16年前にもなるのですね(遠い目)。

本ブログにて、
血の迷い
と申しますか。
若気の至り
と申しますか。

中二病満載、黒歴史的なmtg二次創作オリジナルラノベを
アップしておりました。

覚えている人なぞ、誰もいないと思います。


なぜその話を、いまの令和の世の中でするかと申しますと、

急に思い立って、昔書いてた黒歴史をちゃんと終結させたく。

別サイトではございますが、今までの内容のブラッシュアップ再編集版
を、あげ直しております。

https://syosetu.org/novel/266956/

「Azure crew」というmtg二次創作。
ハーメルンというサイトでまとめております。

なお、16年ぶりの『最新話』が更新されてます。

なんかね。完結させたものを形に残したかったの。

以上。宣伝でした。

こんだけ時間あれば、資格の一つもとれたろーにね。

ノシ
 牢屋であって牢屋ではなかった。
 ザイカとユンファは、村の地下らしき場所にいた。なぜ地下にいるとわかったか。それは、ザイカたちのいる場所が、そのまま大木の根で囲まれていたからだ。
 壁は土であり、不均等に樹の根が這っていた。その樹の根を上へ辿ると、一点に集中していた。部屋の天井の中央だった。
 部屋の天井は丸みを帯びていたことも考慮すると、この部屋は、大樹の根の部分をそのまま流用し造られたのだろう。
 そのため、入り口と思われる場所が見あたらい。気を失っていたザイカには、一体どうやってこの樹の根に囲まれた場所へ入れられたのか、検討もつかない。
 しかし明かりは差していた。根の一部分には土がついておらず、そこからエルフたちの住居とそっくりな造りの部屋が覗けた。だが、その土が無い部分にもしっかりと根は這っており、その隙間から出入りすることは不可能だ。
「樹の根を動かしたのでしょうね。」
 ザイカの後ろには、いつの間にかユンファが立っていた。
「船長、体のほうはもう良いのですか?」
「まだ、指先が痺れているわ。」
 彼女の指は小刻みに震えていた。
「あのお茶、もっと飲んでいたら流石に不味かったかも。」
 いつものユンファでは無かった。彼女は普段、多少のピンチであってもあっけらかんと笑顔で切り抜けていた。
 が、今の彼女には余裕が無い。彼女の眉間には深く皺が刻まれていた。
「さてどうやって出ようかしらね。」
 光が差す樹の根の隙間を伺いながら、ユンファはあれこれと考えを巡らしていた。
 そんなユンファに対し、ザイカはさらに余裕など無かった。先刻の、『エルフのお茶会』での一件の事が原因である。

*********************************************
「大切な部下を、そんなに簡単に置いていけるのか、あなたは!」
 ザイカに剣を向けているリト=ハクが声を荒げた。
「せ、船長、すいません……。」
「ええ、置いて行くつもりよ。」
*********************************************

「……船長!」
 先ほどの言葉は嘘であってほしい。もしくは、エルフたちを目前に出た、出任せであってほしい。
 ザイカはそんな期待をこめて、ユンファに切り出した。
「何よ、ザイカ。私は今、考え事をしているのよ。」
「さ、先ほどの……ことなんですけど。」
 とりあえず声をかけてみたものの、うまくそれ以上の言葉が出てこなかった。ユンファの発した言葉が真実であった場合、自分の存在自体が否定されてしまいそうで、恐ろしかったのだろう。
「……本当よ。私はあなたを置いていく。」
 ユンファはザイカが何を聞きたいのかを瞬時に理解し、そして、ザイカが一番望んでいなかった回答を示した。
「ザイカ、あなたが海賊になった目的は? この《エンヴィロント》に来ることでしょう? これで、あなたが海賊である必要がなくなったのよね。」
 確かにその通りだ。ザイカの目的は、自分と同じ種族であるエルフたちが住む、閉ざされた島《エンヴィロント》へいくことだった。そのために海賊になった。
「大丈夫よ、ザイカ。エルフ族は同種を尊重する種族よ。あなたがエルフであるということが証明されるだけで、彼らの仲間として扱われるわよ。」
 ユンファに、このエルフの里での生活をアドバイスされた。しかしザイカはそんなことを心配しているのではない。
「ぼ、僕が居なければ、誰が《遠見》するのですか!? それに、雑用とかも……。」
「以前の遠見の方法に戻すだけ。《嵐鳥》を飛ばして天候を確認する。雑用だって《コーダ》が居るし、他の部下たちで十分よ。」
 ユンファの言い分を統合すると、『つまりあなたは、居なくてもいい』ということだった。
 直接でなく遠まわしに言われたことが、さらにザイカにはショックだった。ユンファはこれでもザイカに気を使った結果なのかもしれないが。
「……お? 向こうの部屋の奥に誰か居るな。見張りか? 2人いるなあ。」
 うっすら光の差す隙間からユンファは向こうの部屋を観察していた。結果、彼女は見張りらしき人物が居るのを突き止めた。
「お〜いそこのお兄さんたち! ちょっとこっちにおいでよ〜!」
 狭い、根の隙間からユンファは腕を伸ばし、見張りを手招きした。
「……。」
 しかし見張りは、彼女の行動を完全に無視した。エルフたちにはユンファは《蒼の魔女》として伝えられている。近づいただけで、命を奪われる可能性だってある。
「お〜い、見張りの方々。今から、炎の術でこの牢屋を焼き払おうと思うから、炎や煙に撒かれないように逃げたほうがいいわよ〜。」
「……!」
 流石に彼女の発言に、2人のエルフ兵は血相を変えて牢屋の前に来た。あの《魔女》ならやりかねないと思ったからだ。
 この牢屋に使われている樹は特別で、強力な術法を、ある程度なら抑える能力がある。魔女といえども例外でなく、強い術が使えないハズであるが、用心に越した事は無い。
 しかし、エルフたちの行動も全て、ユンファの計算どおりであった。
 見張りのエルフがまず1人、隙間から牢の中を見た。
 薄暗い牢のなかに、ユンファの姿が見れた。彼女は何故か、服をはだけ、透き通るような柔肌を露出していた。
 容姿端麗なエルフが一瞬、その姿に見とれてしまった。彼女の美しさはエルフでさえ魅了する。
「いやん♪ そんな所ばっかり見ないで……。目を見てよ。」
 彼女は片目に眼帯をしている。彼は隻眼の彼女の目を見た。 
「はい、お勤めご苦労様。」
 心に隙を作りすぎた見張りエルフは、簡単に《魅了》された。ユンファの術である。
「おい、どうした!」
 もう1人の兵士も、彼女が居る牢屋を覗き込んだ。
 もちろん彼も、全く同じシチュエーションを目の当たりにし、そして魅惑の世界に取り込まれることとなった。
「こんなところで炎なんて出すわけ無いじゃない。私たちがローストされてしまうわ。」
 ユンファは半脱ぎ状態の服を直し、先ほど誕生した下僕たちに、牢の開け方を聞いていた。
 どうやらユンファの読みどおりに、根自体を動かすらしい。動かすことができるのは、樹と語らうことができるエルフだけだ。
「じゃあ、とりあえず私を出して。」
「「はい。」」
 虚ろな目をしたエルフ兵2人が、樹の根に触り、なにやらぶつくさと呪文を唱え始めた。否、樹と語っているのだ。
 刹那、根がまるでゴムバンドのようにやわらかくなり、そして狭かった隙間が人一人分通れるくらいに広がった。
 隙間からユンファは這い出た。そして下僕二人に、また牢を閉めてくれと頼んだ。
 もちろんまだ、牢の中にはザイカが居る。
「……僕はもう、必要ないのですね。」
 牢の中から、ザイカの声が聞こえた。ユンファに対する質問なのか、自虐的なものなのかは定かではなかった。
 ザイカは記憶をなくし、その状態で初めて頼りにできる仲間に出会った。海賊であったが、特にその船長には、絶大な信頼を寄せていた。
 そんな人に、切り捨てられたのだ。彼の心の傷は、ユンファが思っていた以上に深かった。
「……ザイカ、おそらく、私たちが目指す場所は、これから激戦を強いられるわ。」
 ザイカの独り言とも取れるつぶやきに、彼女は彼女の意見をぶつけた。
「正直、あなたの力では、他人どころか、自分自身も守れないし、逆に、あなたを守って誰かが命を落とすことになる。」
 ユンファは、ザイカの居る牢には既に目を向けていない。
「だから、今回はいい機会だと思う。もう、海賊をやらずに、普通に生活していい場所に、あなたはたどり着けた。」
 ザイカも、うつむき、牢の外を見ようとしない。
「誰も、もう、死なせたくない。私の『大切な人』はもう、失いたくないの。」
 ザイカは、少しだけ、顔を上げた。彼女の後ろ髪が、狭い隙間から見ることができた。
「……さよなら、よ。ザイカ。」
 栗色の長い髪が流れ、彼女はその場を去った。

(家族ごっこは、もう、十分。『同じ名前の人物』が、2度も死ぬところを見たくないのよ、私は!!)
 
 《魔女》脱走の急報が流れたのは、それからしばらくしてからだった。
 そのときには既に、祭壇に奉ってあった《紫の石》は全て、彼女の手によって持ち去られていた……。

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 血だ。
 甲板の上には、《血の池》ができていた。
 5人くらいの人間の血を集めれば、これくらいになるのだろうか。
 髭を生やした大型の男が立っていた。手には《鉈》を持っている。
 女ゴブリンは、腰を抜かしていた。
 白衣の剣士は、既に刀を抜いていた。左の腕には切られた後。傷はそこそこに深そうだ。
「やはりあなたが……偽者でしたか……!!」
 白衣の剣士は歯軋りをし、目の前の大男をにらんだ。
「……エクリドっっ!!」
 エクリドと呼ばれたモノは、口が裂けんばかりに歪め、気持ち悪いほどの邪悪な笑顔を作っていた。
 船員の屍と、血の池の上で、その生き物は笑っていた。
「昔、この世界――エジュレーンは、全く秩序が存在しない世界でした。」
 エルフの長、エレーシャはユンファたちに淡々と語り始めた。
「しかし、そこに現れたのは神。神のごとき力を持つものが、この世界を取りまとめ、人々に『秩序』と『知識』を与えたのです。」
「しかし図書館に残っている文献では、人は自然と知を得、国を築いたと書かれている。神様論なんて、馬鹿馬鹿しい。」
 ユンファはエレーシャの『神様降臨説』に真っ向から反論した。が、エレーシャも負けてはいなかった。
「もしその書物が……図書館にある書物が、間違いであったら? もしくは意図的に、捏造されていたとしたら?」
「……。」
 ユンファは、あまり良い顔をしなかった。エレーシャの言いたいことが良く理解できたからだ。

 青の図書館は、膨大な知識を得るために、さまざまなことをしてきた。
 『知識の量』が、その国を支えるための糧であったのだ。
 しかしその国が栄えるために得られた知識の中には、いくつもの『怪しい知識』があった。
 あまりに多量に知識が集まってしまったため、その情報の真偽が、明確でないものも多々ある。

 そしてユンファは、青の図書館の知識には疑問を抱いていた。
 本当にすべてが集まっているのだろうか。
 では、彼が求めていた《あの力》とは何なのか?
 さまざまな文献を漁ったのに、その力についての文献は1つも無かった。
 ユンファは、その力……《紫の力》の真意を探るために、図書館から出た。

「……納得、したわ。」
 ふぅと、ユンファは深いため息をついた。そしてユンファはエレーシャに確認を取った。
「つまりあなた方エルフ族は、あの《紫の力》を、その神様の力だと、言いたいのね?」
「……あら、判ってもらえましたか、ユンファさん。お話は非常に早く決着しそうですね。」
 ザイカは、全く話に付いていけなかった。しかし、実際に紫の力の効果を目にしていることもあり、それが『神様の力』であるといわれても合点がいっていた。
 普通の人間には扱えないほどの強大な力を発揮する石ころである。それが、世界を造った『神様の力のかけら』であるとすれば、今までの出来事がつじつまが合ってしまえるように感じてしまう。
「……でも、じゃあ、なぜその『神様の力』が、『紫の石』として存在しているのですか?」
 ザイカは自分が疑問に思ったことをストレートに聞いた。するとエレーシャは途端に悲しそうな顔をし、目を伏せ首を横に振った。
「この世界の外側から、同じ力を持ったものが攻めて来たのです。この世界を我が物にせんと企む輩が。」
 エレーシャの回答に対し、ユンファが思ったことを口にした。
「つまり、神のごとき力を持つものがもう一人現れた。そして、元から居た神様の世界を奪おうとした。」
「そうです。その戦いは、当時の世界の生命すべてを巻き込んだ、とても大きなものであったと伝えられています。」
 エレーシャは険しい表情で語った。
「そしてその戦いの終焉……。2人の神は、互いの力がぶつかり合い、結果、両者とも倒れたそうです。」
「……相打ちだったってこと?」
「はい。しかし互いの力がぶつかり合った際に、その力が結晶化し、世界に飛び散ったと。」
「それが、『これ』ね。」
 ユンファは腰につけた麻袋をはずし、その袋ごとテーブルに置いた。ほのかに紫色に光を放っているのが、袋の外からも判る。
 エレーシャの側近のエルフたちがざわつき始めた。あまりに無神経にユンファが『紫の力』を取り出したからだろう。エルフ族には『神の力』と伝えられているモノが、こんな簡単な麻袋に入れてあるのだ。エルフたちが驚くのも頷ける。
「それは危険な力です。」
「重々承知よ。」
 エレーシャの忠告に対し、ユンファはあっけらかんと答えた。その応対に、少しエレーシャの眉が動いた。
 その時、横からリト=ハクが割って入ってきた。
「我らエルフ族は、その危険性を認識した上で、その力を封印しようとしている。」
 よく通る声でユンファに、自分たちが行おうとしていることを、簡潔に伝えた。
「封印、ね?」
「はい。我らエルフは、マナの力の制御に関してはエキスパートです。紫のその力も、マナの一種であることには変わりありません。」
「我らエルフ族に、その力の管理を任せてくださいませんか、ユンファさん。」
 エレーシャの提案は理に適っていた。ユンファはマナを利用し術を使うことに関しては長けているが、そのマナ自体の扱いは決して得意ではない。
 ザイカも、この場合エルフ族に石を託したほうが安心だと考えていた。が逆に、これに対するユンファの答えは安易に予想できていた。
「お断りね。」
 テーブルに置かれていたはずだった麻袋は、いつの間にかユンファの腰に下がっていた。
「なぜ、か。理由をお聞かせ願いますか?」
 エレーシャは眉1つ動かさずにユンファをみていた。しかしその余裕が、返って不気味な感じを与えていた。
「まあ、理由なんて沢山在るけど。全部を語ると、明日の朝になっちゃうわ。」
 ははは、とユンファは笑った。そのまま彼女は席を立った。
「そろそろ御暇しなくちゃね。あまり有意義な情報をお聞きすることができなくて、とても残念でした。」
 ザイカもユンファの行動につられて席を立ってしまった。が、席を立った瞬間、部屋の中の空気が非常に緊迫していることに気がつき、軽い気持ちで席から離れたことを後悔した。
 部屋の出口には槍を構えたエルフ兵が2人。また、部屋の中にはあの《リト=ハク》が居る。
 しかしユンファは、彼らが全く見えていないかのように出口に向かっていった。長槍エルフ兵たちがそんなユンファの行動を見て、一瞬ひるむ。
「ユンファさん、ザイカさん。」
 エレーシャがユンファに声をかけた。
「何かしら?」
 ユンファは、《冷気》をまとった右手をそのままに、振り向いた。エレーシャが呼び止めなければ、彼女はエルフたちを氷漬けにでもして出て行くつもりだったらしい。
 ザイカはユンファの後をついては行かず、席を立った状態で固まっていた。なぜなら、喉元に細い長剣の切っ先が向けられていたためである。
「大切な部下を、そんなに簡単に置いていけるのか、あなたは!」
 ザイカに剣を向けているリト=ハクが声を荒げた。
「せ、船長、すいません……。」
「ええ、置いて行くつもりよ。」
 淡白にユンファは言い放った。この答えにはザイカをはじめ、リト=ハクやエレーシャも動揺したようだ。
「ザイカ、あなたの目的は『ここ』に来ることだったのでしょ? 目的が果たせて良かったじゃないの。」
 ザイカがユンファの言葉を理解するのにしばらく時間がかかった。そしてザイカが理解するよりも先に、エレーシャやリト=ハクのほうが理解した。
「リト=ハク。彼を解放しなさい」
「賢明な判断ね。」
 エレーシャの命令に、リト=ハクは従った。途端、ザイカは腰が抜けてしまったのか、また自分の席に座り込んでしまった。
 否、むしろ心ここにあらず、といったところか。
「エレーシャさん、私は信じています。仲間を第一に考える種族であるエルフが、同属を罰するようなことが無いことを」
 そういうとユンファは改めて踵を返し、出口へと向かっていった。
「ユンファさん。もう1つ、忘れ物がございます。」
「……なによ。」
 エレーシャの2回目の静止に、次は明らかに不機嫌な態度で、ユンファは答えた。
「ザイカさんもそうですが……、そちらの、『石』を持って返って仕舞われると、非常に困りますの。」
「あ、そう。あなたたちはここを戦場にしたいのね?」
 再びエレーシャのほうに向きなおしたユンファは、今度は左手に炎をまとっていた。
 ユンファはさっと周囲に目を配る。
(この中での要注意人物は……。やっぱり《リト=ハク》よね。あとあの《エレーシャ》。可愛い顔して、何企んでいるか良くわからないわ。)
 ユンファは既に臨戦態勢である。リト=ハクも剣を構えている。が、エレーシャは全く戦うような素振りを見せていない。
「エレーシャさん、よろしいの? 私は本気よ。」
 ユンファの呼びかけにエレーシャは、妖艶な微笑を返した。
「大丈夫です。『誰も傷つかず、このいざこざは終わります』ので。」

