸が高鳴る。彼は言葉を続ける『それに、今日という日を最後まで、君と一緒にいたい。』
 先輩! 彼の一言に私は、彼の胸に飛び込むの! 溺れかけた私を助けた救助艇には、彼が乗っていた!
 私はもう、彼に溺れてそこから救出されないの! キャーー!!
 もうお父さんお母さん、ごめんなさい! 今日は『結花の家に泊まりにいく』なんて嘘ついて!!
 私、晶子は本日、大人の階段を一気に駆け上りますっ!! 
 私は今日!! 女の子から女性になることをっ!! ここに宣言しますっ!!!」

「……姉ちゃん。《ロクソドンの教主》と《寺院の庭》、借りていくぞ。」
 灰色熊のぬいぐるみをチョークスリーパー状態にしている晶子の後ろ。
 晶子の弟である、香田広樹(ひろき)が晶子のレアファイルを漁っていた。広樹は彼女のファイルから《寺院の庭》を抜いていた。
「あ、姉ちゃん、《制圧の輝き》も持ってるじゃん。一枚貸してね。」
 さて、もし。
 今、晶子が本物のプレインズウォーカーであって、1つだけマジックのスペルが使えるとしたら、彼女は何を唱えるだろう。
 《巻き直し》?
 《記憶の欠落》?
 《時間停止》?
「姉ちゃん、妄想もほどほどにしなよ。」
「……ひろ。あんたどこから居た?」
「ええと。『私たちはまだ高校生よ高校生。』くらいからかな。」
 ほとんど全部聞かれているじゃねえか。
 もう既に場に出ている(聞かれている)ものに対して、カウンターは意味が無い。
「……神様、私に《抹消/Obliterate》を撃つ力をください。」
「……じゃあ、《来世への旅》メインに入れておこう。」
 冷静に返答する弟くん。
 その後、数分の間だけ《破壊の宴》がプレイされ続けた。

 しかし最終的には、弟に「カードを渡す」ことで、今回の妄想云々関連は内密に処理されることとなった。
「絶対に公言しないでよ……ひろ。特にお父さんとお母さんには……。」
「もちろんいわないよ〜姉ちゃん。姉ちゃんが嘘ついてまで男と会おうとしていたなんて……さ!」
 ハハハ、と広樹は笑っていた。
 ちなみに彼の手には、《ロクソドンの教主》と《寺院の庭》《制圧の輝き》が握られていた。
 ちなみにちなみに、彼の手のカードは、元は晶子のものであるが、「口止め料」として、オーナーが変わっていることを付け足しておく。

〜〜1時間前。〜〜

 偶然だろうか。
 広樹は、マジックの大会があるといって、今日は横浜に行ってしまった。
 そして私も、先輩の待ち合わせ場所が、横浜だった。
 偶然だろう。
 この辺りで大会があるといえば、横浜を中心としたものが多い。
 偶然だ。
 そう思いながら私は、白のポシェットを手に取る。中にはデッキが一束入っているが、
 出かける際にはいつも使っているポシェットだったので、何が入っていたかは
 すっかり忘れていた。
 そして私は、出掛け前にテレビの占いを見た。
「…ラッキーカラーは、白と赤、ね。」
 私は赤いリボンを取りだし、白い帽子に付けてみた。
 つばが広い帽子に赤いリボンは、ちょっと子供っぽく見えるかも。
 しかし、服は白のワンピース。そして帽子も白では、何かワンポイントかけているように思う。
 鏡の前に立ってみた。
 おお、案外良いんじゃないかな?
 自画自賛かと思われるが、これでも私の精一杯のおしゃれだ。
 やっぱり赤いリボンは、子供っぽく見られるかも……。
 あ、でも先輩は、無理して大人を演じないほうが却って受け入れてくれるかも!?
 
 
 大会受付開始まで、あと1時間。
 香田晶子、人生最大の屈辱まで、あと1時間。


ノシ

 
 関内は頭を抱えていた。
 文字通りの意味である。彼は部室の机に向かい、一枚の紙切れを見ながらうなっていたのだ。
「……部長、どうしました?」
 小金井結花が、後ろから関内に声をかけた。
「ああ、結花か。」
 振り向かず、関内は答えた。
 しかしそれ以上の会話は無く、しばしの沈黙が現れた。
 結花は、部長である関内の返事を期待し、関内は、悩みの原因を打ち明けるべきかどうかで切り出せずにいた。
「……。」
「……。」
 この沈黙を破ったのは、関内のほうであった。
「他のみんなは? 香田や、町田、茅ヶ崎は?」
「みんな今日は帰りました。テストも近いですし。」
「……そう、だよなあ。」
 はあと深いため息のあと、また関内はふさぎこんでしまった。
「全く元気が無いですね、コーヒーでも入れましょうか?」
「いや、コーヒーを飲んだら、胃に穴が開きそうだ。」
 関内はそういうと、目の前に置かれていた紙を結花の目の前に突きつけた。
「読んでみろ。」
 関内から紙を受け取り、結花はそれに書かれていた文面を読み始めた。ワープロ字で丁寧に書かれた、これはまるで
「……警告文のような文面ですね(笑)」
「警告文なんだよ……。」
 結花はさらに読み続けた。書かれている文章を要約するとこういうことである。
「つまり、今月末までに、部活として何らかの『成果』を出せないようであれば、部活動は『廃止』、と。」
「この文面が、近年目立った校外活動を行っていない部活動、全部に送られたんだと。」
 はあぁ。さらに関内は大きなため息をついた。
「他の同好会とかにも、ですか?」
 結花は驚いた。おそらくこういう文書を発行できるのは生徒会の人間だろう。
 
 生徒会は、この部活……『MTG同好会』へは数多くの妨害工作を行っている。あるときは差し金を送ったり、またあるときは、あること無いことを部員に吹き込み、内部分裂を目論んだり。

 この警告文、もし「うち」の部活への攻撃だとしたら、他の同好会を結果的に巻き込んでしまったことになる。
「そんな、非道い……。」
「……それがなあ、結花。そうでもないんだ。」
 え? と結花が首を傾げた。
「でも部長。たとえば文芸部とかは、全く校外での活動なんて……」
「……今年の春コミ。彼女たちは当選していたらしい。」
「……まさか、それが『校外活動』として認められた……?」
「らしい。」
 結花は愕然とした。彼女は驚きを隠せず、上ずった声で反論しだした。
「そ、そんな! 文芸部の作品って、×××で、○○○な感じで、こう、ほら、美少年と美青年が(ピー)や(ピー)っていう……高校生が手売りして良いようなものではないでしょう!」
「落ち着け。そして大声出すな。学校側には認められたんだ。ま、生徒会がOK出せば、学校も首を縦に振る。」
 それに、と関内は続けた。
「おもちゃ同好会は、先月隣町の幼稚園に赴き、園児たちにお手玉やけん玉を披露した。
 鉄道愛好会と写真同好会は共同で、今まで撮影した列車や風景の写真を引き伸ばしパネルにして、学校側に提示した。
 本を愛する会は、見事に市内読書コンクールで入選。
 古代美術研究会は、県内のさまざまな美術館を巡り、その際のパンフレットと報告書をもって校外活動とした。」
「他の部活は、大体課題をクリアしているって事ですか?」
「そうなんだよ……。あとクリアしていないのは、漫画研究会と、俺たちMTG同好会だけ。」
 この、生徒会による掃討作戦は、まさにMTG同好会の存続を危ぶむものとなった。実際MTG同好会の活動と呼べるものはなく、活動内容といえば、
 ・部室(旧パソコン室を、「半分無断で」使用)に集まりゲーム。
 ・学校裏にひっそりと建っているゲームショップで、週1回の会合(という名のデュエル)
 くらいであった。『校外活動』などといった高度な部活エンジョイ技術など持ちえ合わせているわけがない。
「生徒会のやつら、他の部活動には『助言』しているらしい。」
「助言?」
 結花が首を傾げた。「ああ」と関内が相槌を打ち、続けた。
「こうやったら、廃部免除ですよ〜っていうことを、他の部活動には伝えているようだ。だからこそ、簡単に認められたんだろう、それぞれの行動が。」
 つまり元から、『MTG同好会』を廃部させるために仕組まれたことだった。また他の部活動は、存続のために生徒会の言われたとおりの事を行い校外で成績を収めることで、結果、学校の評判も上がる。
「……まさに生徒会には、一石二鳥、ですね。」
「困ったよ、本当に。」
 どうすればいいんだ。関内にはアイデアが無かった。たとえば大きな大会に出て、成績を残す。
 しかしそんなことが可能なんだろうか。基本的にカジュアルなプレイを楽しむメンバーが集まっている。急に大会に出ても、たいした成績を残すことなく惨敗。未来は直ぐに描かれてしまった。
 良い考えがまとまらない関内。横では結花がコーヒーを入れてきていた。
「落ち着きましょう部長。まずはブレイク、です。」
「……悩んでも仕方ない、か。あとでみんなが集まってから、再度会議だな。」
 結花の差し出したマグカップを受け取り、関内は暖かな湯気が立つインスタントコーヒーに口をつけた。途端、部室のドアがノックもなく開いた。

