4-3《エンヴィロントの使者》
2005年6月25日 ストーリー エンヴィロントのもの思われる船が入港した時には、既に日が昇り、傾き始めていた。
独特な船の造りは遠くからでも目を引いた。港はエンヴィロントの船が入る前から半パニック状態であり、多くの野次馬が港に集まっていた。
その中に、深々とフードを被った《ザイカ》もいた。
沖には3艘の船がとまっており、港に入港してきたのはわずか1隻だけだった。
船は木のツタでびっしりと覆われており、帆も緑色の若々しい葉が使われていた。《エリス港》で、エルフの船に使われている植物について詳しく知るものはいなかった。
船から、山吹色のフードつきマントを羽織った人間が3人、降りてきた。そのうち中央の1人がフードを脱ぎ顔を出した。長い耳と美しい顔立ち。そして輝く金色の長髪。誰の予想も裏切ることなく《エンヴィロントのエルフ》であった。
「我らは《エンヴィロントの使者》、《緑の桃源郷/Green Fairyland》から来た! ここの代表者と話がしたい!」
良く通った、また、良く澄んだ美しい声だった。声の高さからこのエルフが男性であることが判った。
暫く港は騒然としていたが、《ロッカブ》がこの港の代表として彼らと取り合うことになった。
使者はロッカブに書類を手渡した。使者が言うには、緑の桃源郷を統治している《エレーシャ》という人物のものらしい。
《ザイカ》は自分の存在を彼らに知ってもらいたかったが、回りの雰囲気が彼らを警戒しすぎていて、彼らへのアピールの機会を悉く逃していた。
ロッカブは書類に目を通した。内容は3つ。『ゴルゴロイクーとの貿易権の習得』『造船技術の提供』そして、
「『蒼の魔女』との謁見、ねえ。」
ロッカブは頭を掻いた。
「これは本人に直接話してくれ。私の権限ではどうにもならんよ。」
伊達に長い耳をしているわけではない。フード越しでも、ザイカにはロッカブの呟きが微かだが聞こえていた。
《ユンファ》船長が謁見に応じれば、ザイカの目的であった《エンヴィロント》への入国が可能になる。
しかし船長が簡単に彼らの話を応じるだろうか。彼女は正直、自分の利益になることにしか興味を示さない。少なくともザイカは今までのユンファの行動から、そう思っていた。
「……こうしちゃいられない。これはもしかしたら、最後のチャンスかもしれないんだ。」
ザイカは《ディーピッシュ》に戻った。彼女を、ユンファを説得するために。
「では、お願いしますよ。可愛い我子達。」
先日《エリス港》から《ラスロウグラナ》へ出航した船の中。そこに黒マントを羽織った男性がいた。彼は倉庫で、ユンファが解放した捕虜達に話しかけていた。
「運良く、ここの船員達の個人データが船長室に在りました。あ、彼と、彼と、彼女は私達の『同胞』ですから。」
男は、手に持っていた書類に記載されている名前部分を指差し、元捕虜達に説明していた。彼女達捕虜は真剣に話を聞いていた。3人の子供も、書類を暗記しようと必死になって読んでいた。
「よろしいかな?では、作戦開始、ですかね。」
男の合図とともに、彼女達元捕虜の姿が変化していった。一瞬彼女達の体がグニャリと曲がり、まるで粘土をこね直すかのように形を変えていった。
彼女達は……いや『それら』4つとも、船員たちの姿へと変化していった。姿形だけは、この船の船員そのものである。
「ふむ、流石、完璧な変身ですね。惚れ惚れします。」
船乗りに変幻した、元女が男に返した。
「いえ、あの方の力には及びません。私達は所詮、あの方のコピーですから。」
ふむ、と男が自らの顎を撫でながら返事した。
「彼女が……《セルバ》ですかな? が、素晴しすぎるのです。あの《蒼の魔女、ユンファ》でさえ、今現在も騙されているのですから。セルバのほうが特別なのですよ。」