 瞬間、ユンファの体から力が抜けた。
 がたっと音をたて、ユンファが崩れ落ちた。
「あ、れ。」
 ユンファが両手にまとっていた術も雲散霧消してしまった。
 なにが起こったのか理解できていないユンファに、エレーシャが話しかけた。
「お茶です。このお茶、エルフが摂取しても害は無いのですが、人間が飲むと、麻酔作用が出るのです。」
(な、そんな……)
 ユンファは言葉を発しようとしたが、既に口の周りにまで痺れが来てしまっていた。
 エレーシャの顔は心底嬉しそうであった。子供が大人にいたずらを成功させたときにする顔である。
 エレーシャは椅子から立ち上がり、
「申し訳ありませんが、ユンファさん。あなたは危険です。牢に入れさせてもらいます。《紫の力》は、我々の力で、責任を持って封印させてもらいますね。」
 そういうとエレーシャは、リト=ハクに目で合図をし、リト=ハクはユンファの腰に下げてあった麻袋を取り外した。
 ザイカはその間、ただ椅子に座っているだけで何もできなかった。
「ザイカさん。あなたもしばらく牢に入ってもらいますね。あなたはお茶の作用を受けなかったということで、あなたがエルフであることは証明されましたが、詳しい正体がわかるまで、あなたも『海賊』なのですから」
 はっと、『海賊』という言葉にザイカは反応した。エレーシャたちはまだ自分のことを『海賊の一味』として扱っている。
 つまりエルフから見れば、自分はまだ『ユンファの部下』ということだ。
「……はい、わかりました」
 ザイカは言われるがままに立ち上がり、と同時に、ユンファを助けようと懐から短剣と抜き出し、リト=ハクを襲撃した。
 が、力、技術、戦闘経験の差がありすぎるザイカの奇襲劇は、リト=ハクの、首筋への手刀による一撃で、幕を閉じた。
「……危ないですね、やはり。」
 エレーシャは非常に驚いたようだ。
「たとえ勝てない相手でも、自分の主君の危険には、命を支払ってでも止めようとしますからね、我々エルフという種族は」
(つまり、彼はまだ彼女の部下であると思っている、ということか。)
 リト=ハクは、気を失っているザイカと、麻痺して動けないユンファをそれぞれ片手で持ち上げ、部屋を出た。
「地下の牢に入れておきます。その後に、『紫の石』は祭壇へ。」
「ええ、お願いしますね。」
 エレーシャはにこやかにリト=ハクと兵士たちを見送った。その暖かい笑顔の裏には、リト=ハクさえも何も聞かされていない企てがあるのだろうか。
 その答えは、エレーシャしか知らない。
 目的地が近づいてきたのが、感覚的にわかった。
 マナの流れを読めないザイカや、エルフでないユンファさえ、『それ』が感じられる程である。
「コレが、マナの流れなの?」
 ユンファがリト=ハクに質問した。ユンファの質問に対し、リト=ハクが肯定した。
「ここはマナが濃い。だからこそ、ここがエンヴィロントの中心になったのさ」
 空気の対流とは違う、なにか言葉にできない、雰囲気的な流れを感じることができる。この流れを読み、自在に操ることができるエルフは、やはりユンファのような人間には理解しがたい能力をもった種族のようだ。
 
 集落が見えてきた。昨日泊まった、滅んだ集落とは比較にならないほど大きな場所であり、しっかりと木材が組まれた建築物が立ち並んでいた。
「森の中にこんな町があるとはね」
 道も、舗装こそされていないが、しっかりと土が押し固めらいる。脇には小さな木が植えられていた。
「この道の先、集落の中央に我々の長が居る。」

 町のエルフたちはこちらを避けているようだった。ユンファの予想どおりであったが。
(ま、いままで他国との交流を退いてきた人種だもの。人間が珍しいのでしょうね。)
 リト=ハクもその意図を判ってか、できるだけ人の通りが少ない場所を選んで中心部に向かっているようである。
 が、実際は違った。
 エルフたちはむしろ、リト=ハクを避けているようである。エルフたちの決別の目はリト=ハクに向けられていた。
「……。」
 それらを黙殺し、目的地に向かうリト=ハク。
 ザイカも周囲の反応に気がついたようだ。
「船長……」
「私も理由はわからないわ。理由を知りたいなら、直接彼女に聞くといいわ」
 そうは述べたユンファではあったが、実はユンファはこの大陸――《エンヴィロント》に着いてから、ずっと《異変》を感じていた。既に魔物がいないこの街中でも、異常なほどに《紫の石》は輝き続けていた。
「あとでお茶でもしながら、事情を聞いてみたいわね」
 ユンファの考えは、あながち冗談ではなかった。

 町の中心ではあったが、その建物は周囲を森に囲まれていた。町の中央に森があり、その中に、エルフの長が住んでいるのだという。
「たいそうな建物だこと。」
 岩とも、レンガとも、植物とも違う、深緑の鉱物で作られた建物であった。この大陸で見た建物の中でも特異な風格を持つそれは、長が住むにふさわしいものといえよう。
 建物の中に案内された。建物の中には何人かのエルフが働いていたが、全員、リト=ハクを避けているようである。
 
 応接間であろうか、長いテーブルが置いてある部屋に案内されて長の到着を待った。
 程なく、軽鎧をまとった男性エルフとともに、女性のエルフが現れた。見た目だけはユンファよりも若く感じられたが、エルフは長寿であることを考慮すると、ユンファよりも年上であろうか。緑の色を基調とした、シックなワンピースを着こなし、銀でできた髪留めと、同じく銀製のペンダントを身に着けていた。
 特に目立つようなアクセサリーをつけないのは、彼女の前ではどんな装飾品でも、彼女の美貌の前には色あせてしまうからだろうか。詩人でなくとも、詩的な台詞が浮かんでしまう。それほど美しい女性だった。
 ユンファは彼女が入室するや否や、挑発的な態度をとった。
「あら、長が来るまでの間、演舞でも見せてもらえるのかしら。」
 ユンファの発言に、軽鎧のエルフは絶句し、しかしすぐに声を荒げてユンファに言った。
「な、なんということを!! このお方が、われわれエルフの長だ!」
 あら、と、ユンファは驚いた仕草を見せた。しかしザイカは、ユンファのその仕草はわざとだなと思った。彼女がこの部屋に入った瞬間、比喩ではなく『空気が変わった』のだから。
 リト=ハクもユンファの発言には驚いていたようであったが、しかし何もしなかった。ただ寡黙に、ユンファと、そして長の方を交互に眺めていた。
 ユンファの発言に対し長は、「ふふっ」と微笑みを返し、そして、
「不思議な方。お会いできて光栄ですわ」
 ワンピースの裾を持ち、会釈をした。
 ユンファは長の行動に、拍子抜けしてしまった。「エルフ一族の長」が、「海賊の船長」に対して、頭をさげてしまったのだ。これに対してはユンファも驚かされた。
「お、長! いったい何をしているんですか!」
「エレーシャ様!!」
 2つの罵声が飛んできた。先の言葉は、軽鎧のエルフから。後の言葉は、《リト=ハク》からであった。

 ユンファとザイカの前に、お茶が出された。薄く透き通った黄緑色のそれは、ユンファが今まで一度も見たことのない不思議な香りのしたお茶であった。しかし、その香りは、長旅で疲れたユンファたちの体をやさしく包み込み、驚くほどのリラックス作用を持っていた。
(これは大変珍しいものね。もって帰れば高値で売却できるわ。後で交渉しようかしら)
 椅子に腰を下ろしたユンファがお茶の香りを堪能していた横で、ザイカは、そのお茶の香りに、失われた記憶の断片を見出そうとしていた。
 このお茶。確かに記憶の片隅に、これと似た香りを嗅いだ事がある。しかし、はっきりと思い出せない。
「さて、」
 ちょっとした沈黙の後、ユンファの正面に着席していた、美しきエルフの長が口を開いた。
 長の名前は《エレーシャ》。お茶が来る前に、簡単な自己紹介が行われている。
「遠い国から、はるばる我がエルフの《桃源郷》にお越しいただき、感謝いたします。《蒼の魔女、ユンファ》。」
 ドキリと、動揺を露にしたのは、ザイカのほうであった。ザイカが手にしたお茶が、軽くこぼれた。
 当のユンファは、静かに、物珍しいエルフのお茶を堪能していた。軽く口に含み、舌の上でお茶を転がし香りと味を楽しんでいた。エレーシャはユンファの態度は特に気にせず、話を続けた。
「我々はこの大陸で、他国との関係を築くことなく、独自の文化を作ってきました。」
 エレーシャはどうやら、自国、《エンヴィロント》の紹介から始めようとしているようだ。記憶喪失エルフのザイカには、エレーシャの会話には非常に興味があった。自分の記憶を少しでも取り戻す手がかりがほしかったのだからだ。
 しかし、ユンファがそれをさえぎった。
 ユンファは半分ほどお茶を飲み終えており、そのカップをテーブルの上に、わざと音が鳴るように乱暴に置いた。
「御託は結構」
 乱暴に置いたカップからはしかし、全くお茶がこぼれていなかった。
「長、私たちは、あなた方の生態を調べに来たのではない。」
 まっすぐにエレーシャを見ながら、ユンファが言った。さらにユンファは続けた。
「正直、私たちには時間がない。お国自慢なら、事が終わった後でなら十分にお時間をとって差し上げられます」
 丁寧な言葉遣いをしてはいるが、ユンファの目は全く笑っていなかった。
「……これは失礼。では、率直に申し上げますわ。私の目的を。」
 エレーシャはユンファの気迫に押された、訳ではないが、長くなりそうな前置きを取っ払い、単刀直入、彼女の目的を述べた。
「ユンファさん。あなたには悪いのだけども……」
 エレーシャは笑顔でユンファに告げた。しかし、目は笑っていなかった。
「『紫の力』は、あなた方ではどうにもならないわよ」
 ユンファの眉がぴくりと動いた。冷たい笑顔も美しいエルフの長は、さらに目的をユンファに告げた。重要なキーワードとともに。

「『プレインズウォーカーの力』は、人間には扱えませんわよ、魔女さん。我々が責任を持って封印いたしますわ。」 
 エレーシャの表情は、冷たい笑顔から、強い意志を持つ族長のものへと変わっていた。
3ヶ月(!!)あいてました。

有明海より深く反省。
ムツゴロウのえさになってきます。

5-2、公開します、が。
あまりに時間が空いていたので、ここいらで軽く復習(あらすじ)
〜プロローグ〜

地表の8割が海で覆われた世界《エジュレーン》。
5つの大陸が、それぞれ独自の色を掲げ、各々が国となり、それらは危いながらも、均衡を保って世界はできていた。
・法を律する、《白の審問所、ラスロウ・グラナ》
・知を律する、《青の図書館、ノウルオール》
・死を律する、《黒の深淵、アルデモ》
・情を律する、《赤の活火山、ゴルゴロ=イクー》
・生を律する、《緑の桃源郷、エンヴィロント》

しかしこのバランスは、もろくも崩れ去ろうとしていた。
突如として現れた謎の色《紫》。

《エジュレーン》は、静かに崩壊の時を迎えようとしていた。

これは、記憶喪失のエルフ《天候を見るもの、ザイカ》と、
隻眼の、元魔術師《蒼の海賊、ユンファ》のお話。


〜今までのお話〜

 ザイカが始めて経験した『商業船』の襲撃。
 元船長《エクリド》が指揮をとり襲撃したが、船内はゾンビの群れであった。
 商船の生き残り《セルバ》から、商業船の中に『紫に光る宝石』の話を聞き出し、《ユンファ》は厳重に封印されていたそれの回収に成功した。しかし、この宝石の力に魅入られた「カマキリ」に襲撃され、部下を2人失った。
 商船襲撃の際に得た品物の売却のため、裏取引が可能な港、《ゴルゴロイクー》の《エリス港》へ向かうが、港が見えてきた刹那、『紫の宝石』が妖艶に輝いた。同時に鉱山で爆発があり、それは後に、『紫の力』よるものと判った。
 エリス港のドワーフ商人《ロッカブ》の話から、爆発現場に興味を持ったユンファは、ロッカブと子分、さらに船医である《テンザ》をつれて、鉱山登りを行った。
 途中、暴走した野生動物に襲われるも、辛くも爆発現場に到着した一行であったがそこには、文字通り死体を「肉団子」にし活動していた《異形の者》がいた。
 死体の中心に、紫の宝石のかけらがあると推測したユンファは、わざとそれに取り込まれるという方法で、紫の力と接触。さらにそれを暴発させることで、《異形の者》を撃退に成功。
 しかし、異形の者に埋め込まれていたかけらは力をすべて放出し、単なる石へと変貌してしまった。