「お悩みのようですね、同好会諸君。」

 大木だった。生徒会の書記である彼が、突然部室に入ってきた。
「お、コーヒー、変えたのか? 香りが違うなあ。」
「ええ、香りの強いものに変えました。ちょうど特売で安かったので。」
「ほほう、華麗にスルーですか。」
 めがねの奥底にある彼の目が、光った。

「この大会自体、あまり大きなものではない。が、大会結果をHP上に大々的に公表する。」
 1枚のポスターを机に広げ、大木が説明を始めた。
 大木の言い分はこうだ。小さな大会でも、公然に知れるような活躍を見せれば『校外活動』として認められる。と。
「しかも優勝すれば、LoM権も得られる。」
「……これは、チャンスだな。」
 関内の沈んだ心が、希望の光に満ちていく様であった。大木が、かなり現実性のある提案を持ってきてくれたからだ。
 しかし関内と、そして結花にも疑問の念が残る。
「でも大木さん、なんで生徒会の人間であるあなたが、この部に味方するのですか?」
 結花の問いに、大木は答えた。
「実は……、この大会、『生徒会の人間』も参加します。」
 関内、結花共に驚いた。さらに大木の言葉は続く。
「以下、会長の言葉です。『廃部にするんだったら、その部活動であるMTGで、ボコボコにしてプライドもずたずたにさせて、再起不能くらいにさせてから廃部にしたいなあ。』」
「……非道い。」
 結花が自然と親指のつめをかんだ。彼女は、頭に血が上ると、爪をかむ癖がある。
 関内が大木を睨んだ。
「やられた。それじゃあこれは実質、あんたらからの『挑戦状』ということじゃないか!」
「……不本意ながら、そのように解釈してもらってかまわないよ。」
 大木がめがねの位置を直した。中指で眼鏡のブリッジを持ち上げる様は、まるで面と向かった相手を挑発しているようであった。
「しかし関内。この挑発に乗らないと、この部は廃部だ。」
 きっぱりと、大木は言った。生徒会に存続の権利を握られている以上、彼らの手のひらの上で踊り続けるしかない。
「……く。」
 関内は回答に困っていた。確かにこの挑戦に乗らないと、これ以上のチャンスは無いだろう。しかし、この大会、開催日時に問題があった。
「……明日じゃあ、ないか……。」
 日付はしっかりと印刷されていた。水で滲んでもいなければ、印刷がかすれているわけでもない。はっきりと、そのポスターには『明日』の日付が印刷されていたのだ。
「時間が、足り無すぎる!」
 本気で『勝つ』には、大会のメタ傾向を調べ、それにあったデッキを組まなければならない。しかし大会が明日であれば、既存のデッキにサイドボードを作成するだけで手一杯だろう。
 それに他の部員には話が伝わっていない。
「時間もない! 準備も無い! 部員には事実さえ伝わっていない! どうにもならないじゃないか!」
 こぶしを堅く握り、関内は唸った。
「……まあ、出る出ないはお前たちが決めることだ。だが何度も言わせるな。『これが最初で最後のチャンスだと思え』よ」
 すっと、大木は部室から出た。最後に、警告とも取れる言葉を残して。

 関内は頭を抱えていた。
 文字通りの意味である。彼は部室の机に向かい、一枚のポスターを見ながらうなっていたのだ。
「……部長、大丈夫ですよ。」
「大丈夫なものか、完全に生徒会にハメられた。カジュアルしかプレイ経験のない人間が、急に大会にだなんて…。」
 結花は、こんな弱気な部長を見たのは初めてだった。いつもは毅然とした態度で皆を引っ張っていたのだが、『廃部』というプレッシャーが彼を押しつぶしてしまった。彼女にはそう見えていた。
「部長。」
 関内の背中から結花は話しかけた。
「初めて部長が公認大会に出たとき、結果はどうでした?」
「……。2−5だったな確か。ドロップっていう言葉さえ知らなかった。ちょうどMoMaが横行していた時代さ。」
 くすっと、彼は笑った。結花は彼の笑った顔を見て、同じく笑った。結花は彼に聞いた。
「2勝、しているんですね。」
「1勝はByeさ。」
 関内は昔を懐かしむように、もう1勝のほうについて話した。
「おれはそのころ、本当に適当なデッキだったさ。ほとんど1枚2枚挿し。カード資産が全く無いころのものだった。
 でも最終戦、相手は事故で勝負を直ぐに捨てた。おれはデッキを回すのが楽しかった。そして取った1勝。たいしたものではないよ。」
「でも、『楽しかった』のでしょ?」
 結花の言いたいことが、関内にも判った。
「……ああ、楽しかった。負けても、何故か楽しかった。初めてMoMaの回り方を見たときには、感動すら覚えたさ。」
 ふふ、と、関内が笑った。そうだったな。楽しむことを忘れていたよ。
「明日は、『楽しみましょう』よ、部長。」
 にこやかに結花は微笑んだ。明るい太陽の花、向日葵の様な彼女の笑顔だ。
「……OK。結花。明日は、『存分に楽しもう』じゃないか!」
 彼の堅く握られていたこぶしは、既に解かれていた。
「そうと決まれば、まずは部員に連絡だな!」
「はい部長!」
 結花と関内は手早くケータイを取り出し、各個人にメールを打った。

結花は、町田と茅ヶ崎に。
関内は、香田に。

 最初で最後の戦いが、始まる。

〜〜次回予告〜〜
 ついに始まる、初めての公認大会!

 関内からメールをもらった香田はデートの誘いと勘違い!
 場違いな、精一杯のおしゃれ格好で大会会場に到着!

 町田は町田で「ワリィ、午後から補習。」2回戦後ドロップ決定!

 茅ヶ崎、最近新しくしたGPSケータイの使い方がいまいち判らず
 会場への道で迷い遅刻寸前! 間に合うのか!?

 まともに闘えそうなのは2人だけ! 本当に大丈夫か!
「結花、これを使え。」
 デッキを手渡そうとする関内。しかしそれを拒む結花。
「私には、これがあるから。」
 紫色のスリーブに入れられた、彼女のハイランダーデック。
「まともに闘えるとは思えないんだが…。」
「大丈夫、私を信じて。廃部になんて、させないから。」

次回!GatherFriends〜MTG青春日記〜大会編 第10幕!
お楽しみに!