黒マントの男の裏には、4つの死体が転がっていた。いずれもナイフ一突きで絶命していた。そして男の目の前には、死体と同じ顔をしたものがいる。第3者から見たらどちらが本物かわからないだろう。
「死体は、海に投げましょう。魚の餌になるでしょうしね。」
昼下がり、気持ちよく夢の中だった《ユンファ》は、船室のドアを激しく叩く音によって目覚めさせられた。
不機嫌に目覚めたユンファは、とりあえずドアを叩いた人物を部屋に連れ込み、ドアを叩いたのと同じ回数のパンチと蹴りをかまし、またベッドにもぐりこんだ。
「……それ、ひどスギない?」
ベッドの縁に、褐色肌の青年が腰掛けていた。
「うっさいなあ、私は眠いの。判る?《ノウンクン》。」
ノウンクンと呼ばれた青年は、やれやれといった表情で、部屋の端でボロボロになっていた《ザイカ》をみた。
「でも、ザイカがコレだけ慌てテイルって事は、彼らが来タって事でしょ?」
「そうか。もう昼だもんね。」
ベッドで上半身を起こし背伸びをしたユンファは、テーブルの上においていた《遠眼鏡》を使い、船の窓から港を観察した。
ロッカブが誰かと交渉しているようであった。交渉相手を観察していたユンファは、開口一番こう洩らした。
「あら、良い男。」
『本当にそれで良いのか』
今朝方、ユンファの頭の中に響いてきた声が聞こえてきた。ユンファがあまりにふざけた行動をしていたためご立腹のようだ。
「《アル》〜。元気?」
ユンファの隣のノウンクンにもその声が聞こえているようであった。しかし《アル》と呼ばれた声の主は、まるでノウンクンの声が聞こえていないかのようだった。
「……悪かったわよ。」
ユンファが声の主に謝罪した。《アル》は話を進めた。
『奴らは、お前の持つ『それ』に興味を持つかも知れんぞ』
「いや、もう感づいているかも。だからこそ、ここに来たんじゃないかしら。」
ユンファは改めて、エルフ達を遠眼鏡で覗き込んだ。
その時、3人の中で一番手前の人物がこちらを見た。目つきはまるで獣のようで、鋭い視線が確かにユンファのほうに向けられたのだ。
「……!」
ユンファは反射的に身を低くし、ベッドにうつぶせに伏せた。
「わお。中には『できる』奴もいるのね。驚いたわ。」
『この船に来るだろうな、だとすれば。』
ユンファは伏せた状態で何か考えていたようだったが、彼女なりの結論を出したようだ。
「よし、彼らをこの船に招待しましょう。そして、できる限り彼らの要求をのむ。OKかしら?」
『……しらん。これはお前の船の問題だろ?』
《アル》はユンファの『紫の力』に対する執念深さを良く理解していた。ユンファは彼ら《エルフ》でさえも、利用しようとしているのだろう。
その時、船の廊下をあわただしく走ってくる音がした。ユンファは気になりドアのほうに目をやると、息を切らして《ザイカ》が部屋に入ってきた。
「せ、船長! お、お願いが!」
「……! やられた!」
ユンファは一番の過ちに気がついた。とりあえず、しつこいザイカに蹴りを入れ黙らすと、直ぐに廊下に出て部下を呼んだ。近くには《コーダ》がシーツを運んでいた。
「どうしました?船長。」
「この船に、偽者がいるわ!!」
ユンファの部屋には、ほかに『後から入ってきた《ザイカ》』しかいなかった。
『最初の《ザイカ》』は既に姿を消していた。
独特な船の造りは遠くからでも目を引いた。港はエンヴィロントの船が入る前から半パニック状態であり、多くの野次馬が港に集まっていた。
その中に、深々とフードを被った《ザイカ》もいた。
沖には3艘の船がとまっており、港に入港してきたのはわずか1隻だけだった。
船は木のツタでびっしりと覆われており、帆も緑色の若々しい葉が使われていた。《エリス港》で、エルフの船に使われている植物について詳しく知るものはいなかった。
船から、山吹色のフードつきマントを羽織った人間が3人、降りてきた。そのうち中央の1人がフードを脱ぎ顔を出した。長い耳と美しい顔立ち。そして輝く金色の長髪。誰の予想も裏切ることなく《エンヴィロントのエルフ》であった。