 そのころエリス港では、《エクリド》と《セルバ》が路地裏で密会していたのだ。
 しかし突然、セルバの右腕が変貌し、エクリドの体を貫くこととなる。
 セルバはセルバではなく、変身したものの姿かたちのほかに「性格」「感情」「言葉遣い」「癖」まで完全にコピーしてしまう、《多相の戦士》であった。本来の《セルバ》という人間の、『男性の好み』までコピーするため、簡単にエクリドに接触できたのだ。エクリドも、セルバが偽者であることに気が付かなかった(もっとも、最初から本物には会っていないが)。
 しかし重傷を負いながらも、エクリドは愛用の《鉈》で、セルバをなぎ払う。
 意識を失ったエクリドであるが、偶然、港町を《遠見》していた《ザイカ》に発見され、一命を取り留めた。
 その際、《セルバ》の遺体は発見されていない。
 
 山登りから帰ってきた《ユンファ》たちは、すぐに《エクリド》の治療に当たった。
 そして翌日。
 《ザイカ》は、《ノウンクン》に出会う。ブロンド髪の少女はザイカに「耳の長い人たちが来る」とだけ告げ、消えてしまった。
 同じころ《ユンファ》も《アルナード》から同じ報告を受けた。
 そしてその日の朝、エルフの船団がエリス港に入港した。
 エルフは今まで外交を行わず、国はずっと鎖国していたが、今回はエルフたちの《長》の命で、ここまで来たという。
 目的は、『ユンファを、長のところに連れていく』事であった。
 ユンファは最初、彼らの言葉に従うつもりは全くなかったが、剣士《リト=ハク》と、《紫の力》の情報に興味を持ち、エルフたちに同行することとなった。

 そして物語の舞台は、《緑の桃源郷、エンヴィロント》へ移された。  



こんな感じかな。

左の、ストーリーのところに、大体話しはあるんで。
「山渡りの次は、森渡り、ね。」
 船から降りたユンファの、開口一番の台詞だ。
 ユンファ達はエンヴィロントに到着した。《青の図書館》にも存在しない海図を使い、未知の海流に乗ってきたのだ。
 エンヴィロントは全く人の手が加えられていない、未踏の土地であった。原生林が生い茂り、ここでしか見れない生物もいた。
「危険な生き物だけどね。」
 ユンファはナイフに付いた血を拭いながら呟いた。目の前には巨大な蜘蛛の死骸があった。
「この大陸で、空を飛ぶことは死を意味します。覚えておいてください」
 《リト=ハク》が警告した。ユンファが『近道するわね』と、一緒にいた《ザイカ》を抱え、飛翔の呪文を使い飛んで行こうとした時には、彼女はそんな警告はしなかった。
 ユンファは、体に纏わり付いた蜘蛛の糸を取りながら、リト=ハクの話を聞いていた。
「一昔前まで、こんなに凶悪な生き物は居ませんでした。森の生き物が凶暴化したのは恐らく……。」
「《紫の力》の所為かしら?」
 リト=ハクは、無言のまま頷いた。
 ユンファはとりあえず、この大陸の状態を理解した。そしてさらに、この大陸の長……エルフの長への興味が沸いてきた。
「早いところ、お偉いさんに会わなくてはね。で、リト=ハク。この大きな繭、破るのを手伝ってくれない?? ザイカが窒息しちゃうわ」

 《緑の桃源郷》には、《ユンファ》《ザイカ》の2人だけで行くことになった。《テンザ》には、海賊船《ディーピッシュ》の守りをお願いした。
 《リト=ハク》達以外のエルフ達は、別の集落に住んでいるのだという。入港後(港など無かったが)は別行動を取っている。

「《桃源郷》まで、2日はかかります。途中に集落がありますから、そこで休憩を取りましょう」
 急ぎの旅であったが、ユンファはリト=ハクの提案に乗った。エルフ達の生活環境を知りたいという探究心からであった。

 蜘蛛以外にも、数々のクリーチャーがユンファたちを襲った。独自の進化をした双角獣や、樹に化けた魔物なども居た。
「……紫の力の所為と思われますが……ここまで魔物が活性化したことは在りません。」
 リト=ハクは異常事態に気づいた。寄る予定であった集落のことが心配になってきた。
「集落は大丈夫なんでしょうか? リト=ハクさん」
 ザイカはリト=ハクの心境を察してか判らないが、リト=ハクに聞いた。
 リト=ハクは答えられなかった。が、その回答には別の形で答えた。
「集落のエルフが、消える事件がおこっている。ここ最近な。」

 1つ目の集落は、すべてのエルフ達が魔物に襲われていた。遺体はすべて、巨大な爪のようなもので切り裂かれていたのだ。
 2つ目の集落は逆に、すべてのエルフが魔物になってしまった。それらは巨大な爪を持ち、動くものすべてを引き裂かんとしていた。その魔物達は、リト=ハクたちに退治された。
 3つ目の集落は、忽然と姿を消していた。集落があった場所には草木一本生えておらず、全くの更地が広がっていたのだ。
 
「次の集落が、4つ目になって無ければよいがな。」
 ユンファが発した一言に、リト=ハクは怒りを感じたが、しかし実際、そうなっていないとは言えない。ユンファは生の《紫の力》を持っているのだ。力の影響が無く、この旅が終わるとは思えない。

「ここのはずだが……、おかしいな。」
 リト=ハクは顔をしかめた。集落にたどり着けないのだ。
「道にでも迷ったのか? エルフなのに。」
 ユンファは軽い声でリト=ハクをからかったが、しかしリト=ハクは真剣だった。
「この場所のはずだ……見てみろ。」
 リト=ハクの指差す先には、木で組み立てられている家があった。
「あの家があるということは、ここが集落だ。」
 リト=ハクは道に迷っていなかった。確かに集落に到着したが、しかしそこは既に、集落ではなくなっていた。
「……4つ目、か……!」
 リト=ハクは、怒りで顔が歪んでいた。
 ザイカは疑問に思った。ここが元集落だったとしても、明らかにおかしい部分がある。地面や家、周囲に樹やツタが生えすぎている。
「人が住んでいたところとは思えないけど……。」
 家の前に来て、確信に変わった。ドアの部分にツタがまきつき、開けられる状態ではなかった。ドアの役目をしていない。
 そこでザイカは、思い切ってドアを開けてみることとした。腰につけた短剣でツタを切り、ドアを開けた。
 家の中は、信じられない光景であった。ツタどころではなく、家の中に樹が生えている。しかも2本も。
「1本は…家の中央。もう1本は……ベッドの上から、か。」
 恐る恐る、何かに惹かれるように家の中に入ったザイカは、ベッドから生えている異様な樹に注目した。

顔があった。

「……!!」
 樹の根元に、エルフの顔があったのだ。
 ザイカは恐怖で声が出なかった。ザイカはその場で腰を抜かしてしまった。
「これは……!」
 ユンファが後ろに立っていた。流石のユンファも、この光景に驚いている。
「エルフが……《樹》になってしまったというの?」
 

 夜も更け、魔物が活性化してきたこともあり、この集落で一晩を明かすこととなった。
「あまり良い気分ではないな。」
 ユンファも昼間の情景がショックだったのか、今夜は大人しい。
 その後他の家の中を見たが、結果は同じだった。皆、《樹》になっていた。
「……紫の力は……」
 リト=ハクが独白のように語りだした。中央にくべた薪の炎がゆれている。
「……生き物を堕落させ、滅ぼす力だ。」
 この回答に、ここに居る誰もが反論できなかった。
「だから早急に、この力を何とかしなければならない。こんな悲劇を止めるために。」
「その意見に関しては、私も同意見よ」
 ユンファも、そしてザイカも賛同した。
「といっても、最初からみんな、目的は同じでしょ。」
 今日は休みなさい。ユンファはリト=ハクに休憩を促した。この状況で一番疲弊しているのは、リト=ハクであろう。慣れない船旅の疲れが残っているはずだ。そして今回の事件。身も心も、ボロボロだろう。
「……ああ、そうさせてくれ。」
 ユンファの気遣いに、素直に従いリト=ハクは横になった。本当に疲れていたんだろう。
「ザイカ。あんたも横になりな。見張りは暫く私がしておくから。」
 ザイカはその申し出に対して断りを入れた。
 次に疲れているのはユンファだ。彼女もかなり無理をしている。
「……船長に意見するなんて……。」
 しかしリト=ハクの時と同じく、彼女もザイカの申し出を受け入れた。やはり疲れが溜まっているのだろう。
「仮眠したら、見張りは代わるから。よろしくね」
 ユンファはそういうと横になった。途端、直ぐに寝息を立てた。
「船長、本当に疲れていたんだなあ。」
 ザイカは大きなあくびをひとつして、『パンッ!』と頬を叩いた。
「ボクが頑張らないと。ボクが足を引っ張っているようじゃダメなんだ!!」


 ユンファは夢を見た。懐かしい夢だった。
 《青の図書館》に居た頃だ。まだ学生だった。
 友人と食事したり、講義を受けたり。
 そして、管理人に恋をしたり。

 主席で卒業後、研究を続けようとしたら、彼から『無意味だ』と言われた。

『この世界には、本に書かれていないことがまだ沢山あるんだ。僕はそれを研究している。
 図書館の人間は僕を馬鹿にするけど、本に書かれていないことでも、実際に自分で見たり体験したりしたことが、真実なんじゃないかなって。
 僕の研究を一緒に行わないかい?僕はいま、《紫の力》について研究しているんだ。』
 偽者騒動はまだ終わっていなかった。犯人が見つからないのだ。
 そのため、ディーピッシュの船員の、全員が疑心暗鬼になってしまっていた。他が他を疑うことが船内で繰り返され、誰もが精神的に参っていた。
 しかしその状態でも、ユンファは船を出航させた。理由はエルフ達の言い分にあった。 

 エルフの地図作り《ツエイド》が言う潮流を使えば、《エリス港》からエンヴィロントに直接いけるという。しかしこの潮流、一時期しか流れないという。そのチャンスを逃すと、次は3月ほど待たなくてはならない。
 ユンファは考えたが、結局《紫の力》への探究心が勝り、出航を決意した。

 エリス港を出航し、3回目の朝を迎えたころ、突然に潮の流れが変わった。コレがエルフ達の言う潮流なのだろう。前方のエルフ達の船が、文字通り潮流に流されていったのが肉眼でも確認できた。
「あとは待つだけだ。この潮が、我々を《エンヴィロント》に連れて行く」
 リト=ハクが述べた。彼女は《ディーピッシュ》に乗っている。リト=ハクがこちらの船に乗っているのには訳があった。《ユンファ》たちの監視である。
 ユンファはただただ、自分が知らなかった潮流に感心していた。
「どの本にも、どの海図にも、この潮は書かれていないわ。実際に体感して、私もやっと真実だとわかったわ」
 
 緊迫した船内で、《ザイカ》は倉庫の整理をしていた。遠目の力が必要ない時は、ザイカは雑用をこなす事で船員としての役目を果たしている。
 整理を終え、倉庫から出てきたザイカを待っていたのは、ブロンドの髪の女の子だった。
「ザイカ、こんにちは」
「あ、えーと、ノウンクンだっけ?」
 ハイ!と手を挙げ《ノウンクン》が返事した。実に微笑ましい。
「ザイカ、私、今日はあなたに会わせたい人がいるの」
 そういうとノウンクンはザイカの腕を取り、いきなり引っ張り出した。突然のことでザイカは驚き、つい勢いで腕を振り払ってしまった。
「あ、ご、ごめ……」
 ザイカは咄嗟に謝罪の言葉が出たが、しかし、既に対象はいなくなっていた。目の前にいた彼女は、もう居なかった。
「…?」
 何処に行ったのだろう。ザイカは不思議に思いながらも、倉庫に忘れ物をしたことを思い出し、倉庫に戻った。

 倉庫の中には明かりはない。そのためランプを灯しての作業と成るが、そのランプが見当たらない。
「おかしいなあ」
 倉庫の奥にもランプがあったことを思い出し、手探りで倉庫奥に行こうとしたが、
「……こんなに広かったっけ……?」
 先程と勝手が違う。壁の手触りも違っている。丸い金属が壁に埋め込まれているようだ。しかも仄かに暖かい。
 ふとザイカは、天井付近に赤い光を見つけた。
 しかしそれは、血の色に似ていた。
 そして、その赤い色は唐突に動き出した。こちらに近づいている。
 次第に暗闇に目が慣れたこともあり、ザイカは近づいてくるものが、目であることがわかった。そして直ぐにそれが何の目であるかも理解した。
 ドラゴンだった。
 赤い瞳。黒光りする鱗。白い牙も見えた。
 ザイカが壁だと思って触っていたのは、そのドラゴンの皮膚だったのだ。
 と、案外冷静に状況を分析していたザイカであったが、目と鼻の先にドラゴンの顔が来た瞬間、叫び声を上げた。情け無いと思っていたが。
「……っと、なにやっているのよ。」
 後ろに何故かユンファがいた。叫んでいるところを見られた格好だ。
「せせせせ、船長!!」
 ザイカは訳が判らなかった。ドラゴンのことも、ユンファがここにいることも。
 ユンファに気が付いたのか、ドラゴンが顔をユンファに向けた。そして突然、そのドラゴンは人語を喋りだした。
「ちょいと、からかっていただけだ」
「私の大切な仲間だからね、《アルナード》。」
「判っている。」
 ユンファもユンファで、ドラゴンと対等に会話している。一体彼らは何なんだろう。改めてザイカは思った。
「で、ザイカ。」
 ユンファはドラゴン……《アルナード》との会話を中断し、ザイカに視線を向けた。
「あなた、どうやってここに入ったの? ここは私が《鍵》をかけたのに」
 ユンファはザイカに疑惑の目を向けた。ザイカが偽者ではと思っているらしい。
 それに気づいたザイカは必死に弁解しようとした。
「こ、ここは、あの、《ノウンクン》って子がいて、ええと。」
 ザイカの《ノウンクン》の言葉に、その場にいたユンファとアルナードは驚きの表情を見せた。
「おいお前、ノウンクンにあったのか?」
 アルナードはザイカに顔を近づけた。ザイカなどアルナードの口の大きさから、一飲みだろう。
 ザイカは、喋るドラゴンにいまだおびえながら、状況を説明した。
 物言わず聞いていた二人(1人と1体)であったが、一通りザイカの話をきいたあとは、素直に納得していた。
「へえ、あの子に会ったんだ。あの子なら、ここに導けるわね」
「ふん、あのガキが。余計なことを」
 アルナードと呼ばれたドラゴンが、またザイカに顔を近づけた。
「確かに俺は、お前に興味がある、とは言っていた。ただそれだけなのにな。」
 その後、そのドラゴンは首を上げ、自分の胴体に乗せた。丸くなり、休んでいる体制だ。白鳥が寝る体制と同じだった。
「まあ、ガキに出会えるって事は、少なくとも《ユンファ》と同等ってことだ。こいつは面白い」
 そういうとアルナードは、目を瞑ってしまった。寝ようとしているのだ。
「アル、眠るのか?」
「ああ、俺みたいな年寄りには、長話は疲れる。」
 そういうとアルナードは喋らなくなった。眠ったようである。
「さて、と。」
 ユンファはザイカの腕をつかみ、部屋からでた。