(続くかどうかはわからない)

ノシ
「ダメです。」
 きっぱりと、そしてはっきりと香田晶子が否定した。
 放課後の視聴覚室。職員室の隣に位置するこの教室に、いつものメンバー+αが集まっていた。
 MTG同好会部長、『関内辰一郎』
 とりあえず副部長、『香田晶子』
 平部員、『小金井結花』  そして……。
「な〜晶子ちゃ〜ん。そんな冷たいこと言うなよな。」
 元生徒会『町田速人』。
「あ、あんのう。私も、だめなんすか?」
 独特の訛り言葉を発する『茅ヶ崎しのぶ』。

「……。部長が許しても、私が許せないんです!!」
 職権乱用、とでも言うのだろうか。香田晶子の目の前に並べられた2枚の入部届けは、今にも散り散りに破かれてしまいそうであった。

 コトン。

 机に、冷えた麦茶の入ったコップが3つ、並べられた。小金井結花が気を利かせて注いで来たのだ。
「晶子、コレ飲んでちょっと落ち着きましょうね。」
「私は冷静よ!!」
 コップを奪い取り、晶子は一気に麦茶を飲み干した。
「俺らは正規の手続きで入部するんだ。部長に許可はとってあるんだぜ。」
 晶子が、関内を睨み付けた。さながら鬼の形相だ。
 さらに追い討ちをかけたのが、茅ヶ崎の一言だった。
「なんで晶子さんは、私達の入部を認めてくれないん?」
「……私の、プライドの問題よ。」
「ああ、つまり、私達に『ぼろ負け』したことがトラウマになっている、と……」
「……!」
 さらに町田。
「あ〜、そんなことを気にしてるのか晶子ちゃん。なら、俺と付き合え。手取り足取りMTGをレクチャーしてやるぜ!」
「……!!……!!」
 返しで、茅ヶ崎しのぶ。
「あれは会長の命令で。会長が『香田晶子が一番弱い。彼女をボロボロにしてしまいな』って、いうもんだからつい、私も本気になってん……。」
「……ヲヲヲヲヲヲヲ…!」
 晶子の異変(?)にいち早く気づいた小金井結花は、既に教室の外に避難していた。
 次に察した関内は、彼女を止めようとした。
「! いかん香田! 隣は職員しt……」
「……ホヲヲヲ!!!」
 香田晶子の中の《烏羅未の墳墓》が起動した。


「……落ち着いた? 晶子。」
 ぐちゃぐちゃになった机を並べ直しながら、結花は晶子に聞いた。晶子は稀に『キレる』事があるのだ。
「……うん……。でも…。」
 晶子は、顔を真っ赤にしてうつむいたままだ。顔が赤い理由は、怒りからか、それとも恥ずかしいからか。
 町田と茅ヶ崎も、片づけを手伝っている。幸いに、壊れたものは無いようだ。
「晶子。町田君も、茅ヶ崎さんも、ギャザ大好きなんだよ。だから、生徒会やめてこっちに来たんでしょ。迎えてあげようよ。」
「……うん……。でも…。」
 晶子は未だに、自分の中に煮え切らないものがあった。

 彼女自身のプライドの高さが、昔から友人関係にヒビを入れてしまうことが多かった。実際、小金井結花に出会うまでは、まともな友人は居なかったかもしれない。
 
「……じゃあ、晶子。こうしましょうよ。」
 結花の提案は極簡単で、そして一番晶子が納得いくであろう解決方法であった。
「デュエルで、決めるのはどう?」


第1戦
町田VS香田

結花「……。」
茅ヶ崎「……。」
町田「……あー、もし。晶子さん。」
晶子「はいなんでしょう。赤使いさん」
 ここに居たデュエリスト全員が、晶子の行動に唖然とした。コレには町田も驚いた。
「あのな、《ヴェクの聖騎士》は判る。白単だし。」
「はい。」
「で、仮に、《物語の円》が出てきても、理解できるさ。」
「はい♪」
「でもな、サイド入れ替えとかナシでさ…。」
「はい♪」
「……《赤の防御円》は、ずるいよな。」
「戦略です♪ 勝てばいいんです♪」
 やっぱり香田は、町田のことが嫌いらしい。
 ルール上には問題が無いため(?)、デュエルは続けられた。
「赤単では、コップはどうにもならないでしょ♪ あきらめるのはどうでしょうか?」
 香田は上機嫌だった。顔が終始ニヤケっぱなしだ。
「ああ。彼女、昔はもっと清楚なお嬢様だったのに。MTGが彼女の性格を変えてしまったのね。」
 小金井結花は窓の外を見ていた。夕日がまぶしい。黄昏だ。
「残念。どうにもならないかもな。ドロー。」
 町田はお手上げポーズをしていた。晶子の顔がさらににやける。苦節3ヶ月。やっと復讐が果せるのだ。

「「「……あ。」」」

 町田のドローを見ていたギャラリー2人と、町田本人の声が揃った。
「……え?」
 晶子だけ、町田の手札を見ることができない。が、直ぐにそのカードが場に出たため、『…あ。』の意味が理解できた。

「……《真髄の針》、引いちった。」by町田。


5分後。
 香田晶子は視聴覚室隅で、体育座りの格好で落ち込んでいた。
 ちなみに、町田の墓地には《爆片破》が2枚落ちていた。

「……おかしいっすね。」
 茅ヶ崎しのぶが独白した。
「どうして?茅ヶ崎さん。」
「あ、いや……。《因果応報》は8版で落ちたのにな、って。」
「……ああ。なるほどね、おあとがよろしいようで……。」


 関内は、担任に連れられてから、未だに帰ってきていない。
 歴史の教員が、抑揚の無い声でテキストを読み上げていく。まるで念仏だ。
 あまりに退屈であったため、ノートの端にMTGカードを書き連ねた。9版後のデッキを作成し始めたのだ。
「……。」
 青のカウンターは十分に優良なものが残っている。それに《ヴィダルケンの枷》の存在を考えると、普通に勝つデッキを作成するとなれば、青単コントロールという選択肢もあるだろう。
 しかし、大木はそうしなかった。
 ノートの端に先ず書かれたカードは《ヤヴィマヤの沿岸》だった。
(……この土地が帰ってきたのに……)
 大木は深いため息をついた。
(《抹消》は、もういないの、か。)
 さらにもう一回、ため息をついた。大木はサラサラとカード名を書き連ねる。
・《マナ漏出》
・《卑下》
・《ダークスティールの鋳塊》
・《機械の行進》
 過去、『抹消マーチ』にも入っていたものである。大木は未だに、抹消への未練が断ち切れないでいた。
「……どうしたもんか、な」
 さらにもう一回深いため息をついて、うーんと背伸びをした。
「あ〜あ。もうやってらんねえなあ」
 大木は現行スタンダードに対して不満を洩らしたが、しかし、
「……大木。廊下に立ってろ」
 授業中に発したその言葉は、教師を誤解させるのに十分な効果があった。


…。


「8時半…か。」
 腕時計を見ながら、大木は塾へ向かう道を進んでいた。
 今日は生徒会の仕事の関係で、学校を出たのが8時を過ぎてしまっていた。
「直接、塾に行ったほうが良いな、コレは」
 大木は塾に通っていたのだが、塾の時間の関係上、直接向かわないと間に合わない。
 慣れた手つきで自宅に電話をいれ、あまり通らない道を、塾に向かって歩いていた。

 その道には、ゲームショップがあった。外から中のショーケースが見えるようになっていて、中には新作ゲームのプロモーション映像が流れていた。
「……あ、コレ知ってる。」
 大木はぴたりと足を止めた。
 モニターに映っていたゲームは、いろいろな種類のロボットが版権の枠を越えて闘うというもので、何作も続いているものであった。
「なつかしいなあ。これも、このゲームに出るんだ。」
 映っていたのは、大木が小さい頃夢中になって見ていたロボットアニメのキャラクターであった。
「そうそう、こいつが一番好きだったな」
 そのロボットアニメの主人公ロボではなく、そのライバルロボが画面いっぱいに現れていた。
「こいつ、確か腕のパーツが……。」
 大木の記憶どおり、キャラクターの腕についていたパーツが赤く光り、それが敵に向かって飛んでいった。
「……で、それが、まるで……」
 そこで大木は止まった。テレビ画面では、飛んでいったロボのパーツが、まるで『不死鳥のように』羽ばたき、敵を貫いたのだ。
「……そうか……。《不死鳥》か!!!」
 大木はバックからレポート用紙の束を取り出した。それはサイトからプリントアウトした、『第9版』のカードリストだった。
「……赤……、クリーチャー……。」
 赤のカードリストに目をやる大木。何かを探しているようだ。
「……!! 見つけた……!俺の新パートナー!」
 大木は思わず、カードリストを握り締めていた。しかしそんなことはお構いなく、大木は歓喜の声を上げていた。
「よし! できる! できるぞ! 俺のデッキ!」
 
生徒会 書記 抹消使いの大木。
 今ここで、彼はスタンダードへの復活を宣言した。
 そう、彼は復活したのだ。まるで、何度でも転生を繰り返す、赤く燃え盛る心を持つ不死鳥《フェニックス》のごとく。
 彼は復活したのだった。
 職員室横、視聴覚室の扉が開かれた。
 小金井結花が中に入ると、既に『関内』と『香田』がデュエルを行なっていた。
「お、結花、ちーす。」
「お先、結花。」
「こんにちは、先輩、晶子。」
 いつもの挨拶が交わされた。
 結花はテーブル横でしばし、彼らのデュエルを見ることにした。
 さっと手札と場を見てみると、どうやら『香田晶子』は《白ウィニー》を使っているようだ。《勇丸》と《灯籠の神》、そして《栄光の頌歌》が場に出ている。
 対して『関内辰之助』のデッキは……。
「……先輩。机、揺らして良いですか?」
「あ、私もそれ思った。」
「泣くぞ、お前ら。」
 250枚、といったところか。関内のデッキは高々と積み上げられていた。
「9版入りです、よね。コレは。」
「《アレ》が無ければ、こんなのは立てないよ。ほい《神の怒り》」
 ポータルの《神の怒り》がプレイされ、さらりと場が流れた。
「で、エンド。」
 クリーチャーが流されたが、香田晶子は特に気にはなっていなかった。むしろ、今このとき、関内のランドが『全てタップされている』ことが重要なのだ。
「アンタップアップキープ、と。」
 土地をアンタップし、晶子はカードを引いた。
「では、行きます」
 4枚目の《平地》を置き、晶子は呪文の詠唱に入った。全土地タップ状態の関内に、この詠唱を止める術は無いはずだ。
「風に巻かれ異形なる神よ。その姿、誇りとともに、世界の値と利を取り巻かん!」
 晶子は平地を4枚、タップした。
「……4マナ、アレか!」
 関内は、晶子が何を出そうとしたのか判った。だからこそ関内は、『2枚の手札に手を掛けていた』のだ。横から見ていた結花は、関内の行動の真意を理解した。
「出てきて!《塵を飲み込むもの、放粉痢》よ!」
 塵に取り巻かれた精霊が場に出、そして土地をロックするはずだったが、しかし《放粉痢》は世界に生まれることなく、晶子の墓地に置かれることとなる。
 関内は、手札から2枚のカードを晶子に見せ、呪文の詠唱に入った。
「群れよ。仰々しく渡る群れよ。その奇怪な形相にて、呪法を困惑させよ!《撹乱する群れ》!」
 ピッチで打てるカウンターだ。代替コストとして取り除かれたのは…
「……《ふるい分け/Sift(9ED)》???」
 晶子はカードテキストをまじまと読み始めた。知らない、もしくは忘れていたカードだったのだろう。まあ、この状況では、そのカードのマナコストが重要なのだが。
「……判ったわ。もう最悪!」
 晶子は《放粉痢》を墓地に置いた。
「んもう!コレで流れをこっちにできると思ったのにぃ〜。」
 口を尖らせ唸っている晶子は、そう述べた後に終了宣言した。
「んで、香田。」
「はい、なんですか、関内先輩。」
 ぶう、と頬を膨らませ、晶子は関内を見た。
「そのデッキ、エンチャント破壊は……入ってないだろ?」
 そういうと関内は、手札を2枚、公開した。そこには《島》と《機知の戦い》が既に握られていたのだ。
「……先輩。毎回思うんですけど……」
 横で見ていた小金井結花が関内に話しかけた。香田晶子はおでこを机に付け、突っ伏していた。時折唸り声を上げている。どうやらエンチャント破壊が入っていないというのは図星だったらしい。
「なんだ?結花。」
「先輩のその『引き』。友達無くしますよ。」
 パタパタとデッキを片付けていた関内に、小金井結花の鋭い一言がヒット。
 比喩ではなく、ドドド…という音とともに、関内のライブラリーが『サイドカードの束と一緒に』机の脇に崩れていったのだった……。



「では、あなたは同好会側に付く、と?」
 3年1組の教室。夕日が差し込みあたりをオレンジ色に染める。
「いや、そうじゃねえ。」
 教室には男が2人、立っていた。一方は黒縁眼鏡をかけている、真面目そうな青年。もう一方は、ブレザーのネクタイを緩めシャツはズボンからワザと出しているようなちゃらちゃらした格好。
……生徒会、抹消使いの大木と、赤使いの町田だった。
「どう違うのですか。入部届けなんて書くなんて。明らかに我々生徒会の裏切りとしか……」
「そうじゃねえって!」
 町田が啖呵を切った。ばん!と机を叩いたのだ。
「俺は、奴に勝ちたい。だから、あの部に入部するんだ。味方に付くとか、そういうのじゃねえよ。」
 大木はあきれていた。そんな道理が通用するものか。今は、会長に従う優秀な『デュエリスト』が1人でも欲しい時期なのだ。
「認めません。」
 しかし町田は反抗した。
「あんたも、小金井結花とデュエルしたんだろ?あのときの気持ち、忘れたとはいわせねえぞ??」
 確かに大木は小金井とデュエルした。そう、その時、不思議と、『負けているのに楽しい気持ち』になったのだ。まるでMTGをはじめたばかり、ルールさえまともに覚えていなかったあの頃。ただ『ゲームをする』事が楽しかったあの頃。あの頃の気持ちが、小金井とのデュエルでよみがえったのだ。
 しばし大木は無言になった。あの気持ちを忘れた訳ではない。しかし今は、自分は生徒会書記なのだ。会長の野望を第一に優先すべきなのだ。
「…却下……」
「良いんじゃない?大木君。」
 廊下から男の声が聞こえた。大木が一番に尊敬している人物の声だった。
「会長!?」
 おう、という返事のあと、男が教室に入ってきた。夕日の逆光のため、姿が良く見えない。
「いいでしょ。シナリオはまた書きなおしますよ」
 会長は大木をなだめ、そして町田をMTG同好会に入れる事を決定させた。
「良いのですか会長! 今ここで町田を手放すことになると……」
「大丈夫です。台本は、役者変更になりました。」
 はあ、と生返事を返した大木。
 フン、と町田は鼻で笑ったあと、会長に言葉を投げた。
「俺は向こうに付く気は無い。ただ、俺が面白いと思ったことをやっているだけだ。」
「判ってますよ、人生は楽しまなきゃ、ね。」
 会長は、自信も楽しそうに町田に返答した。
「あ、そうだ大木君」
 会長は思い出したように、一枚の紙切れを差し出した。
「彼女も、同好会に入りたいっていうから、俺、判子、押しちゃったよ。」
 大木はその紙切れを見た。入部届けだった。しかもそこには知っている名前が書かれていた。かわいらしい女性の字である。 「茅ヶ崎……しのぶも、ですか……。」
「うん、彼女、よっぽど小金井結花に負けたのが悔しかったんだろうね。さっきの町田クンと同じ事を言っていたよ」
 はははと会長が笑っていた。
 大木は困り果てていた。優秀なデュエリストを、一瞬にして2人も手放すことになったのだ。かつ両者の言い分が《彼女》の存在に惹かれて、である。
「これが、小金井結花の力、とでも言うのだろうか……。」
 そう呟くと、またあのときのデュエルを思い出した。そして、また、自分も彼女に惹かれていることを改めて感じてしまった。
 勝負云々ナシでもう一度デュエルしたい。自分の中に滾るデュエル魂がそう望んでいるのだ。
「……でも、俺は!! 俺は、認めない!」



 1人、教室に残った大木は、9版のカードリストを眺めていた。
 彼は、ただただ静かに「認めない、認めない」と呟いていた。
 そして、静かに泣いていた。
カッ!
ファミレス店内に乾いた音が鳴った。
店内奥のボックス席に、赤いクリスタル製のダイスを転がす男がいた。