 そこには、部屋の扉は無かった。あるのは壁だった。
「私が、壁と別の部屋を繋いでいるの。だから、普通はあかないはずなんだけど、ね。」
 しかし、おそらくその扉を開けたのは《ノウンクン》だ。
 彼女は一体何者なのか。ザイカは思い切ってユンファに尋ねてみた。が、ユンファの回答はこうだった。
「実は、私も良く判らないのよ。でも、彼。不思議と悪い奴とは思えないのよね。神出鬼没だけど、幽霊かしら。」
 ザイカはまだ、いろいろとユンファに聞きたいことがあった。先程のドラゴン《アルナード》のことも。また、ユンファがノウンクンのことを《彼》と呼んだことに関しても。
 しかし、ユンファは渋面だった。真剣に何かを考えているようで、近寄りがたい雰囲気でもあった。
 そしてユンファはザイカのほうを向いた。渋面ではない。むしろ、好奇心の塊のような顔だった。もっと、もっと知りたい。
「ザイカ、あなたどうして、ノウンクンと出会えたの? 昔、ナニカしてた? っと言っても、あなた、記憶喪失だったわね。」
 ユンファの顔が残念な感情でいっぱいだった、が、現在この船が向かっている先を思い出した瞬間、ユンファは楽しい気分になった。
「……あそこにあなたの手がかりがあれば……。そうね、私があの国にいかなければならなくなった理由が、1つ増えたわ。」
 ユンファはそう呟くと、廊下を歩いてどこかに行ってしまった。
 
「……。」
 ザイカは1人立ち尽くしていた。ユンファに聞きたいことが山ほどあったのだが、結局彼女の自己完結で会話が終わってしまったのだ。
 しかし、この会話によって、さらにザイカの胸の内に不安の種を蒔いてしまったことになる。
「本当に……ボクはなんなんだ? それに、本当に手がかりがあるのだろうか、あそこに」
 突然襲われた不安感。今はただ、コレが気のせいであることを願うばかりであった。

 
「いろいろなことが同時にありすぎだ。」
 《ホッフロ》は頭を抱えた。額には汗がにじんでいた。《翠の女王》から外交を任されたが、外の世界がここまで混沌としていたとは考えていなかった。
「ぼ、ボクのこと、知りませんか!?」
 《ザイカ》は、《桃源郷/FairyLand》から来たエルフに問いかけた。しかし《ホッフロ》は彼を無視した。女王の命令以外のことには興味は無い。
「どういう意味だ?」
 代わりに《リト=ハク》がザイカに聞いた。
 ザイカは一瞬、美しいエルフの女戦士に見惚れてしまった。
「あ、あの」
「彼の名は《ザイカ》。記憶喪失らしいの。私が《エウルべ海》で拾ったのよ」
 口篭ったザイカの代わりにユンファが回答した。
 《エウルべ海》は、《エンヴィロント》と《ノウルオール》の間にある海の名前である。エウルベ海は比較的穏やかな潮の流れであるが、その周囲の潮流は複雑なため、ノウルオールから直接、エンヴィロントへ行くのは難しい。

 リト=ハクは、ザイカのことを知らなかった。その場にいたほかのエルフも、彼のことを知らなかった。
 落ち込む《記憶喪失のエルフ》に、リト=ハクはひとつの希望を与えた。
「《緑の桃源郷》には数多くの《記憶》が眠る。その中に君の事も残されているかもしれない」

「彼は《ツエイド》。エルフ1の地図作りだ。彼が海図を描いている。」
 ホッフロがもう1人のエルフを紹介した。後ろにいたエルフがフードを脱ぎ挨拶をした。老けても無く、若くも無い。
 ツエイドは早速海図を広げ、エンヴィロントへの道程を説明し始めた。
「現在この海域には、季節潮がこのように流れています。我々の国には、この潮流に乗らないと……」
「ちょっとストップ」
 ユンファが遮った。
「私は、一言も『そこに行く』とは言っていない。私が行く必要が無いしね。それにまだ、大きな問題がひとつ残っている。」
 それを聞いて一番驚いたのは《ザイカ》だった。
 ザイカはユンファに言い寄ったが、黙殺された。
「あなたが、わが国に行く理由はありますよ。」
 ホッフロがユンファの目を見ながら言った。ホッフロの言い方や考え方が、ユンファは気に入らなかったが、ユンファがエンヴィロントに出向く十分な理由をホッフロが述べた。
「女王は、《紫の力》の秘密を知っています。もちろんあなた以上にね。」
 

「ということで、私達はエンヴィロントに向かうわ、いいわね《エクリド》」
 ベッドで横になっている大男に、ユンファは問いかけた。
「好きにしな。これはもう、お前さんの船だ。」
 包帯で体中を巻かれた大男は、ベッドで横になりながらユンファに答えた。
 エクリドが目を覚ましたのだ。彼の回復力には、船員全員が驚かされた。
「ありがと、エクリド」
 ユンファは礼を述べた。隣にはテンザがいて、新しい包帯を持っていた。さらに隣にザイカがいた。彼はお湯の張ってある桶を持っていた。

 
 包帯を取り替えられているエクリドに、ユンファは本題を繰り出した。船内に現れた《偽者/Fake》のことである。
「船員はみんな疑心暗鬼。誰もが疑いあって、信頼関係を築けない状態よ。」
「偽者は見つからないのか?」
「本当にそっくりに化けるのよ。本物よりも本物っぽいわ。私さえ騙されたのよ。」
「それは、驚きだ」
 エクリドは白い歯を見せて笑った。が、腹部の傷口に響いたのか、直ぐに険しい顔になった。
 そしてエクリドは、ユンファの言わんとしている事を理解した。
「で、俺を疑っている、ということかな?」
「ビンゴ。悪いけど、簡単な質問をさせてもらうわね」
 ユンファはエクリドに質問をし始めた。先ずは彼の名前、出身国から、好きな食べ物、趣味などなど。
 どれも、本人なら簡単に答えられるものである。
 エクリドは淡々と、しかししっかりと答えていった。テンザの手伝いをしていたザイカは、エクリドの中にある、知らない一面を見れて嬉しかった。
 包帯を取り替え終えたとき、ユンファは最後の《尋問》をした。
「私と最初に会った時のことを、具体的に説明できる?」
「……」
 エクリドの動きが止まった。ザイカの心臓が高鳴った。先程まで明瞭に答えていたエクリドが口篭ったのだ。
 エクリドの視線はザイカを見ていた。ザイカもそれに気づいていた。
「説明できるが、ね。」
 エクリドが口を開いた。
「『ここで説明したくない』。では、回答にならないか?」
 ユンファの口が緩んだ。笑ったのだ。
「十分よ、エクリド。私は、あなたを本物と認識したわ。」

「ユンファ船長、先程のエクリドさんの回答、アレでよかったのですか?」
 ザイカが病室の外でユンファに問いただした。
「ええ、そうよ」
 そういうとユンファは自室に向かって歩き出した。ユンファはザイカの質問の回答を、彼には聞こえない声で囁いた。
「プライドの高い彼なら、性格上、絶対『あのこと』は、部下の前では口にしないもの。」

 男は鏡の中に話しかけていた。
「ばれた、ということですか?」
「ええ。でも、見つかっていません」
 矛盾するような回答をされ、男は理解できなかった。
「ばれましたが、見つかってません。まだ騙せています。」
 ほう、と男が顎に手をやった。感心しているのだ。
「流石、変幻のエキスパートですね」
「ありがとうございます」
 鏡の中の相手は、今乗っている船が《エンヴィロント》に向かっている事を伝えた。
「すこし、予定と違っていますねえ」
 男が困ったようなそぶりを見せたが、実際男は困ってなどいない。自分の力では入れなかった《エンヴィロント》に、部下の1人が入れるのだ。これは今まで以上のチャンスである。
「そのまま、船の中に溶け込んでいてくださいね。」
「ええ、判りました。」
 通信は途絶えた。男は彼の変幻能力をかっている。変幻相手の『趣味』や『クセ』までコピーできるのだから。
 男は、海賊の事は彼に任せ、自分は《ラスロウグラナ》の《白の審問所》前に来ていた。
「私のこと、入れてもらえるでしょうか」
 男は、審問所の正面門へ、堂々と向かっていった。
 夢を見ていた。
 昔の夢。
 忘れていた頃の夢。
 忘れてしまいたかった、夢。

 さわやかな風が吹く丘。芝が生え揃っている場所に、彼女と一緒に座っていた。
 もう、これが最後になると思うと、ザイカの胸がいっぱいになってきた。しかし、思った以上に自分が冷静であることに驚いた。
「……私達、さ。」
 彼女が口を開いた。ザイカは彼女の顔を見たが、彼女の顔がぼやける。はっきりと彼女の顔を思い出せない。
「やっぱさ。エルフと人間っていう異種族の恋は、神様も祝福してくれないのかな。」
「これも、運命かもね。」
 ザイカは、自分の返答に心底驚いた。自分は何を言っているんだ!?
 このとき確か、本当は『そんなこと無い!!』って否定したかったんだ。そして彼女を抱きしめて……。
 あれ?

 彼女の名前も、顔も思い出せない。
 ああ、ダメだ、彼女が行ってしまう。
 待って!ボクはまだ、何も君に伝えていない!
 ボクは本当はあの時、君を引き止めたかったんだ!
 本当の事を伝えたかったのに!
 ボクに勇気が無かったから!
 待って!もう一度、やり直したい!
 待って!待ってよ!
 待ってよ!



「……ぅうああああっっ!!!!」
 叫び声とともに、ザイカは目覚めた。寝汗が酷く、また、目には涙があふれていた。
「お目覚めですか?ザイカ。」
 横に、白衣を着た《テンザ》が立っていた。手には濡れた布を持っている。ザイカの汗を拭こうとしたようだ。
「大変うなされていました。大丈夫ですか?」
 テンザが横にいることで、ザイカは、ここが医務室であることをやっと理解した。《ユンファ》の部屋に入り、エンヴィロントの使者との交渉を直訴しようとした途端、鳩尾を思い切り蹴られ、そのまま気を失っていた。
「酷い夢でも見ていたんですか?」
「……ええと。何故だろう、思い出せないんです。どんな夢だったか。」
 呆けた顔で天井を見ていたザイカの横で、テンザが返した。
「悪い夢は、忘れたほうが良いですよ。」
 本当に悪夢だったのか? ザイカはぼんやりと、気を失う前のことを思い出していた。
「……!ボクはどれ位寝ていました!? 《エンヴィロント》との交渉は! どうなりました!」
 一番重要なことを思い出した。ベッドから半身を起き上がらせ、テンザに問いただした。
「落ち着きなさい。エルフとの交渉は始まったばかりです。」
 ユンファは交渉に応じたそうだ。ザイカは胸を撫で下ろした。が、テンザの顔が急に深刻になった。
「それ以上に、大変なことが起こりましたよ。偽者が出たんです。しかも、ユンファ船長にも見分けが付かないほどの、精巧な奴が、ね。」


「だ・か・ら! 偽者よ、偽者。」
 ユンファが交渉テーブルをバンバンと叩く。交渉相手のエルフ3人に、この船が殺気にまみれている理由を説明していた。
「で、さらに、その偽者がまだ捕まっていないの!判る?」
 ユンファは内心苛立っていたし、それが表面にも出てしまっていた。
 偽者騒動で船が騒然としていた中、ロッカブはエルフの使者達をつれて《ディーピッシュ》に来た。ロッカブは船の中の異常事態に気づきエルフ達を戻そうとしたが、時既に遅し、勝手にエルフ達は船に乗り込んでしまった。突然の訪問客にさらに混乱する乗組員。彼らを『偽者』として捉えようとする動きになり、それを、事情を知っているユンファとロッカブが止めた。という経緯がある。
 使者達があまりに自分勝手に交渉を進めようとするため(エルフは外交が不得意なのか?)、仕方なく偽者探しは他の者達に任せ、ユンファは彼らを自分の部屋に招き入れ、交渉を開始しようとした。が、矢先『先程の無礼を詫びろ』と使者が発し、ユンファの神経を逆撫でさせてしまい、今に至る。
「ユンファ、落ち着かんか」
 ユンファ側のテーブルには《ロッカブ》もいる。苛立つユンファをなだめた。
「偽者、ね。フン。そんなものを直ぐに見つけられないなんて、《蒼の魔女》もたいしたこと……」
「……《ホッフロ》!やめろ!」
 正面テーブルにいたエルフがユンファを挑発する発言をしたが、その横、いまだにフードをしているエルフがそれを制した。しかし今の言葉は、ユンファの気持ちを高ぶらせるには良い起爆剤となった。
 次の瞬間、激しく机を叩く音とともに、机の上に銀製のナイフが刺さっていた。ユンファが護身用にと常に隠し持っているナイフだった。
 しかも彼女はナイフを突き立てると同時に、《召喚符》を部屋の回りに数枚蒔いた。彼女の呪文ひとつで符は具現化し、符はエルフ3人を襲うだろう。
 しかし、それ以上に素早く動いていた人物がいた。先程《ホッフロ》をなだめたエルフである。彼は、自らのマントの下に隠していた《銀製の長剣》を素早く抜き、切っ先をユンファの喉元に近づけていた。彼は恐らく、彼女が《魔女》と呼ばれることから、呪文の詠唱を妨げようとしたのだろう。
 ユンファがナイフを机に突き刺すことになった理由は彼にあった。ユンファは、本来ならまっすぐに《ホッフロ》に向かってナイフを突き立てようとしていた。しかし刹那、彼の長剣がユンファのナイフを払い、結果、ユンファは机にナイフを突き刺す格好となったのだ。
 
 《一触即発》という言葉が似合う、そんな『間』であった。
 ヒラヒラと、蒔かれた召喚符が床に落ちた。2枚、3枚と床に落ちては動かなくなる。計5枚の召喚符が床に落ちた。机に突き立てられたナイフ。エルフの男を睨むユンファ。切っ先をユンファの喉笛に近づけ微動だにしない彼。そして、全く動けなくなってしまいただ彼らを凝視するだけの者達。
 瞬時に起こった長い出来事。この状態を打破できるものはここには無かった。が、
『トン、トン』
永遠に続くかと思われたこの瞬間。しかし、この『間』は、扉を
叩く音によって終わりを告げた。長剣はゆっくりと下げられ、ユンファは机からナイフを抜き、召喚符を回収した。
「どうぞ、《テンザ》」
 ユンファは、見えもしない扉の向こうにいる人物の名を呼んだ。入ってきたのは、ユンファの読み通りテンザだった。
「良くわかりましたね。船長」
「あんな『気迫』、あなたか《エクリド》くらいよ。この船で出せるのは」
 扉のほうから、緊迫した二人に向けてすさまじい『殺気』が送られてきたのだ。どちらかが動いた瞬間、『扉ごと斬られる』と思わんばかりの気迫だった。ユンファは汗を掻いていた。
「こんな汗、久しぶり。もう掻きたくないわね。」
「私も、同意だ」
 長剣を鞘に収め、そのエルフはマントのフードを脱いだ。フードの中には、やはり誰もが美しいと感じるバランスの良い顔があったが、男性の《ホッフロ》とは異なり、目は澄んで大きく、睫毛は長く、顔も全体的に細く小さく感じられた。
「……女性、だったのね。」
 ユンファは驚いた。
「《リト=ハク》だ。こちらの無礼を詫びる」
 深々とリト=ハクが頭を下げると、遅れて残りの2人も頭を下げた。ある意味、《剣を交えた》おかげで話はスムーズに行きそうである。