カッ!
ほぼ同時に、ボックス席の対面に座っていた男もサイコロを転がしていた。彼のサイコロは、双六で良く使われる典型的なサイコロだった。

「5だ。」
 赤のサイコロを転がした男……町田速人が、出目を宣言した。
「6。先手を貰うぞ」
 白のサイコロの持ち主は、関内辰之助。彼は、既にカードを7枚、伏せた状態で目下に準備していた。
「ち、運だけは良いな、関内。」
 同じく町田も、既に取り分けていた7枚のカードを手に取って眺めていた。
 関内が口を開いた。
「OK。キープだ」
 町田も「いいぜ」と返答した。デュエルが始まった。

「《沼》セット。」
 ほう、と町田が感心したように言った。
「珍しいな、あんたが黒を使うなんて。」
「たまには、な。」
 関内はそう言うと、沼をタップさせた。
「《大薙刀》でターンエンド。」
 このカードを見た町田は、半分このデュエルの勝利を確信したが、しかし半分は、関内が自分戦に対して『このデッキ』を選んだことに腹が立った。
「てめえ、それ【黒スーサイド】じゃないか!」
「まあね。最近組んだんだ。」
 平然と関内は答えた。しかし口元はにやけていた。町田を挑発しているようにも感じられた。
 ちっ!と町田は舌打ちをしたが、しかしデュエルを続けた。町田がカードをドローした。
「…セット《山》タップ、《火花の精霊》。アタック」
「オッケー。スルー。」
「……エンド。サクリだ。」
 町田のデッキは【赤単バーン】。『瞬殺』を得意とする。
 関内の【スーサイド】は、プレインズウォーカーの命を削り、強力なクリーチャーや呪文をプレイする、いわば諸刃のデッキである。【バーン】デッキとは相性が悪い。
「ドロー。セット《烏羅未の墳墓》」
 おいおい、と町田は半ばあきれた感じで呟いた。関内のライフは確実に減っていく。
「で、《墳墓》で1点くらいつつ、プレイ《荒れ狂う鬼の奴隷》。3点ルーズ。」
 関内がライフカウンターを回し、「13」の数字が現れた。
「エンドさ、どうぞ。」
 関内が手を翻した。町田は、そういった関内の動き一つ一つに憤りを感じていた。
「……てめえ、ばかにしやがって。」
 町田は乱暴にカードを引いた。
「そんなデッキで勝負だア! そんなんに、俺が負けるわけねえだろうよ!」
 町田は山をセットし《吠えたける鉱山》をプレイした。町田お気に入りのカードである。
「……じゃあ、さ。町田。」
 関内は右手の人差し指をまっすぐ伸ばし、町田を指差した。
「絶対にこのデュエル、負けるなよ。」
 馬鹿にされたと思い、町田はこのデュエルを中断しようとまで思ったが、しかし関内は真剣そのものだった。
 関内の目はまっすぐに町田を見ていた。次元を越えて戦争をしている、プレインズウォーカーとなった関内がそこにいた。
「……ああ、判った。ターンエンド」
 町田がターン終了宣言をした。
「オッケー。アンタップアップキープ、そして……」
 《鉱山》を指差し、関内は2枚のカードを引いた。
「よし、《沼》セット。」
 沼を引いたらしい。さらに関内は2枚の《沼》をタップさせた。
「《荒れ狂う鬼の奴隷》よ。その強力によりて、岩をも砕く破壊の薙刀を扱わん!」
 《奴隷》が《大薙刀》を装備し、殴りかかってきた。
「通しだ、流石に痛いな。」
 町田は、20面ダイスを取り出し、「14」面を上にし置いた。
「第2メイン、《墳墓》タップ。あ、ダメージは喰らわないよ。で、《虻たかりの守銭奴》」
「早いな。」
 町田の表情が険しくなってきた。果たして、この猛攻より先に焼ききれるだろうか。
 関内は終了を宣言した。町田が土地をアンタップし、カードを2枚引く。
「《山》セットだ。」
 こちらも順調に土地を増やしている。が……。
「……ターン終了、だ。」
 事故か? 関内はそう思ったが、かまわず自分のターンを進める。ライブラリーからカードが2枚引かれた。
「で《沼》、と。」
 4枚目の土地がでた。そして関内は、現行スタンダードでもトップクラスのカードを場に出した。
「来い!《梅澤の十手》!!」
(しまった!!!)
 デッキに入っている事は十分予測していたが、タイミングが悪すぎる。
「《守銭奴》に装備!《奴隷》と2体で……アタック!」
 しかし町田は、それらの攻撃をスルーしなかった。しばらくの硬直の後、町田は山を3つ、タップさせた。
「邪を浄化せよ、神を浄化せよ…《山伏の炎》!」
 対象に取ったのは《虻たかりの守銭奴》であった。赤バーンにとって、《十手》にカウンターが乗ることは避けたい。
 その後、町田は20面ダイスの「8」を上にした。
「さてどうする町田。ターン終了だ」
 町田のターンになった。が、町田は悩んでいた。関内のスーサイドの回り方が早すぎるのだ。しかも《十手》が出ている。
(この状況下で、最良のドローといえば……)
 町田の2ドロー。2枚目を引いたとき、町田は笑みを浮かべた。
「セット《山》!」
 続けて町田は呪文を詠唱した。
「他の本質を貫け!《真髄の針》!」
「……!やる!」
 関内が苦虫を噛み砕いたような顔になった。町田の宣言はもちろん《梅澤の十手》。黒単では《針》はどうにもなら無い。これで相手のライフ回復手段を除くことができた。
「……が。【こいつ】はどうするのかな?」
 《大薙刀》が付いた《奴隷》を指差し、関内が問いたてた。しかし町田は、余裕の表情だった。
「なーに。タフネス3くらい、一瞬で焼いてやるよ。ターン終了だ。」
「……。」
 関内はパーマネントをアンタップし、カードを2枚引いた。
「……戦闘フェイズ。《奴隷》アタックだ」
 にやっと町田が笑ったように感じたが、しかし、
「スルー、だな。」
 といい、ダイスの目を「2」にした。
(……ブラフ、か?)
 そう思っていたが、町田の手札が気になって仕方が無い。
「……《金属モックス》。《不快な群れ》刻印。」
 そして関内はターン終了を宣言した。が刹那。
「《氷河の光線》と《マグマの噴流》を《奴隷》に。」
(……?)
 関内は不思議がった。何故このタイミングなのだろうと。
 とりあえず《奴隷》が墓地に落ちたので、3点ライフを減らした。
 そんな関内の疑問を他所に、町田はカードを引いた。が、
「ターンしゅ〜りょ。」
(また、か。)
 町田は、デュエルを本気でやる気があるのだろうか。全く気持ちが伝わってこない。それに、この状態では町田に勝ち目が無い事を、判っているのだろうか。
「町田、お前のターン終了時に《烏羅未の墳墓》起動だ。」
 沼3つ、《モックス》、そして《墳墓》がタップされた。
「流石に5/5の除去は難しいだろう。」
 が、町田は笑った。店内に響く大きな笑い声だった。
「関内〜。あんた、クリーチャー見すぎ。自分のライフを見てみろよ!!」
 関内がライフを確認するのと同時に、町田が山を4つタップした。
「……そういうことか……!!」
 関内は完全に油断していた。そう、【あのカード】の存在を忘れていたのだ。

「ずっとこの機会…復讐の機会まで自分を高めていたって事さ!!  燃え尽きちまえよ!!《碑出告の第二の儀式》!!!