「……あのう……。ボクも……入って良いんで……すよね??」
 扉の縁に身の半分を隠すように《ザイカ》がいた。ユンファたちの放つ気迫に押し負け、扉の影に隠れていたのだ。
「……あのう……本当に……居て良いんですよね? ボク、必要とされてます?」
 エンヴィロントのもの思われる船が入港した時には、既に日が昇り、傾き始めていた。
 独特な船の造りは遠くからでも目を引いた。港はエンヴィロントの船が入る前から半パニック状態であり、多くの野次馬が港に集まっていた。
 その中に、深々とフードを被った《ザイカ》もいた。
 沖には3艘の船がとまっており、港に入港してきたのはわずか1隻だけだった。
 船は木のツタでびっしりと覆われており、帆も緑色の若々しい葉が使われていた。《エリス港》で、エルフの船に使われている植物について詳しく知るものはいなかった。
 船から、山吹色のフードつきマントを羽織った人間が3人、降りてきた。そのうち中央の1人がフードを脱ぎ顔を出した。長い耳と美しい顔立ち。そして輝く金色の長髪。誰の予想も裏切ることなく《エンヴィロントのエルフ》であった。
「我らは《エンヴィロントの使者》、《緑の桃源郷/Green Fairyland》から来た! ここの代表者と話がしたい!」
 良く通った、また、良く澄んだ美しい声だった。声の高さからこのエルフが男性であることが判った。
 暫く港は騒然としていたが、《ロッカブ》がこの港の代表として彼らと取り合うことになった。
 使者はロッカブに書類を手渡した。使者が言うには、緑の桃源郷を統治している《エレーシャ》という人物のものらしい。
 《ザイカ》は自分の存在を彼らに知ってもらいたかったが、回りの雰囲気が彼らを警戒しすぎていて、彼らへのアピールの機会を悉く逃していた。
 ロッカブは書類に目を通した。内容は3つ。『ゴルゴロイクーとの貿易権の習得』『造船技術の提供』そして、
「『蒼の魔女』との謁見、ねえ。」
 ロッカブは頭を掻いた。
「これは本人に直接話してくれ。私の権限ではどうにもならんよ。」

 伊達に長い耳をしているわけではない。フード越しでも、ザイカにはロッカブの呟きが微かだが聞こえていた。
 《ユンファ》船長が謁見に応じれば、ザイカの目的であった《エンヴィロント》への入国が可能になる。
 しかし船長が簡単に彼らの話を応じるだろうか。彼女は正直、自分の利益になることにしか興味を示さない。少なくともザイカは今までのユンファの行動から、そう思っていた。
「……こうしちゃいられない。これはもしかしたら、最後のチャンスかもしれないんだ。」
 ザイカは《ディーピッシュ》に戻った。彼女を、ユンファを説得するために。

 
「では、お願いしますよ。可愛い我子達。」
 先日《エリス港》から《ラスロウグラナ》へ出航した船の中。そこに黒マントを羽織った男性がいた。彼は倉庫で、ユンファが解放した捕虜達に話しかけていた。
「運良く、ここの船員達の個人データが船長室に在りました。あ、彼と、彼と、彼女は私達の『同胞』ですから。」
 男は、手に持っていた書類に記載されている名前部分を指差し、元捕虜達に説明していた。彼女達捕虜は真剣に話を聞いていた。3人の子供も、書類を暗記しようと必死になって読んでいた。
「よろしいかな?では、作戦開始、ですかね。」
 男の合図とともに、彼女達元捕虜の姿が変化していった。一瞬彼女達の体がグニャリと曲がり、まるで粘土をこね直すかのように形を変えていった。
 彼女達は……いや『それら』4つとも、船員たちの姿へと変化していった。姿形だけは、この船の船員そのものである。
「ふむ、流石、完璧な変身ですね。惚れ惚れします。」
 船乗りに変幻した、元女が男に返した。
「いえ、あの方の力には及びません。私達は所詮、あの方のコピーですから。」
 ふむ、と男が自らの顎を撫でながら返事した。
「彼女が……《セルバ》ですかな? が、素晴しすぎるのです。あの《蒼の魔女、ユンファ》でさえ、今現在も騙されているのですから。セルバのほうが特別なのですよ。」
 黒マントの男の裏には、4つの死体が転がっていた。いずれもナイフ一突きで絶命していた。そして男の目の前には、死体と同じ顔をしたものがいる。第3者から見たらどちらが本物かわからないだろう。
「死体は、海に投げましょう。魚の餌になるでしょうしね。」

 
 昼下がり、気持ちよく夢の中だった《ユンファ》は、船室のドアを激しく叩く音によって目覚めさせられた。
 不機嫌に目覚めたユンファは、とりあえずドアを叩いた人物を部屋に連れ込み、ドアを叩いたのと同じ回数のパンチと蹴りをかまし、またベッドにもぐりこんだ。
「……それ、ひどスギない?」
 ベッドの縁に、褐色肌の青年が腰掛けていた。
「うっさいなあ、私は眠いの。判る?《ノウンクン》。」
 ノウンクンと呼ばれた青年は、やれやれといった表情で、部屋の端でボロボロになっていた《ザイカ》をみた。
「でも、ザイカがコレだけ慌てテイルって事は、彼らが来タって事でしょ?」
「そうか。もう昼だもんね。」
 ベッドで上半身を起こし背伸びをしたユンファは、テーブルの上においていた《遠眼鏡》を使い、船の窓から港を観察した。
 ロッカブが誰かと交渉しているようであった。交渉相手を観察していたユンファは、開口一番こう洩らした。
「あら、良い男。」
『本当にそれで良いのか』
 今朝方、ユンファの頭の中に響いてきた声が聞こえてきた。ユンファがあまりにふざけた行動をしていたためご立腹のようだ。
「《アル》〜。元気?」
 ユンファの隣のノウンクンにもその声が聞こえているようであった。しかし《アル》と呼ばれた声の主は、まるでノウンクンの声が聞こえていないかのようだった。
「……悪かったわよ。」
 ユンファが声の主に謝罪した。《アル》は話を進めた。
『奴らは、お前の持つ『それ』に興味を持つかも知れんぞ』
「いや、もう感づいているかも。だからこそ、ここに来たんじゃないかしら。」
 ユンファは改めて、エルフ達を遠眼鏡で覗き込んだ。
 その時、3人の中で一番手前の人物がこちらを見た。目つきはまるで獣のようで、鋭い視線が確かにユンファのほうに向けられたのだ。
「……!」
 ユンファは反射的に身を低くし、ベッドにうつぶせに伏せた。
「わお。中には『できる』奴もいるのね。驚いたわ。」
『この船に来るだろうな、だとすれば。』
 ユンファは伏せた状態で何か考えていたようだったが、彼女なりの結論を出したようだ。
「よし、彼らをこの船に招待しましょう。そして、できる限り彼らの要求をのむ。OKかしら?」
『……しらん。これはお前の船の問題だろ?』
 《アル》はユンファの『紫の力』に対する執念深さを良く理解していた。ユンファは彼ら《エルフ》でさえも、利用しようとしているのだろう。
 
 その時、船の廊下をあわただしく走ってくる音がした。ユンファは気になりドアのほうに目をやると、息を切らして《ザイカ》が部屋に入ってきた。
「せ、船長! お、お願いが!」
 
「……! やられた!」
 ユンファは一番の過ちに気がついた。とりあえず、しつこいザイカに蹴りを入れ黙らすと、直ぐに廊下に出て部下を呼んだ。近くには《コーダ》がシーツを運んでいた。
「どうしました?船長。」
「この船に、偽者がいるわ!!」
 ユンファの部屋には、ほかに『後から入ってきた《ザイカ》』しかいなかった。
 『最初の《ザイカ》』は既に姿を消していた。
 怪我をした部下達を介抱中、一羽の鳥が飛んで来た。ロッカブはその鳥の名前を知らなかったが、テンザはその鳥が何なのか知っていた。
 ユンファは自分の右腕を水平に伸ばし、鳥はユンファの腕を止り木のように使い降りて来た。
 鳥は美しい声で歌った。《歌鳥》と呼ばれる所以だ。
 ユンファも同じく歌鳥のように歌った。美しいハーモニーが山に響く。傷口が開き苦しんでいた者も歌に聞きほれ、皆が歌に耳を傾けた。
 やがて歌が止まり、ユンファは歌鳥の頭を左手で撫でると、まるで手品のように歌鳥を『札』へと換えた。
「何か、船のほうで起こったようね」
 ユンファが口を開いた。
 異変が起こったら、ユンファの部屋の鳥篭に入れている《歌鳥》を離すように、と《コーダ》に命じていたのだ。
「ユンファ、あなただけでも先にお帰りください」
 テンザがユンファを急かした。怪我人を置いていけない。テンザはさらに提案をした。
「ユンファ、あなたは背中に《光の羽》を作ることができましたよね。それで先に町に帰ってください。」
 しかしユンファは、その提案を拒否した。理由は3つある。
「ひとつは、恐らく誰かが倒れた、っていう類の事だと思うの。だからあなたを…テンザを置いていけない。」
 2つ目
「あのへんちくりんな肉の塊を《昇華》したとき……。結構魔力を消耗してね。実はもう、羽を作るどころか、呪文ひとつも打ち消せないの。」
 3つ目
「……私……。高いところ、苦手なのよね。」


 ユンファたちは結局歩いて下山した。先にロッカブが先行し町から部下を連れてきて、怪我人の対応をさせた。テンザは、自らも怪我を負っていたが、走りながら下山した。先行したロッカブから、《エクリド》の事情を聞いたため、テンザは急いでいたのだ。
 ユンファの疲労の色が、時間を経つごとに濃くなってきた。ゆっくりスローペースで彼女は下山していた。横にはロッカブが連れ添っている。辺りは、山に登ってから2回目の夕焼けを迎えていた。
「《蒼の魔女》さんも、大した事無いな。」
 ポロッとロッカブが洩らしたのをユンファは聞いていた。
「それだけ、あの力がやばいって事。あーあ。たいした冗談も返せないわ。」
 先ず船に帰り、現状を把握する。船長として成すべき事をしなくては。気力だけがユンファの足を動かしているようだった。

 テンザが文字通り船の甲板に滑り込んできた。直ぐに《エクリド》が寝ている医務室へと足を運び、先に来ていた町の医者に代わりエクリドの治療を始めた。治癒に関してはテンザの右に出るものはいないだろう。
 日が落ち星が輝き始めた頃、船長が帰ってきた。
「エクリドは? どう?」
 ユンファを待っていた《ザイカ》に質問を投げかけた。
「い、医務室で治療中です。テンザさんが言うには、『峠は越えた。命に別状はない』との事です。」
 ほ、とユンファが胸を撫で下ろした。そして部下達に、緊急時に頭が不在だったことを詫びた。同時に、休憩を取れるものは取る様に促したが、逆に海賊達は、船長の方が休むべきだと反論し、半ば強引にユンファは自室に戻された。

 この日 一隻の船が《ラスロウグラナ》へ向けて出港していた。
 ロッカブがユンファとした約束。捕虜達を乗せて国に帰す。
 この船にロッカブが秘密裏に乗せる予定だったのは、女性が2人、子供が3人。
 実際に乗ったのは。女性が1人、子供が3人。
 ここにも《セルバ》はいなかった、が、船員は誰も詳しい人数を知らされていなかったので、ユンファやロッカブに連絡が行くことも無かった。
 そして捕虜達もそれについては一切口にしなかった。
 何故なら彼女達は、



 夜が明けようとしていた。
 長い2日間であった。
 《エクリド》はいまだ昏睡状態である。
 《テンザ》も深い眠りに付いていた。夜を通しての治療だったため流石に疲れたのだろう。
 テンザの助手として動いていた《コーダ》も同じく、医務室のベッドで寝ていた。
 海賊達もまだ眠っていた。昨日の異変がかなりのストレスになったのだろう。
 《ザイカ》は、目が覚めていた。これが習慣であるのだからしようがない。
 甲板に出ると、ブロンドの髪の女の子が立っていた。
 《ノウンクン》だ。ザイカは船を襲撃した際のことを思い出した。ノウンクンはレースの付いた、ワインレッドの洋服を身にまとっていた。朝日が照らそうとしている甲板の上で誰かを待っているようである。
 ノウンクンと目が合った。彼女はザイカを探していたのだ。小さな手をブンブンと振り、ザイカにアピールした。
 ザイカは腰を据え彼女と話、彼女の正体を暴こうと思い近づいたが、ノウンクンの一声でその目論見が消えた。
「ザイカ! あナたのお友達、船に乗っテ、この町、来るよ!」
「友達!?」
「ウン!耳が、コーんなに長い人たち!ザイカとおそろい!」
 エルフが、来る!
 本来海を渡ることなど無いエルフが、船にのってこの港にくるっていうのか! そんなわけ無い!
「デモ、向こうミテ! あの船、おかしいよね」
 朝日が海を照らし、地平線の向こうに船影が見えた。見たことの無い船のつくりだ。帆の張り方も、色も独特で、まるで…
「大きな樹が、帆を張っているみたいだ」
 ザイカは確認のため船を《遠目》した。
 まず船の材質に目が行った。金属は使われていないようであり、また船の帆は、遠くから見て得た感想そのままだった。
 布と木の葉を巧みに組み合わせて穂が張られている。
 そして乗組員を見つけた。彼らは緑の洋服に身を包み、そして長い耳が特徴だった。何れの乗組員も顔立ちは気品があった。
「……《エンヴィロント》……《緑の桃源郷》」
 自分が求めていたものが、向こうから近づいてきたのだ。
 自分は記憶喪失で、自分はエルフであることしかわからない。だからエルフの里…《エンヴィロント》に行けば手がかりが得られると思い、《ザイカ》は海を渡る海賊船に乗っていたのだ。
 しかしザイカの心は、嬉しさよりも不安の割合が大きく占めていた。
 本当なら、エルフは造船の知識に乏しく、たとえ船があっても、外との交流を行なうような種族ではない。
 彼らが船を造り、外に出てきた理由。ザイカにはただ事ではない気がしていた。
 

 
『おい。』
 ベッドで寝ていたユンファは、何者かの声で起こされた。
『面白い奴らがやってくるぞ』
 ユンファは眠気まなこで船室の窓から外を見た。
 船影が見えた。今まで見たことの無い、不思議な形だった。
『緑が、動き出した。狙いはどうせ、その石だろうな』
 低くうなるような声がユンファの頭の中に響いていた。
「……ん〜。」
 ユンファは寝癖でぼさぼさになった頭を掻きながら、まだ窓を見ていた。
『どうする? 港に着いたら、すぐにこちらに来るぞ?』
「……ん〜。」
 ユンファは何か考えているのか、うつむいたまま唸り続けていた。そしてユンファは、この状態で一番自分に都合の良い回答を思いついた。
「……ん。興味ない。」
『……は?』
「…寝足りないの。お昼になったら起こしてね、お休み。」
 ユンファは白いシーツに身を包み、また眠りに付いた。

『……』
 低い声の主はただただ呆れるばかりであった。
 もうすぐ朝日が山から顔を出し町を照らそうとしていた頃。
 《エクリド/Ecryd》は、ある女と、人気のない《路地裏》へと足を運んでいた。彼女は先程まで海賊達と酒場で飲んでおり、特にエクリドと親しく話をしていた。彼女がこの場所までエクリドを連れてきたのだ。エクリドも幾分お酒が入っていたこともあり、また、エクリドが彼女を信用していたことも相まって、簡単にエクリドは付いていってしまった。

 彼女はエクリドに惚れていた。エクリドはそれを知っていた。だからこんな人気のない場所にまで彼女についてきたのだ。
 エクリドは彼女と楽しげに会話をしていたが、その楽しげな会話時間は一瞬にして崩れた。
 突然、彼女の右腕全体が鋭いナイフのように変形し、エクリドの体を突き刺した。
 あまりにも突然のことで、エクリドは何が起こったのかわからなかった。そしてまた、エクリドを刺した本人、彼女《セルバ》も、全く意味がわからなかった。何故突然、自分の腕が剣になって、エクリドを刺しているんだろう。
「……あ、え?」
 セルバは混乱していた。しかしエクリドは、とりあえず今の現状から推測されることから、『敵』が誰なのかを彼なりに理解した。腰に付けていた《鉈》を素早く取り出し、彼女の…《セルバ》の右腕(なのだろうか)を切断した。
 派手に血しぶきが上がった。セルバは右腕の切断の痛みから、大きな悲鳴をあげた。必死に、切られた腕から流れる血を止めようと、残った左手で傷口を押さえていたがあまり効果がないようだ。
 エクリドの傷もかなり深かった。刺さっていた彼女の右腕だったものは、切断後には、元の彼女の白く細い右腕に姿を戻し、傷口から抜け落ちた。傷を塞いでいたものがなくなったため、エクリドの出血もひどい。周囲は2人の血で、赤く染められていった。
 程なく、周囲の家々の窓から住人が姿を見せ始めた。彼女の悲鳴を聞いたのだろう。エクリドは、ここで「助かった」と思った。誰かが憲兵や、医者を連れてきてくれるだろう。そう思ったからだ。セルバの真意はわからないが、とりあえず『生き残る』ことが先決である。
 彼女のほうが気になり、うずくまり呻いているセルバに目を向けると、彼女の周りにはその住民が集まっていた。
 いや、そうではない。住民が、セルバとエクリドを囲むようにして立っていた。
「…な……?」
 エクリドは彼らの行動が理解できなかった。するとセルバが静かに立ち上がった。先程までの出血は止まっていた。悲鳴ももう、あげていない。
「さて、どうでしたでしょうか。私が作り上げた至極の舞台は?」
 エクリドは、ここで《セルバ》という人間……人間ではないかもしれないが、の手の平で踊らされていたことを知った。
 しかし多くの疑問が残る。いつセルバは、『敵と入れ替わった』のだろう。セルバがエクリドに向けていた、セルバが抱いていた『恋心』が、偽者であるはずがない。あまりに自然すぎる。また、船長《ユンファ》もそのセルバの心中を理解していた。偽者であるなら、特に勘の鋭いユンファが気づくはずだ。
「……種明かしをしましょうか。」
 質問を口にしていないが《セルバ(?)》には通じていた。
「《多相の戦士/Shapesifter》ってご存知かしら。私はそれの《進化》したもの。でいいかしら。」
 しかし、相手の『心の中』まで真似できるはずがない。
「しかも、私は単に姿かたちを真似るだけではないの。その人の『感情』、『価値観』、『考え方』、『好きな食べ物』、『友人との接し方』から『普段の口癖』まで。私は完璧に演じられる。」
 《セルバ》の姿をしたものが、エクリドの顔に自らの顔を近づけた。楽しそうなセルバの顔である。エクリドは、もっと別な方法で明るい彼女の顔を見たかった。
「もちろん、『男の好み』もね。ただ、勝手に動いてしまうの。私の欠点ね。だから、表面は全く違わない《セルバ》という人間で、中身も彼女。ただ、深層心理に《私》がいて、『価値観』で勝手に動こうとする《セルバ》を、後ろで操っていた。ま、『演出家』って所ね。」
 《奴》の言い分では、どうやら右腕を変化させ突いたのが《奴》で、それ以外は《セルバ》だったという。
「てめえ……。それで…。」
「そう、《私》は最初から《私》だった。」
 《奴》はさらに続けた
「結構危険な綱渡りだったわ。最初の船内に、まさかアレだけ強力な結界が張られているとは思わなかったもの。あなたたちの船に乗れたのは、本当、運が良かったわ。ま、《プレインズウォーカーの力》は盗られたけど、ね。」
 エクリドは、かなり重要なキーワードを聞き出せたようだ。さらに《奴》は話を続ける。舞台から降りた《俳優》は台詞以外のことを喋るのが好きなようだ。
「ちなみに、この周囲には『黒の人たち』しかいません。よって、誰もあなたを助けませんし、逆に私は助けられます。このまま、《アルデモ》に帰ろうかと思います。」
「へえ、演出家さんは、結構おしゃべりだな。俺が生きて帰ったら、大事になるぜ」
「大丈夫です。私の演出に間違いはありません。あなたはここで死……」
 刹那、《奴》の台詞が終わる前にエクリドは鉈で、彼女の体をなぎ払った。彼女は横に真っ二つになり、同時に後ろにいた『黒の人』と呼ばれた人間も数人、同時に息絶えた。
「残念、俺の丈夫さに関して情報不足だったな」
 エクリドの傷は癒えてなかった。出血も止まっていない。しかし無理矢理に起き上がり薙いだのだ。
 残った『黒の人たち』は恐怖し、一斉に全員がその場から逃げ去った。彼らを追う体力は既に残っていない。残ったのは、数人の死体と、エクリド、なぎ払われた《セルバ》と、血の海である。
 エクリドは《彼女》の死体に近づいた。上半身と下半身が分かれていたが、彼女の顔はいまだに美しく、肌は透き通るような白をしていた。血の気が引いているためさらに白色が際立っていた。
 エクリドは全く油断していた。突然《奴》の上半身がエクリドの体にしがみついてきた。《奴》は生きていた。
「もう離さないわ。エクリド」
 そういうと《彼女》はエクリドにキスをした。毒を含んだキスだった。
 エクリドはそれに気づき、《奴》を振りほどき鉈で頭蓋骨をばらばらに砕いた。流石にこれで死んだだろう。
 《彼女》の口から移された毒は神経性のものらしく、すぐにエクリドは体がしびれ、その場に倒れこんでしまった。静かにエクリドは目を閉じた。
「そういえば、今夜は寝てなかったなあ……。」


 夜が明け、朝日がエクリドの周囲を、赤く照らした。


 その後、すぐに《ザイカ》と《コーダ》、海賊達がその場に集まった。そこには身元不明の死体が3つ。そして、ほとんど虫の息である《エクリド》がいた。彼はまだ生きていた。
 海賊達は《ザイカ》の情報から、タンカを持ってきていたので、急いでエクリドを海賊船に運ぶこととなった。《テンザ》が戻るまで、エクリドの体力が持てば良いのだが。

 朝日が、道をドス黒く染めた血の池を、さらに引き立てるかのように眩しく照らす。

 
 そこには、《セルバ》の死体らしきものは、無かった。
 朝が来た。朝焼けが山肌を赤く照らしていた。
 ばらばらになった肉片は、それでもまだ動いていた。ユンファはその肉片と、右手につまんでいた『紫の小石』を見比べて、小石に残る力を全て解放させることにした。
「力が残っていたら、いつそれが爆発するかわからないしね。」
 ユンファは小石に念を込め、開放させた。柔らかな光が肉片ひとつひとつに降り注ぎ、肉片を消滅させていった。まるで《昇華》を起こしているように。そして肉片は全て《昇華》させられ、同時に『紫の小石』は、その輝きを失いただの小石になってしまった。『力』を失ったのだろう。

 ユンファの目的は達成された。思ったとおり、事の発端は『紫の力』だった。
 あの肉の塊……《異形のもの》がもし町に降りてきたら。そう考えると、ロッカブの背筋は凍りついた。彼女がいてくれて本当に助かった。
 ユンファも、紫の力に触れることができ、そしてそれを『処分』できたことに満足してるようである。
 が、ユンファにはひとつ、不満が残る結果になった。それは彼女にとって、先の怪物以上に大変なことであっただろう。
「ロッカブ、この辺に、川は流れてないかしら?」
 なるほどユンファの体は、かなり汚れていた。ロッカブは川の場所を教えた。といっても爆発で大分地形が変わってしまっているので、川がどうなっているかわからないが。
「ありがとう。行ってみるわ。原水が無事なら、その近くに水辺があるはずだしね。」
 ユンファは教えられた方向に歩んでいこうとしたが、すぐに回れ右をして、ロッカブとテンザに忠告した。
「覗いたら……。死ぬわよ。」



 朝日が海賊船の甲板を照らしていた。朝焼けが《エリス港》を赤く染める。
 エルフの青年《ザイカ》は夜明け前に目が覚めてしまい、仕方なく甲板に出ていた。ほとんど寝られなかったのだ。
 エクリドたち他の海賊は、昨夜は町のバーで宴会をしていたらしい。ザイカは船で留守番をさせられていた。だが、元々宴会のような騒がしい場所は好きではなかったので、逆に良かったと思っていた。
 寝られなかった理由は船長の不在である。ユンファ船長が今、どうしているのか心配で眠れなかったのだ。
「船長はどうしているんだろう。あの山を登るっていってたなあ。」
 呟くと、ザイカはいつも朝一で行なう『天候を見る仕事』を始めた。ザイカは遠くの天候を見ることができ、さらにそこから天気予報も行なえる。この海賊船が巨大な嵐を避けて航海できる理由がそこにあった。
「南に大きな雷雲があるなあ、風向きがこうだから…。でも、今日のところは曇りで済みそう……。」
 はっ! と、ザイカは重要なことに気が付いた。
 今まで遠くの天気を見たり、濃霧の中を覗いたりしているこの『能力』を使えば、ユンファ船長が登っているあの山の様子でさえ、見ることができるのではないか?
「なんで今まで気が付かなかったんだ!」
 早速、ザイカは能力を使い、船長たちが登っている山を「覗いてみた」。
 暫くするとピントが合い、山の岩肌がくっきりと見えてきた。海賊とバーバリアンがキャンプを張っている。怪我人がかなりいるようだ。
 その中にユンファやロッカブ、テンザの姿が無かったことから、さらに詮索を行なった。
 爆発があったと思われる付近に目をやると、ロッカブとテンザが岩に座り、何か話し合っていた。声が聞こえないのがもどかしい。
 そこにも船長の姿は無く、さらに周囲を見渡した。
 爆心地らしき部分からそう遠くないところに、川が流れていた。爆発の衝撃か、大きく川縁が抉れたところがあり、そこに川の水が溜まっているようである。
 なんとなく気になり、その周囲をザイカは注意深く確認した。すると、

 
 水浴びをしていたユンファは、鋭い視線を感じ、周囲を警戒した。しかし人の気配は感じられなかった。
 自分の気のせいかと思っていたが、先程の視線には覚えがあった。
 『殺意』など微塵も感じられず、むしろ『羞恥』、ついで『好奇心』『欲』などが感じられた。覗きの類だろう。
 しかし周囲には誰もいない。既に視線も感じられない。やはり気のせいかと思い、生まれたままの姿である自分の体を丹念に洗い始めた。一緒に、着ていた服も洗濯している。
 ふと、船で待っている部下達を思い出した。その中に『遠目』『青年』『好意』のキーワードを持つエルフのことを思い出し、先ほどの視線の真意を理解した。
 ユンファの口元が緩んだ。
「これは……。あとでお仕置き、ね。」

 

「……!!!」
 凝視してしまった。
 その後、我に返ったザイカは、すぐに顔を伏せ視線をそらした。一瞬、ユンファがこちらを見たように感じたからだ。
 しかし、ザイカは『見た』。恐らくこの船の上で一番の『禁断の果実』であろう。
 
 まだ心臓がどきどきしている。心臓の音しか聞こえない。

 大分冷静になってきた。

 冷静になればなるほど、先程の行為があまりに愚かで恥ずかしいことであることを認知させた。
 しかし、心の中で『また、見たい』と、邪悪な存在がうごめいているのがわかった。
 今、ザイカの頭の中で、おそらく「天使と悪魔」が喧嘩をしているのだろう。
 先程まで甲板には自分ひとりだった。船長の現状が(いろいろな意味で)気になる。自分には力がある。皆に船長の無事を報告しなければ! それには、さらに船長の無事を確認しなければ!!
 謎の使命感が、頭の中の天使を黙殺した。
 ザイカは山に向かって、視線をむけた!! 

「おはようございます。ザイカさん。」
 多分、心臓が口から出ていたんだろう。
 それくらい驚いた。
 ザイカの後ろにはゴブリンの《コーダ》が立っていた。いつもの美しい声だった。
「…!! …!!…!!」
 声が出なかった。口パクだった。
「あの、何を?天気でも見ていたんですか?」
 コーダはザイカの行為に気づいていないらしい。ザイカはコーダに話題に乗った。
「そ、そうなんです、天気を見ていました。そう、こうやって、こうやると僕はてんきが見れるデスよ! そう、こうやってですね……」
「あのう、それは皆さん知っていることですけど。説明されても…」
 コーダが口を挟んだそのとき、ザイカは一瞬だが、町が見えた。能力を使ったまま視線が町を向いたからだろう。
 朝焼けが町を明るく照らしていたが、一箇所だけ、不自然に赤く染まっていた場所があった。
 再度確認のため、ザイカはその場所に視線を送った。
「…ザイカさん?」
「……人だ。人が倒れている。」
「…え?」
 その赤い場所の中央に、人が倒れていた。巨大な体、太い腕、そして横には、大きな鉈が落ちているのが確認できた。

ザイカはその人物に見覚えがあった。
 
「そんな……エクリド……さん!?」
 赤く染まる町の中、ザイカの頭は一瞬、真っ白になってしまった。
 そこには鉱山と呼べるものは無く、ただ抉られた土地があるだけだった。しかしロッカブは「ここに確かに炭鉱が在った」とユンファたちにいった。
 ユンファには予感があった。しかも悪い予感であった。『紫の力』に関わって死んだものは多くいる。しかし『全員が死んだ』という事は無い。ユンファが知る限り、誰かしら生存者がいるのだ。例えば今回は、この惨事を港に伝えに来た者がいた。
 本当に、その人だけだろうか。ユンファにはそうは思えない。誰かしら、その宝石に魅力に『魅入られた』者がいるはずだ。あの生存者は普通に死んでしまっている。
 