 最期に、関内は確認できた。そう、関内のライフカウンターは「10」を示して止まっていたのだった。
「ここね」
 結花は、大通りから外れた、細い路地のなかにひっそりと建つカードゲームショップ前に立っていた。
 外見は幾分朽ちていて、お世辞にも綺麗な店とはいえない。
「……オデッセイのポスターが張ってある……。」
 しかも、【新製品】のポップが付いたままである。ここだけ時間が止まった空間のような間隔さえ覚えてしまった。
「さて、では中に……。」
「小金井、結花、さんですね」
 裏から突然声をかけられた。結花は驚き、後ろを振り向いた。
「はじめまして。ボクの名前は『茅ヶ崎しのぶ』。」
 青い野球帽を深く被り、黒のパーカーに紺のジーンズ姿の「茅ヶ崎しのぶ」と名乗った人物は、いつの間にか結花の直ぐ後ろに立っていた。
 しのぶは右手を差し出していた。握手を求めているのだろう。
「はあ、はじめまして。」
 結花は反射的にしのぶの手を握ろうとしたが、瞬間、晶子の言葉を思い出した。
『……茅ヶ崎……しのぶに、注意してください……』
「……!!」
 パンッ!と小気味良い音とともに、結花はしのぶの手を、掌で弾いていた。
 いたっ!と、しのぶが悲鳴をあげた。しかしそんなことはお構いなく、結花はしのぶをにらみつけた。
「私……今日は機嫌が悪いの。単刀直入に聞くわね。」
 しのぶは赤くなった自分の手を見ていた。全く聞く耳を持たない、といった感じだった。
「……聞いてるの!」
「聞いてるよう。でも……答えないよ。」
 しのぶはあっけらかんと答えた。が、さらにしのぶは続けた。
「けど、『コレ』の勝敗によっては、話してもいいよん。」
 しのぶのズボンのポケットからカードの束が出てきた。紛れも無く「MTG」のカードだった。
 

 黄色い看板のファミレス。
 ウェイトレスが『可愛い』と評判のこの店に、高校のブレザー姿の男が二人、ボックス席で対面に座っていた。
 1人は、『関内辰之助』。そしてもう1人は、
「…と、『地中海風リゾット』と、あ、あと食後に『マンゴープリン』ね。」
「……は、はい。」
 ウェイトレスが注文を取り終え、店の奥に入っていく。
「いやあやっぱこの店、女の子が可愛いなあ!もう!」
「……そんなことを、声を出して言うな……。」
 関内が頭を抱えた。
 関内の前には、『町田速人』が座っていた。
「……で、関内。俺をこんなところに呼び出してどうしたんだ?」
「2つ聞きたいことがある。ひとつは会長の目的。」
 かちゃり、と、町田が持つお冷の氷がなった。
「なるほどね、でも俺は、ほとんど知らないぜ。あれは半分は、俺の興味本位でやったことだ。会長の命令……「香田晶子と小金井結花を倒せ」っていうのはまあ、『ついで』だ。前々から、小金井のデッキとは闘いたいと思っていたからな。」
 そういうと町田は、コップの水を飲み干した。
「会長のことなら、『大木』に聞けばいいじゃねえか。」
「大木は、ガードが固すぎる。」
 ふうん、と町田は呟いた。どうやら町田は、遠まわしに『お前ならぺらぺらと喋ってくれると思ってた』といわれていることに気づいていないらしい。
「……お待たせしました、アイスコーヒーになります。」
 ウェイトレスがアイスコーヒーを運んできた。関内が注文したものだ。
「じゃあ、もうひとつの質問……『茅ヶ崎しのぶ』について」
 がたん!
 危うくウェイトレスが、コーヒーを倒しそうになった。
「し、失礼しました!」
 一礼して、ウェイトレスが去ろうとしたが、それを関内が引き止めた。
「まてよ、聞いていけ『香田』。」
 ファミレスの制服に身を包んだ『香田晶子』は、関内の一言に動きを止めた。
「……ば、バイト中ですから。」
「追加注文だ。その間だけ、町田の話を聞いていけ。」
 香田は暫く硬直したが、しかし覚悟を決めたのか、注文取りの伝票を取り出した。
「さて町田、茅ヶ崎しのぶについてはどうかな?」
 ぼりぼりと氷をかじりながら町田は答え始めた。
「『彼女』は強いぞ。なんたって記憶力が半端じゃない。相手のデッキなんて直ぐに覚えられる。多分、結花のハイランダーのデータも彼女に届いているだろうな。」
 それに、と町田は話を続けた。
「彼女は『忍者デッキ』だ。その中にはハンデスも多くある。分が悪すぎさ、結花のデッキではね」
 町田の口が歪む。笑っているのだ。
 香田は、関内の追加注文を受けながら町田の話を聞いていた。それに実際に茅ヶ崎と戦った自分だからこそ良くわかる。結花のハイランダーでは、茅ヶ崎しのぶには勝てないだろう。
 だが、関内1人はその話を聞いて安心していた。そして、くすくすと笑い始めた。
「……先輩?」
 晶子が、引いた。素直に引いた。
 町田も、関内の行動に恐怖さえ覚えた。
「これ、な〜んだ?」
 そういうと関内は、かばんから青いデッキケースを持ち出した。香田も町田もそのケースに見覚えがあった。小金井結花の【ハイランダー】が入っているケースだ。
「彼女がいま持っているデッキはハイランダーじゃない。俺がチューンしたデッキさ。最悪の、ね。」

 場には《魂の裏切りの夜》。忍術するにも、肝心のクリーチャーが場に出ない。だせても、瞬間、除去されるのだ。
 結花の墓地には、
・《残響する衰微》
・《忌まわしい笑い》
・《崩老卑の囁き》
・《血のやりとり》
など、大量の除去が置かれていた。文字通りネズミ1匹さえ、この場に残れない。
「……なんで、あのデッキじゃないんよ!」
 帽子を脱ぎ、肩にかかる三つ編みが印象的な彼女『茅ヶ崎しのぶ』は驚きを隠せなかった。

 しかし、茅ヶ崎はかなり押している。茅ヶ崎の場は、
・カウンターが2つ乗った《十手》付きの《騒がしいネズミ》
・《泥棒カササギ》
・ライフは『6』
・自分の手札には《鬼の下僕、墨目》が2枚。
 結花の状況は、
・《夜の星、黒瘴》《師範の占い独楽》をコントロール
・ライフは『3』。
・手札は4枚

(…墨目が通れば、勝ち!)
 茅ヶ崎は、全クリーチャーを攻撃させた。結花は《ネズミ》をブロック。
「忍術! カササギを《墨目》に!」
「墨目対象、《不快な群れ》」
 結花の土地がタップされる。茅ヶ崎は、ほとんどの土地がタップされたのを確認して、さらに忍術を続けた。
「では、さらに《墨目》を手札に戻し、もう一枚の《墨目》!」
 勝った!かに思われたが、結花は手札に持っていた《魂の裏切りの夜》を墓地の横に投げた。
「ピッチスペルよ。《不快な群れ》」
「な!」
 墨目が墓地に置かれた。
「そんな!もう一枚持っていただなんて!」
「それはあなたの《墨目》とて同じことよ。おあいこよ。」
 しばしの沈黙のあと、茅ヶ崎は《十手》のカウンターを除き、《黒瘴》を墓地に置いた。《黒瘴》を除去できたのだ、とりあえずは大丈夫だろう。
「そうかしら、ね。」
 結花は笑った。《黒瘴》を除去できた茅ヶ崎に対して、あまりに酷なカードが、結花の手札にあった。

《夜の星、黒瘴/Kokusho, the Evening Star(CHK)》

「それも2体目なん!?」
「そういうこと。あなた、もう勝ち目はなさそうよ、どうするの?」
 結花はまた笑った。今度は確実に、悪意の有る笑みだった。普段の結花からは想像も付かない、殺戮を楽しんでいるものの笑い方だった。
「さて、私はあと何体、殺れるかしらね」
 かくして、デュエルが始まった。が、香田晶子のデッキは『香田晶子のデッキではなかった』。
 【青黒リアニメート】

 結花は苦戦を強いられた。いつもの香田のデッキではないため、完全にテンポを狂わされた状態になったのだ。
「《思考の急使》」
「……晶子。それ、あなたのデッキではないのね。」
「そんなこと、関係ありません。私はあなたに勝ちたいんです。」
 香田は、ただ黙々とターンを進めた。デュエル場の周囲に、カジュアルプレイには程遠い緊張感が漂っていた。
 ジャッジを務めていた関内も、今の香田の異変には気が付いていた。何かこの戦いに、『小金井結花』とのデュエルに全てを賭けている。そう感じられた。
「《目覚めの悪夢》です。カードを二枚捨ててください。」
「……。」
 結花は何も言わず、《潮の星、京河》《清純な天使》を墓地に置いた。結花も、香田の心の内を感じているだろう。しかし、彼女をここまで動かしたものは一体何なんだろう。
(この勝負、晶子のためにも……。負けられない!)