 ユンファのポシェットが怪しく光った。既に日は落ち辺りは遠くの星からの光が照らしているだけであったので、紫の発光は恐ろしいほど美しかった。
 光が消え、刹那、地面が揺れた。地面の中から――元炭鉱の入り口から――巨大な丸い物体がせり出してきたのだ。
 最初3人ともその正体がつかめなかったが、その塊から発せられている肉の腐った臭いと、星明りの加減で所々に《バーバリアン》《ゴブリン》と思われる顔が見え隠れすることから、大体の正体を推測できた。
「繋がって《Link》いるのか!?」
 ロッカブは苦渋の表情を浮かべた。《異形のもの》を目の当たりにしながら冷静な判断ができる所は、流石、商人団体のリーダー的存在というところか。
「ええ。しかも、死体を繋いでいるのね。……いや、どうやら魂まで繋げているみたい。」
 ユンファもロッカブと同様の表情であっただろう。彼女が、奴が魂までも繋いでいると確証を持ったのは、その物体から時折聞こえてくる、《死を懇願する嘆き》からである。精神力の乏しい人間なら簡単に死に取り込まれるであろう、強力な念が込められている。
 突然《異形のもの》の下方に足が生え、ユンファたちに近づいてきた。思ったより速く、一息遅れていたら、元ユンファがいた地面ごと、ユンファは取り込まれていたかもしれない。《異形のもの》は巨大な体で体当たりし、ぶつかったものを体内に取り込んでいるようだ。
 テンザは刀を抜いた。相手は『死者』である。死体に対してはテンザは躊躇しない。銀色の光が一閃、肉塊から足を奪い去った。
 しかし塊はすぐに足を再生させ、同時にくの字に大きく曲がった腕を発達させた。《異形のもの》は巨大な腕を振り回しテンザをなぎ払った。
 とっさにテンザは刀で防御したが、体重の軽いテンザは水平方向に吹き飛ばされた。岩がむき出しの場所に叩きつけられ、数秒の間全く動かなくなった。だがすぐに咳き込み、意識があることが遠くからでも確認できた。彼の白衣は砂埃と腐敗した肉片、そして血液で汚れていた。
 その間にユンファは召喚符を取り出し、既に10羽ほどのカラスと、強靭な肉体をもつジンを召喚していた。
 カラスがいっせいに肉塊にまとわりつき動きを阻害しようとしたが、しかし肉塊から無数の触手が伸び、あっという間に全羽取り込まれてしまった。続いてジンが、ある程度放れた位置から真空の刃を発生させ肉塊を切り刻もうとしていたが、傷はすぐに回復してしまい、全くダメージを与えているようではなかった。これでは時間かせぎにしかならない。
 ロッカブはテンザの元に向かった。テンザは、意識はあるがすぐには立ち上がれないようだった。致命傷ではない。
「戻れ!ジン!」
 ユンファはジンを召喚符に戻した。肉塊は風刃から逃れることができると、ユンファの方向に体を向け彼女を取り込もうと突進してきた。
 その姿を遠目で見ていたロッカブは、まるでユンファが『取り込まれようとしている』ように見えた。それはテンザも同じだった。
 危険な賭けだったが、ユンファには勝因があった。カラスが取り込まれる際、そして、取り込まれた後しばらくは、カラス達には『意識があった』。だとすれば……
 

 ユンファが立っていた場所に肉塊がぶつかった。ユンファは肉塊にあっさり取り込まれた。
 テンザは、唖然としているロッカブに言った。
「ユンファはあなたを遠ざけようと時間稼ぎをしていたんでしょうね。あの場では、あの《異形のもの》があなたに対して攻撃してくる可能性もありましたから。」

 刹那、塊の中から眩い閃光が走った。いや、光が爆発した、のほうがたとえが良いだろう。それだけ激しい光が《異形のもの》の中から発せられ、《異形のもの》はばらばらに……文字通り『肉片』になった。
 光の中心にユンファがいた。死体を浄化する術法を使ったのだろう。体内から使用すれば一番効率が良かったのか。
 いや、そうではかった。彼女は右手の人差し指と親指で、彼女の爪以上に小さい、小石程度の『紫の石』をつまんでいた。《異形のもの》はその石を中心に『できていた』のだ。
 彼女は浄化の術を、その石の力を借り、使用した。その石に少しでも近づくために、彼女はあの肉塊に取り込まれたのだ。

「あまりやりたくなかったけど。これが一番効率的だったのよ。」
 ユンファは右手に持つ『紫の石』を見た。ほとんど発光していない。まるで力を使い切ったような弱弱しい光であった。
「……ただ、この方法には、大きな欠点があるのよ……。ああ、早くシャワーを浴びたいわ。」
 ユンファの体と黒髪は、腐った肉片と砂埃で汚れてしまっていた。
「あーあ。このズボン、お気に入りだったのに……。残念、洗っても落ちないわね、この汚れ。」
 ザッ……。ザッ……。
 
 ユンファ、テンザ、ロッカブの3人は、爆風で木々がなぎ倒され、岩肌が露出している斜面を歩いていた。
 海賊とバーバリアンたちは、双角獣にやられた怪我人の看病のため、先程の場所にキャンプを張り、とどまることになった。再度双角獣の襲撃も考えられたが、ユンファとテンザがキャンプ周囲に結界を張り、簡単に入れない状態にしたため、ひとまずは安心だろう。
 
 ザッ……。ザッ……。
 既に太陽の半分は沈み、燃えるような赤い光をユンファたちに浴びせていた。
  
 暫く3人とも何も語らず歩いていたが、突然、静かにテンザが語りだした。
 テンザの手には、既に4体の双角獣を真っ二つにした仕込刀があった。全く刃こぼれは無く、テンザは返り血さえ浴びていなかった。

 テンザは《ラスロウグラナ》出身で、そこで審問官の職についていた。
 審問官は『白の審問所』で働く人間のことを指し、またラスロウグラナでは、審問所で働くということはとても名誉なことである。十分な生活は保障され、地位や名誉のためにその職を目指すものも多い。
 テンザは審問所では主に、『罪人の処罰』に関する仕事をしていたという。平たく言えば『死刑執行人』である。
 ラスロウグラナでの『違法』は、重い罰が科せられる。これが「殺人」「殺人未遂」になると、この国では「死罪」になる。正しく《目には目を》の精神であろうか。
 死罪になった人たちは『端者』と呼ばれ、審問所の中で過酷な労働を科せられた後、『白の審問所』で公開処刑という形で処罰される。公開処刑には見せしめの意味もあったのだろう。
 テンザはまさに、『刀で首を刎ねる』仕事を行なっていた。流石に毎日行なわれる訳ではないので、普段は審問所の中に設置されている教会で、神父のような仕事もしていた。これが本来の仕事であるが。
 
 ほぼ毎日、熱心に教会で祈りの言葉を詠う女性がいた。彼女の身なりはお世辞にも綺麗ではなかったが、彼女の声と瞳は綺麗に澄んでいた。藍色の髪が特徴的な二十歳の女性で、下層民あることは調べればすぐにわかった。
 テンザはその女性に惚れていた。一目ぼれだった。また相手も満更ではなかったようだ。
 テンザの仕事上、地位の低い人間と関わると上層部からあまり良い目で見られない。
 それでもテンザは人目を気にしながら、教会の行事が終わるとすぐに審問所の裏に回り、そこで待っていた彼女と会い、いろいろと語らった。
 
 運命の日、その日も彼女と秘密裏に語らっていた。
 それを影から見ていた人物がいた。名前は《クラスク》。白の審問所の上層部、特に最高審問官《バル・シン》は彼を贔屓にしていたという。実際は、その裏でかなりの金品が動いてた、という説もあるが…。
 
 今日はいつもより話しこんでしまった。テンザは彼女を送るといった。しかし彼女はそれを拒否した。テンザの、審問所の人間としての立場を心配したのだろう。テンザは彼女の意見に、しぶしぶ従った。
 
 彼女は暗い夜道で襲われた。襲ったのは《クラスク》だった。彼女のことが前から気になっていたらしい。
 彼女は必死に抵抗した。助けを呼んだが、誰も来ない。テンザも既に教会に戻っていた。
 とっさに、男の腰に光るものを見つけた。彼女は死に物狂いにそれを引き抜き、男の体に突き刺した。
 銀の長剣だった。男は血を流しながら逃げていった。
 
 夜が明け、彼女は審問所に囚われた。罪状は「殺人未遂」。
 正当防衛は適用されなかった。既に《クラスク》の根回しが行なわれていた。
 
 テンザにはこの事実は伝えられなかった。といっても、普段から「端者」の情報は執行人には伝えられない。余計な感情が入ってしまわないように。
 来る日も来る日も彼女を待っていた。しかしもう彼女は現れなかった。
 
 執行の命が下った。
 処刑場には手を鎖で繋がれ、頭を垂れ、首を切られるのを待っている端者がいた。
 女性だった。
 彼女は、教会で詠っていた祈りの詩を、ここでも詠っていた。あの、澄んだ声で。
 テンザは既に刀をかざし、彼女の首をいつでも刈れる状態でいた。
 テンザは何も理解できなかった。何故彼女がここにいるのか。何故自分がここにいるのか。
「何をしている。早く斬りなさい。」
 他の審問官がテンザを急かす。周囲のギャラリーも野次を飛ばす。
 そう、これは仕事。
これは仕事。これは仕事。これは仕事。
これは仕事。これは仕事。これは仕事。

 最高審問官が私に与えてくださった、名誉な仕事。

 顔を伏せ、執行人と全く顔をあわせない彼女は、まだ祈りの詩を詠っていた。
 テンザは端者が祈りを詠うのが許せなかった。彼女と同じ声で歌うのが端者であったことが許せなかった。
 刀が振り下ろされた。
 瞬間。彼女が執行人の顔を見た。テンザはその顔に見覚えがあった。既に手は止まらない。
 彼女の目には、『怨み』『妬み』『後悔』『悲壮』『恐怖』が込められていた。テンザにはそう見えた。
 彼女の目には、テンザはどう見えていたのだろう。
 彼女の目は既に、愛するものを見る目ではなかった。
 

 テンザは暫く何も考えられなかった。しかし確かな真実2つは、はっきりと理解できた。
 ひとつは、《クラスク》が全ての元凶であった事。
 もうひとつは、彼女の首を自分が刎ねたこと。

 その後《クラスク》が失踪したことを聞いた。同時に審問所の上層部しか謁見が許可されない《五法の書》が盗まれたという。
 そしてまた同時期に《バル・シン》が暗殺された。
 一挙にラスロウグラナは混乱した。
 次の最高審問官として、《バル・シン》の2人の息子が抜擢されたが、相次いで「流行り病」で亡くなった。
 そして現在はバル・シンの妻である《サディ・バル・シン》に政権が移っている。

「……そして私は、政権交代のドサクサに紛れ、ラスロウグラナを抜け出しました。全て捨てて。」
 草木が焼け焦げ、岩肌に黒いこげ後がある場所まで一行は歩いてきた。地面の抉れ具合から、爆心地が近いことが判った。
「……失礼。本当に陰気くさい話をしてしまいました。」
テンザは詫びた。しかしユンファは彼を見て、逆に詫びた。
「私が、刀を抜くのをお願いしなければ、あなたがまた悲しむことは無かったのにね。」
「いえ。これは必然です。こうしなければ皆死んでいました」
テンザは笑った。顔の筋肉が引きつっている、無理な笑顔だった。
 

 海賊船専属医師
 《放浪の医師、テンザ》

彼の目的は2つ。『贖罪』そして『復讐』。

彼の目的が果たせるときは、来るのだろうか。 
昨日のことをまとめようとしたけど欠く気力が無く・・・

また、ストーリーも更新をしようとしたけど、これもまた
全くまとまらず…。

困った。

3-5《過去の記憶》
3-6《異形のもの》
3-7《昇華》
4-1《路地裏》
4-2《遠目の力》
4-3《エンヴィロントの使者》
4-4《ダークアーム》
4-5《マナを見守るもの、エレーシャ》
4-6《能力の分配》
5-1《黒の交渉人、クラスク》
5-2《ユンファの思い出》
5-3《図書管理人》
5-4《五法の書》
5-5《極秘情報》
5-6《サディの考え》

…以下続刊。

・・・ごめん、タイトルは作者の都合で変わります。
ころころと。

…会社休みて〜。
 山登りはユンファたち海賊にとって過酷以外の何者でもなかった。
 ロッカブは確かに「先ほど、生存者が来て、鉱山の現状を話した」といっていた。しかし、日の出とともに出発したのに、既に空に浮かぶ唯一の太陽は頂上を通り越し、傾き始めていた。鉱山はまだ先だという。到着時には夕刻になるだろうと、ロッカブは言った。
 ユンファはそのことについて質問をした。何故生存者は、これだけの長い距離を瞬時に来られたのか。
「判らない。しかし彼の体はボロボロで、誰が見ても助からないのは明らかだった。もしかして、鉱山の爆発がそれだけ強力で、町のふもとまで吹き飛ばされてきたのかもしれないな。」
 まあ、彼が来なくても、爆発は港の高台からはっきり確認できたそうだ。爆音も、町まで届いていたしね。と、ロッカブは付け加えた。
 ロッカブはそのことについては、深く考えていないようであった。
 ユンファは、確信はもてないが、それだけの距離を、誰でも瞬時に移動する方法を知っている。
 現に、自らもその方法で命拾いしたのだから。

 日が落ちてきた。まだ到着していないが、鉱山の爆発の凄まじさが良くわかった。
 周囲の樹の葉の上に、火山灰のように土ぼこりが乗っていた。
 地面は強烈なつむじ風が通り抜けたように、一定方向に……放射線状に筋が描かれていた。
 雑草は根だけが残り、葉は吹き飛んでいた。
 動物の死骸もあった。2本の巨大な角を持つ、《双角獣/twinhorns》という種族らしい。ユンファも図鑑では見たことがあるが現物を見るのは初めてだ。
 ロッカブがこの動物について簡単に説明した。
「戦士にとって、こいつの角は2つの意味があるんだ。1つはやっかいな盾。もう1つは高値で売れる戦利品さ。」
 なるほどこの角は磨き上げれば美しい光沢が出そうだ。そして硬度も半端ではない。生きている彼らと取っ組み合いにだけはなりたくないな。とユンファは考えていた。
 角の価値を知っているが、今は別の目的がある。そういってロッカブは、その死骸を横目に見ながら先に急いだ。
 《テンザ》は、その死骸に簡単な祈りを捧げていた。が、すぐに後についていった。

 最近、ユンファは自分の考えに自信を持つようになった。自分が思ったことが現実として起こるようになったのだ。

 双角獣の群れに襲われた。

 本来彼らは雑食ではあるが、普段は草を食し大人しい動物である。しかし、食糧がなくなったり教われたりすると、自慢の角を高々と掲げ威嚇し、容赦なく攻撃してくる。
 爆発による変化、縄張りに入ってきた生き物。それだけで十分、ユンファ一行は襲われる条件が揃っていた。
 彼らの角は予想以上に強固で、威圧的だった。また群れで生活を営んでいるだけあって、コンビネーションもすばらしいものがあった。
 一頭が威嚇をけしかけ、そのため動けないバーバリアンに、他の一頭の角が、躊躇無く突き刺さる。
 逆に、他に気をとられると、威嚇していた双角獣が攻めてくる。
 阿吽の呼吸がしっかりした獣であった。
 
「フン!」
 ロッカブは手に斧を持ち参戦した。しかしロッカブの振るう斧は、双角獣の角に阻まれはじかれた。
 ユンファは閃光の呪文を唱え、目くらましとした。が、双角獣はどうやら恐ろしく「鼻」の利く生物であるらしく、あまり効果が無かった。
 テンザは、手に持っていた杖で、まるでマタドールのように双角獣の角を退けていた。強固な角は、防ぐのではなく流すほうが良いと考えたからだ。
 
 しかし一行は、少しずつ追い詰められていった。群れの数は少なくなっているが、それでも圧倒的に多い。
 対して、こちらには多くの負傷者、戦闘不能者もおり、数では完全に負けている。
「この数は異常だ。これだけ群れになることなど在り得ないし、何より双角獣がココまで凶暴なわけがない……。」
 ロッカブ自信も、右腕に怪我を負っていた。斧は既に砕かれ使い物にならなくなっていた。
 