「そちらのターン終了前に《肉体の裏切り》!墓地から《語られざるもの、忌話図》を場に戻します!」
「……させない!」
 結花は土地からマナを生み出した。
「《偏光》!墓地の対象を《思考の急使》へ!」
「なっ!」
 香田晶子の場に《思考の急使》が戻ってきた。
「……流石ね、結花。でも、ね。」
 香田のターン、ドロー後に香田は呪文をプレイした。
「第1の誕生は命を祝し。第2の誕生は生命を模倣する……。逝け!《ゾンビ化》 よ!」
 香田は、何度も結花のデッキと戦ったことがある。結花の【ハイランダー】には、『2マナで打てるカウンターも、除去も無い』事を知っていた。
 結花の場で立っている土地は《水辺の学舎、水面院》《沿岸の塔》。普通の対戦相手には、カウンター持ちの『ブラフ』として有用な土地の立て方だが、香田は、結花がカウンターを持っていないことを知っているのだ。
「対象は、もちろん《忌話図》!」
「……それを、ある意味待ってたわ!」
 カウンターの無いはずの結花は、迷わず2つの土地をタップさせ、青2マナを生み出した。
「……時には霊感を求め、時には目の前にそれがある。」
 結花は自分の手札からカードを1枚、右手の人差し指と中指に挟み、テーブルの上に置いた。
「《双つ術》!《ゾンビ化》をコピー!」
 結花は自分の墓地の奥、一番下のカードを示した。
「対象は、《潮の星、京河》よ。」
 場に、《京河》が現れた。
 晶子は、完全に結花の術中にはまったのだ。結花は、最初からこれを狙っていたのだろう。
「やるわね、結花。でも《忌話図》のトランプル+能力、忘れてはいないわよね」
 香田晶子の言うとおりだった。この場合《忌話図》をどう扱うかで、勝敗は決まる。晶子はターンを終了した。
「アンタップ、アップキープ、そして、ドロー。」
 結花はカードを引いた。そして、香田にこう言った。
「その《忌話図》、私のものにさせていただきます。」
 結花は晶子に一礼し、スペルをプレイした。

「《押収/Confiscate》!!」

《忌話図》が結花の下に就く。香田晶子は何も言えなかった。ただ、次の引きがクリーチャー除去関係であることを願うだけだった。
「晶子。」
 結花が口を開いた。
「この戦い、あなたには負けられない『何か』があるのでしょうけど……私は、あなたに勝って、その『何か』聞き出して見せるわ! 必ず!」
 結花が《京河》をタップした。攻撃の合図だった。
火曜〜木曜は、講習会で東京〜家を行ったりきたり。
木曜、帰社後に同期が集まり同期会開催。
金曜、定時後に、社長の次に偉い人と、若手が集まり飲み会。
土曜。金曜の残りが響き動けず。

そして本日、日曜。
何故か『吐いた』。
そして『腹痛→下痢』コンボ発生。

多分夏風邪だ。

〜ぼくは、ここに、いるよ〜


先週かけなかったことを、ここで一気に書こうと思います。

1、某○野家(牛丼店)で、25分待たされる。
2、歯を磨いてたら歯茎から血が。
3、ケータイを携帯し忘れる。

まあ、つまり
たいした事はなかった、ということで。


以上。
あ、やっぱり風邪だな。頭がボーっと……
って、それっていつものことじゃね?


【追記】
GatherFriendsのネタがとめどなく溢れて来ているのですが、如何せん『まとまりません』。
 しかも何故か、『恋愛沙汰』に発展していきそうです。

 ……書く?

・茅ヶ崎忍 『青黒忍者デッキ』を使用。香田晶子を、裏路地にある古びたカードショップに引き込み、デュエルする。

・月島耕一 『赤緑ランデス』を使用。「町田速人」を敵視。同好会側に付いた町田とデュエルする。

・黒崎御影  謎多き人物。『リアニメイト』系を得意とする。

・勝川純   様々なデッキを駆使するが、ほとんどが『瞬殺コンボ』デッキ。




……姉さん。厨房設定でごめんなさい。

名前を考えるのが一番時間がかかりました。
「生徒会長は何を考えているんでしょうか。先輩。」
「さあね、俺にもわからん。《歯と爪》。」
「《最後の言葉》します。」
 関内は《歯と爪》を墓地に置いた。
「じゃ、《トリスケリオン》を素出し。」
「……通ります。」
 関内は結花にターンを譲った。結花がカードを1枚引いた。
「結局、最初の『町田速人』も、会長の思惑通りだったのでしょ?」
 結花が《ミラディンの核》をタップした。無色マナを生み出したようだ。
「さらに大木も、会長から特命を受けていたらしい。ま、大木は生徒会の書記だからな。会長の息がかかっていても可笑しくは無い。」
 関内の回答が、さらに結花の頭を混乱させた。
 結花はさらに《金粉の水蓮》、《松の頂の峰》をタップさせマナを生み出した。
「今度、また誰か勝負を挑んでくるんでしょうか?」
 結花は正直うんざりしていた。
「さあな。判らん。……つうかお前、さっきから質問ばかりだな。」
「……関内先輩も、さっきから『判らん』ばかりですね。《袖の下》です。」
 関内はあからさまな渋い顔をした。
「マジか。」
「デッキ、見せてくださいね。」
 今、『カードゲーム同好会』の部室の中にはカードが擦れる音しかしない。
 この部屋には、結花と関内の二人だけだった。
「そういえば、香田はどうした?今日は部活にこないのか?」
 関内が結花に質問するが、結花は答えられなかった。首をかしげるジェスチャーで『私もわからない』と返した。
「まあ、この部活自体、結構適当なところがありますから。」
「……酷いな。もう少しオブラートに……。」
「先輩。」
 結花が関内を見た。
「先輩、今、手札に《キキジキ》、《メフィドロスの吸血鬼》、在りますね……?」
「……さあ、ね。」
 関内は結花の目を見ずに回答した。
「さっきから、判らないばかりですね」
「お前は、質問ばかりだな。」
 結花はしぶしぶ《ダークスティールの巨像》を場に出し、ターン終了した。
「さて、トップデッキ♪トップデッキ♪」
 関内はカードを引くと同時にカードを公開した。
 《歯と爪》だった。
「……なんか、卑怯くさいです。」
「でも、デッキを最後に切ったのは結花、お前だろ?」
 《歯と爪》がプレイされ、《キキジキ》、《トリスケリオン》、《メフィドロスの吸血鬼》が場に揃った。
「さてコンボが決まるが。どうする?」
「もう少しやりましょう。」
 関内が《キキジキ》で《吸血鬼》をコピー。《トリスケリオン》のカウンターを取り除き、《トリスケリオン》自身にダメージを与え、結果、+1/+1カウンターが計2つ乗る。
「これをそうだな……5万回繰り返して、と。」
「小学生ですかあなたは。」
 結花の皮肉も聞いているのか判らないが、50000点ダメージを受けた、+1/+1カウンターが50003個乗っている《トリスケリオン》が誕生した。
「ターン終了。で、結花のアップキープに、全取り除き。結花に5万飛んで3点。しゅ〜りょ〜。」
「……《天空のもや》、ついでに《摩滅》連繋。対象は《トリスケリオン》」
「あ。」
「先輩、『全取り除き』って言いましたよね。スタックで《もや》です。」
 静かな部室を、さらに沈黙が支配した。
「……まあ、いい。こっちには《キキジキ》が……。」
「私には今、《ダークスティールの巨像》が。」
 さらに、さらに沈黙が支配した。
「ええと。待ったなし、か?」
「もちろん。」
 関内が頭を抱えた。カジュアルだからといって、調子に乗りすぎていたようだ。
 結花は黙々とターンを進めようとした。

 ガラッ!

 教室の引き戸が勢い良く開かれた。
 そこには香田晶子が立っていた。
 目は赤く充血し、涙をためている。

 ただ事ではない。一体どうしたのだろう。結花は香田に何があったのか聞こうと、デュエルを中断し香田に向かっていこうとしたが、香田の一言が結花の行動を制した。

「……小金井結花!!」
 香田が結花に右人差し指を突きつけた。
「……え?」
「私の意地……。女としての意地を掛けて、勝負よ!」
「…な、なによ!突然!どうしたのよ!」
 香田の目に涙があふれてきた。涙が頬を伝い濡らしていた。
「私、負けないから!!」
 香田がこんなに大きな声で叫んだここなど無かった。
 初めて聞いた香田の叫びに、結花はただ呆然と突っ立っていることしかできなかった。

 関内は内心、焦っていた。今回の出来事は、この部活の存亡に関わる重大なことだったからだ。
「あ、あのう、お二人とも。お静かに、ね。」
 関内の額から変な汗が出てきた。関内の静かな、かつ、必死な説得は続いた。
「ね、隣さ、『職員室』なんだから、さ、ね、静かにしよう、ね?」
ユンファ「どうも〜。現在連載中の巨編『AzureCrew』の主人公、《ユンファ》でーす!!」
小金井結花「こんばんは。作者の完全気まぐれから連載しそうなMTG小説『Gatherfriends〜MTG青春日記〜』より、主人公、《結花》です。(ぺこり)」

ユ「あら、結花ちゃんっていうの。はじめまして(握手)」
結「こちらこそはじめまして。といっても、私の方はどうなるかは判りませんが。」

結「あのう、私今日は、作者の『くろぺん』っていう人に、『俺のインタビューに来い!』って言われて渋々来たんですけど。どういうことなんでしょう?」
ユ「私もよ。全く。せっかく『AzureCrew』のお話が進んできたって言うのに、なによ、この閑話休題。さっさと連載しろっていっているんだけどな!」
(ユンファ、腕を組み怒っている)
結「その辺の事情も、今回のインタビューでわかるかもしれませんから……。とりあえず、本人のところに行って見ましょうよ。」
ユ「そうね。その意見に賛成よ。」

結「……ところでユンファさん。」
ユ「何?結花ちゃん。」
結「先程、自分のことを《主人公》っておっしゃっていましたよね。『AzureCrew』の主人公って、確か《ザイカ》っていうエルフさんだったような……。」
ユ「細かいことは気にしない方が、いつまでも若々しくいられるわよ、結花ちゃん。」
結(……細かくない気がするのですけど……ま、いいか。いつまでも若々しくいたいし。)

場所:某会社の寮にて。

結「…! あ、あれが『くろぺん』!?」
ユ「『ストレス社会で闘うあなたに。メンタルバランスチョコレートGABA』を、PCの前で黙々と食べ続け、「くそう!何処が精神を安定させリラックスさせるだ!一向に落ち着かないぞ!」って叫んでいる、明らかにチョコの食べすぎで血糖値が上がり過ぎ。そんなんで落ち着けるわけねーだろ、バーカ。ってツッコミが入りそうな、この身長182cmの巨体の生物……。こいつが『くろぺん』だというの!!」
 ユンファの肌が泡立った。久しく恐怖というものを感じていなかったので、ここに来たことで得られた恐怖は何か懐かしいものさえ感じられた。
ユ「…!↑でナレーションが!」
結「これが、くろぺんの力!……流石、この世界を創った神様です。……《不本意ながら》」

くろぺん「ふむ。はじめまして。くろぺんです。」

結「どうしましょうユンファさん。私あの人と関わりたくない(ひそひそ)」
ユ「でもね結花ちゃん。残念ながらあの人は、私達の物語の《作者》なの。このインタビューも悲しきかな、あの人の思い通りにことが進むことになるのよ(ひそひそ)」
(二人とも、意を決してインタビューに取り掛かった)

結「さ、さて、インタビューですが。まずは定番から。」
・『何故私達の物語を創ろうと思ったのか』
く「まず『AzureCrew』ですが、元ネタは《HobbyJapan》掲示板の頃に一時期、オリカ作成板が乱立したころまで逆戻ります。乱立していた中にひとつ、『青のカードを復権を!』っていうテーマでオリカ作成を目指した板があり、そこで、別名で物語をUPしようとしていたんです。自分。その際に《青》=《海》で、海賊のお話を、まあ、漠然と作成したんですね。」

ユ「つまり、元々は《紫》とか全く関係なく、まずは私《ユンファ》がイメージとして出来上がっていって、そこから今日に至る、と。」
く「そういうこと。」

結「では次の質問。」
・AzureCrewはどれくらいまで続くんですか?
く「難しい質問ですね(笑)。実は、どのくらいまで続くのか作者も理解していません(爆)。あ、いや、最後のほうはもうできています。つまり、エンディングはもう決まっています。あとはそのエンドまでどのくらいの時間を要するか…ですね。当初の予定には無かったキャラクターが出てきたりしています。例えば《ロッカブ》や《テンザ》は、初期にはいませんでしたから。」

ユ「《テンザ》が初期にいなかった!これは驚いたわ。」

結「まだまだいきます」
・AzureCrewで、まだ出てきていないキャラがいるのですが。
く「…これは、申し訳ない。特に《グド》は出すタイミングを完全にミスりました。でも!ちゃんとみんな船の上に乗っていますから!安心してください。後にしっかり活躍します。」

ユ「《ジジイ》もね。」

結「次に、GatheeFriendsへの質問。」
・GatherFriendsの主要キャラ、登場人物を教えてください。
く「実は…。しっかりと固まっていないんです(笑)。本来はこれ、続けるつもりはありませんでしたし。半分おふざけで書いた第一回のみで終わらそうとしていました。はい。」
結「…やっぱり、そうでしたか…。私の性格でさえ、作者がしっかり把握できていない、という噂は本当でしたか…。」
く「『小金井結花』の現在の性格は、私の友人のリクエストを一部取り入れています。本来の結花は……『ツンデレ、ボクッ子』でした!!(核爆)」
結「一回、死んでください(天使の微笑み)」

く「ちなみに、町田の本名は『町田速人』です。」
ユ「赤スライとか好きそうね…。」

結「さらに続けます」
・GatherFriendsは、連載するの?
く「これについては…。皆さんのリクがあれば、やりたいなと思っていますが。
 今HPのコンテンツで、《ぎゃざラボ!》が正直止まっているんですよ。作者の《完全個人的な理由》で。あそこを差し替えようかなあ、…なーんちゃって。」

ユ「意味深ね。本当に深いかどうかはわからないけど」

結「さて、最後になりますが…。」
・ぶっちゃけ、オリカのほうはどうなったの?
く「……。」
ユ「答えなさいよ。」
く「……(汗)」
結「あのう、どうしました?」
く「……(大汗)」
ユ「まさか、あなた……」
く「……(滝のような汗)」
ユ「物語書くのが楽しくて、今まで忘れてたなんて事は…!」

く「お前ら!この文章のなかでは、俺は『神』だ!」
結「なんか、逆切れされましたけど(ひそひそ)」
ユ「……図星?(ひそひそ)」

く「くくく……。いいかお前ら、この中では俺はお前らを自由に操れるんだ。お前らを公然で○○(ピー)して××(ぴー)して辱めるなんて芸当も思いのままなんだ!」
結「……最低!!この人最低!!(石を投げる)」
ユ「クズが!人間のクズが!!死ね!!(石を投げる)」
く「嗚呼……痛いよ。何故か心が痛いよ。ママン…。」

く「ええい!神の力をなめるな!脱げ!お前脱げ!」

 くろぺんが命じるとユンファと結花の腕が勝手に動き出し、自らの衣服に手を掛け始めた。結花のセーラー服のスカーフがはずされ、ユンファは腰に巻いていたバンドを緩め…

ユ「って、勝手に文章を作るなあ!! 《昇華》!!!!」

くろぺんはひかりのなかにきえさった!

ユ「さて、悪は滅んだ。これからどうしましょうか。」
結「あ、私の友人が近くのファミレスでバイトやってるんです。そこにいきません?」
ユ「レストランか、良いわね。それ賛成!」


こうして、悪は去った。
だがしかし、また第2、第3のくろぺんがこの世界に舞い降り、
またユンファたちにインタビューを強制するであろう…。
 新たな敵が来るまで、ガンバレ!ユンファ!負けるな!結花!

 次回は、『多分ないよ。』By くろぺん

1 2

 

お気に入り日記の更新

最新のコメント

日記内を検索