「……一騎当千……。」
 ユンファはそうつぶやいた。
「…?」
 ロッカブは良く意味がわからなかったが、ユンファは続けた。
「…千人力、英雄豪傑、百戦錬磨……ほかに何かあったかな?」
 一通りの言葉を述べた後、ユンファはテンザのほうに向き、目を合わせた。
「……お願いできる?テンザ。」
「船長のお願いでは仕方ないですが……。本来『これ』は、彼らを切るために持っているのではないのですよ。」
「判っているわ。けど、ここで使わなければそれこそ『切る相手』を見つける前に死ぬことになるわ。」
「……そのとおりです。ね。あなたにはいつも丸め込まれている気がします。」
「……そこに、惚れているんではなくて?」
「……それに関しては、ノーコメントです。」
 他者から見れば全く意味のない会話であった。しかしテンザは、持っていた杖を自ら胸の前に、水平に持ってきた。
 その動きに感化されてか、一頭の双角獣がテンザの方向に向かってきた。
「……では!」
 一直線の銀色の光が、ユンファ、ロッカブの横。テンザと双角獣の目の前で走った。
 双角獣は一瞬光に怯んだが、しかしその後、彼は死を理解する間もなく、その強固な「角ごと」、縦に真っ二つになっていた。
「……。」
 ロッカブは声が出なかった。テンザのあまりの鮮やかの剣閃のためか、それとも、テンザのあまりの恐ろしい剣閃のためかは判らない。
 テンザの杖の中に、杖とほぼ同等の長さの刀が入っていたのだ。所謂、仕込み刀である。
「いつ見ても、恐ろしいほど綺麗ね。『首切り』のカタナの切れ味は。」
 血の通っている獣を切ったというのに、その刀には一滴の血も付いていなかった。これは、何度も生物を切り、そのうえで得ることのできる業であろうか。
「……悲しいかな、昔の『カン』というのは消えないものですよ。」
 テンザは今まで以上に悲しい目で、自らの右手を見ていた。
 過去に、沢山の血で染めた右手をじっと見ていた。
 ロッカブはすぐにでも、自分の所有していた鉱山の現状を知りたかった。今日、部下を連れて赤の活火山のふもとまで向かいたかったが、ユンファの提案がそれを制した。
「私達を連れて行って。」
 ロッカブはユンファの実力を知っていたので承諾したが、ユンファは、船に乗っている荷物を全て片付けてからの出発を希望したため、出発は明日に延期になった。

 かくして、登山メンバーが決まった。
 ロッカブと、その部下達。ユンファ、テンザ、そして一部の海賊達である。
 エクリドは船の番を任された。同じく、ザイカも船に残った。エクリドは自分の意思で。ザイカは船長の命令で。
 テンザはユンファ以上に治癒の術が使え、さらに医学に通じている。高山の爆発なのだから多くの死傷者がいるに違いない。テンザはそのことを聞いて、自ら登山を名乗り出た。

 そうとなれば話は早い。ロッカブたちは海賊船に詰まれた財宝類を素早く確認し、ユンファは取引を開始した。
 ロッカブは、ユンファの言い値で品物を引き取った。思った以上に、ユンファは値を付けなかったからだ。
 取引後にロッカブはユンファに言った。
「何を企んでいる?言い値が安くて驚いたわい。」
「ちょっと頼まれごとをやって欲しいの。捕虜たちを、《ラスロウグラナ》へ返して欲しいの。もちろん秘密裏で。」
 なるほどと、ロッカブは自慢の顎鬚にふれ、考え事をしているようだった。
「ま、頼まれてもよいぞ。あなたとの仲だ。」
「ありがとうロッカブ。白いお髭がとってもステキよ。」
「おだてても、これ以上は何にも出んよ。」
 ロッカブの口元は緩んでいた。まんざらでもなく嬉しそうであった。

 その日のうちに、捕虜達は全員《ラスロウグラナ》行き船の乗船許可を得た。丁度ロッカブの知り合いがラスロウグラナに行くというので、その船に便乗させてもらった。船の出航はあさってであるという。2日間、海賊船の中で捕虜を寝泊りさせることにした。
 《セルバ》は、何度もお礼を言っていた。他の捕虜も自分の国へ帰れるということから、安堵の声を上げた。
 セルバはしかし、幾つか心残りがあるようだ。もちろん自分の今後の人生のこともそうだが、セルバはこの航海の間、ずっと《エクリド》のことばかり見ているようであった。と、ユンファは彼女を見て思った。
 エクリドはエクリドで無関心ではなく、セルバの視線に幾らか気づいていた。
「……ま、恋愛は自由だけど。あんまり熱くならないでね。」
 しかしユンファは、そのことを知りながら、エクリドを登山隊に選ばなかった。偶然か、それとも、セルバとの最後の夜を楽しんでもらおうという配慮だったのか。いずれにしても、ユンファは確信犯である。
 エクリドは海賊であっても、意外に紳士的な部分がある。現在のエクリドは女性には優しい(ユンファが船に乗る前は違ったらしいが)。エクリドは彼女の視線に対して、しっかりとした答えを返すであろう。
「……はぁ。若いっていいわねえ。」
 年齢不詳の《青の魔女、ユンファ》は、うーんと波止場で背伸びをし、深呼吸をした。潮風を一度に吸い込んだため、ちょっと咽そうになった。

 

 爆発のあった鉱山後に、1人の男が立っていた。
 周囲の小屋は全て吹き飛び、鉱山があったとも思われる部分は、土砂崩れで元の形をとどめていない。
「……む。これだけ小さな欠片で、ここまでの力が出るとは予想外でした。」
 男は右手に、親指の爪ほどの宝石を持っていた。それは紫に光り輝く、ユンファたちが求める宝石であった。
「しかし、この爆発で、最高の来賓を呼んでくれました。」
 その男は黒いマントを翻し、元鉱山に深々と礼をした。
「私の野望も、これではすぐに達成できそうです。」
 男はそのまま宝石を掲げた。すると空中に、紫色の渦が巻き、空間がいとも簡単に歪んでしまった。
「さて、次は何処に行きましょうか。……《ラスロウグラナ》の様子が気になりますね。まずはそこに……。」
 男は、そのねじれた空間に吸い込まれるように入っていった。
 男がその空間を通過した後、その空間は音も無く縮み、消えていった。
 
 男が持っていった、紫の宝石とともに……。
「…もう…眠りなさい」
素早く呪文を詠唱し、ユンファはそれに火をつけた。
異形のそれは次第に火に包まれ、大きな炎の塊となった。
ユンファは燃える塊を、険しい表情で看取っていたが、塊に浮かぶ顔が笑っているような気がして、複雑な心境となっていた。

―――

「ご存知ですか? 大昔、マーフォークに惑わされ海や空を駆ける能力を持ってしまったエルフの話を」
「あら、文献によっては、エルフがマーフォークを誘惑したって言う説もあるわよ」
「……。」
「ま、何れも、作り話のようだけどね」

―――

「で、蒼の魔女をこんなところに呼びつけて、なんの御用かしら、『翠(みどり)の女王』様。」
「……ずっと、見ていました。あなた方の行動を」
「……千里眼ってやつ? ザイカよりも強力そうね」
「もう、あの力を求めるのは止めてください。」

―――

「え?」
「もう一度申します。何度調べても、あなたの記録はこの国にはありません。」
「そ、そんな!確かに僕は、この国を覚えている!」
「じゃあ、なぜ記録にあなたが存在しないのです? ほかにエルフの集落などあるわけ無いですし」

―――

「あなたの姿が、見えないんです。私にもわかりません」
「姿が、見えない?」
「ええ、視野に入れば見えますが、千里眼を使うと、途端に確認できなくなるのです」

―――

「あなたには、わからないでしょうね!! 一度に愛するものと愛しいものを同時に失った私の心など!!」
 長い栗色の髪をした、赤い瞳の、しかし右目だけはえぐられた様な痕がある、美女の顔がそこにはあった。
「見なさい。この右目は私の象徴よ。あの力で、全てを失った。」

―――

「戦争でもやろうっての?」
ユンファはいつものおどけた態度で答えた。しかしユンファにも判っていた。この回答があながち誤りではないことを。
「そう、だろうな。そうとしか考えられん。」
ロッカブは、ユンファが一番聞きたくなかった回答を口にした。

―――

「造船はどれくらいまですんだのかい?」
「は、おおよそ、全体の8割はできております」
それを聞いた白髪の女性は、フンと鼻を鳴らし、明らかに不機嫌な態度をとった。
「もう少し、端者をつかってもいいから、ペースを速めること。いいわね?」
「は、判りました。」
 法衣を身につけた神官は深々と頭を下げ、部屋を後にした。
「これは、世界を守るための戦いなの。」
 サディの顔が途端に歪んだ。それは狂気の笑いに見えた。

―――

「やっぱり可笑しいヨ」
「? 何が?」
急に話題を変えられ、ザイカはすっとんきょんな返事しかできなかった。
「みんな、ね。ユンファは元気ないし、エクリドって言う人は、なんか怪しい。テンザっていうひとは、今度いく国は、行きたくナイって。グドは、最近遊んでくレナイ。コーダは……。良くわかんない」
「…僕は、君が一番わからないよ。」

―――

「船長は戻ったか!!」
「い・・・いえ!まだです!」
「…テンザも、ザイカもいない! くそ!」
多勢に無勢だった。一挙に4つの国と戦争しようとしている船団が目の前にいるのだ。海賊船1隻では到底敵う相手ではない。
「…この海域を、離脱するぞ! 船長たちも置いていかないと、俺たちが危険だ!」
「いや、しかし!」

―――

「……やれやれ、仕方ない」
巨大な体を揺らし、そのドラゴンは船の倍はあろうかという翼を羽ばたかせた。
 強烈な風が舞い、海面が大きく波打った。

―――

「…また、私を置いていくのね…。」

―――

「さ、つながったよ。これが新天地だ。私が求める…」

―――

「この力…。これで終わるのなら、この力を使うしかない!」

―――

「じゃあね、ザイカ、楽しかった」

―――

「そうか…僕が…」

―――

「僕が…」

―――

「おはようございます、ユンファさん。」
「コーダかしら?おはよう。相変わらず美しい声ね。」


(ネタバレでした。作者の都合で、今後かなり修正加筆されるとは思いますが…。)
 大陸《ゴルゴロイクー》は、「赤の活火山」を大陸のほぼ中心に位置する。
 火山のふもとは世界でも有数の鉱山があり、鉱物は鉄や亜鉛、鉛やコークスなどのほかに、ルビーやサファイヤ、金や銀などの貴金属も産出している。
 この大陸には、山での生活方法を習得した種族「ゴブリン」「ドワーフ」「バーバリアン」がおり、昔からその3者はそれぞれの長所を生かし、それぞれが支えあって生きてきた。
 数が多く体が比較的小柄なゴブリンは鉱山を掘り進み、体力があり、戦闘や削岩に関しての知識が在るバーバリアンは、主にゴブリンたちが仕事に集中できるように周囲の警護を行い、手先が器用で、外交にも長けていたドワーフは、発掘された鉱物を装飾品などに加工し、民芸品、交易品などにしていた。
 交易品で得た財は、バーバリアンやゴブリンにも対等に振舞われていた。
 しかし近年、外交が盛んになったこともあり、均衡のとれていた3者のバランスは、簡単に崩れた。
 ゴブリンたちは奴隷のように過酷な労働を強いられ、バーバリアンたちはゴブリンを酷使するようになった。
 一方ドワーフには、民芸品の輸出により巨額の富を手に入れたものがおり、様々な理由付けで、対等な報酬をバーバリアンやゴブリンたちに支払わないものも出てきた。酷な者にいたっては、鉱物をさらに掘らせるように促しもした。自らは、白木のテーブルに座りながら。
 
―――

 ゴブリンたちは自分が生きるので精一杯だった。自分に割り当てられた労働がさらに厳しい条件になることを知り、一時は一揆を起こそうとも考えていたが、まとまりが生まれないのがゴブリンである。
 過酷な労働で、仲間が倒れ、死んでいく様を見ていた1人のゴブリンがいた。彼は他のゴブリンと違い、多少「頭が切れる」奴だった。
 その頭の回転の速さに、一時は強制労働から開放され事務的な仕事をさせられたこともある。
 しかし、その仕事の最中、バーバリアンの考えに真っ向から楯突き、彼はまた暗い炭鉱に戻されてしまった。
 
 先ほど同胞が死んだというのに、彼は悲しくなかった。
 悲しみを越え、怒りがこみ上げてきた。
 こんな私達を生んでしまった、この世界自信をうらむようになった。
 
 一心不乱につるはしを振りおろし、彼は他の仲間とともに炭鉱を掘り進んだ。
 これを堀り、鉱脈のひとつも見つけないと、次は自分の番だ。
 皆、必死だった。生きて日の目を見たかった。そして自由になりたかった。
 
 彼は掘った土の中に、きらりと光る宝石が落ちているのを見つけた。彼は不思議に思った。この鉱山では《アメジスト》などはあるわけないのに。
 彼はその宝石を拾い上げた。刹那、紫色の光が洞窟内を照らし、そして彼は、『全てを理解した』。
 
 この瞬間、自分はとんでもない力を得てしまったこと。
 周りの皆も、それを理解したこと。
 

そして

 周りの皆も、自分も、「死」というものを理解したこと。

―――

 ユンファたち一行は船を港に近づけた。下船許可が下りたのだ。
 とりあえずではあるが、ユンファたちの本業は海賊ということもあって、皆、マントを羽織るなどの簡単な変装をし、下船した。
 特にユンファは眼帯が目立つので、簡単な術で、顔のみを修復した。もちろん、擬態ではあるが。
 また、ザイカのエルフ耳もかなり目立つため(エルフが船に乗って海を渡るという事例は皆無)、大き目のフードをかぶっていた。
 船を下りるとそこには、小柄な、白髭を蓄えた「ドワーフ」が立っていた。
「ようこそ、Ms.ユンファ.」
「どうも、ロッカブさん。」
ユンファはロッカブと名乗ったドワーフと握手をし、簡単な挨拶を交わした。
「さて、ミズユンファ。いつもより人数が多いようだが…。」
そういわれ、ザイカはビクッと肩を揺らした。
 しかしロッカブが見ているのはザイカの後ろのほうであり、正確には捕虜たちを見ていたのだ。
「ミズユンファ、とうとう人身売買にも、手を出したのかい?」
「笑えない冗談は止めてね。一生商売できなくする?ここで一生を終える?」
「ふむ、失礼した。軽率だったよ」
 ロッカブは白髭をなで始めた。身なりや言動から、この港でもかなりの資産家であると思える。
「さて、今回は、どういったものを持ってきてくれたのかい?」
「早速だけど、今回は大物が揃ったわ。詳しくは、船内で話しましょうか」
ユンファは船に戻ろうとした。しかしそれに対して、ロッカブは船に乗ろうとはしなかった。
「すまない、ミズユンファ。実は急用ができてね…。取引は後日にしてくれないか」
「あら、どうしたの? ロッカブ」
 初老のドワーフは、一瞬このことを伝えるべきか迷ったようだが、理由も無く取引を中止するのは信頼関係が悪くなると思ったのか、深刻な顔でユンファたちを見、こう答えた。
「実はね。つい先ほど、私の持つ炭鉱のひとつが爆発したのだよ。原因は調査中だがね。鉱脈を探している最中だったから、ガスか何かだとは思うのだが…。ちょっと、気になる情報があってね」

 ユンファは、下船前の状態を思い出した。あの不気味に光った「紫の宝石」。
 そのときの現象と、炭鉱の爆発。それらには何らかの関係があるのでは。
 ユンファの疑問は、ロッカブの一言で、確信へと代わった。

「そのときの生存者が、『紫色の光を見た』といっているんだ。ま、そいつも死んでしまったがね」

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