「我らは《エンヴィロントの使者》、《緑の桃源郷/Green Fairyland》から来た! ここの代表者と話がしたい!」
良く通った、また、良く澄んだ美しい声だった。声の高さからこのエルフが男性であることが判った。
暫く港は騒然としていたが、《ロッカブ》がこの港の代表として彼らと取り合うことになった。
使者はロッカブに書類を手渡した。使者が言うには、緑の桃源郷を統治している《エレーシャ》という人物のものらしい。
《ザイカ》は自分の存在を彼らに知ってもらいたかったが、回りの雰囲気が彼らを警戒しすぎていて、彼らへのアピールの機会を悉く逃していた。
ロッカブは書類に目を通した。内容は3つ。『ゴルゴロイクーとの貿易権の習得』『造船技術の提供』そして、
「『蒼の魔女』との謁見、ねえ。」
ロッカブは頭を掻いた。
「これは本人に直接話してくれ。私の権限ではどうにもならんよ。」
伊達に長い耳をしているわけではない。フード越しでも、ザイカにはロッカブの呟きが微かだが聞こえていた。
《ユンファ》船長が謁見に応じれば、ザイカの目的であった《エンヴィロント》への入国が可能になる。
しかし船長が簡単に彼らの話を応じるだろうか。彼女は正直、自分の利益になることにしか興味を示さない。少なくともザイカは今までのユンファの行動から、そう思っていた。
「……こうしちゃいられない。これはもしかしたら、最後のチャンスかもしれないんだ。」
ザイカは《ディーピッシュ》に戻った。彼女を、ユンファを説得するために。
「では、お願いしますよ。可愛い我子達。」
先日《エリス港》から《ラスロウグラナ》へ出航した船の中。そこに黒マントを羽織った男性がいた。彼は倉庫で、ユンファが解放した捕虜達に話しかけていた。
「運良く、ここの船員達の個人データが船長室に在りました。あ、彼と、彼と、彼女は私達の『同胞』ですから。」
男は、手に持っていた書類に記載されている名前部分を指差し、元捕虜達に説明していた。彼女達捕虜は真剣に話を聞いていた。3人の子供も、書類を暗記しようと必死になって読んでいた。
「よろしいかな?では、作戦開始、ですかね。」
男の合図とともに、彼女達元捕虜の姿が変化していった。一瞬彼女達の体がグニャリと曲がり、まるで粘土をこね直すかのように形を変えていった。
彼女達は……いや『それら』4つとも、船員たちの姿へと変化していった。姿形だけは、この船の船員そのものである。
「ふむ、流石、完璧な変身ですね。惚れ惚れします。」
船乗りに変幻した、元女が男に返した。
「いえ、あの方の力には及びません。私達は所詮、あの方のコピーですから。」
ふむ、と男が自らの顎を撫でながら返事した。
「彼女が……《セルバ》ですかな? が、素晴しすぎるのです。あの《蒼の魔女、ユンファ》でさえ、今現在も騙されているのですから。セルバのほうが特別なのですよ。」
黒マントの男の裏には、4つの死体が転がっていた。いずれもナイフ一突きで絶命していた。そして男の目の前には、死体と同じ顔をしたものがいる。第3者から見たらどちらが本物かわからないだろう。
「死体は、海に投げましょう。魚の餌になるでしょうしね。」
昼下がり、気持ちよく夢の中だった《ユンファ》は、船室のドアを激しく叩く音によって目覚めさせられた。
不機嫌に目覚めたユンファは、とりあえずドアを叩いた人物を部屋に連れ込み、ドアを叩いたのと同じ回数のパンチと蹴りをかまし、またベッドにもぐりこんだ。
「……それ、ひどスギない?」
ベッドの縁に、褐色肌の青年が腰掛けていた。
「うっさいなあ、私は眠いの。判る?《ノウンクン》。」
ノウンクンと呼ばれた青年は、やれやれといった表情で、部屋の端でボロボロになっていた《ザイカ》をみた。
「でも、ザイカがコレだけ慌てテイルって事は、彼らが来タって事でしょ?」
「そうか。もう昼だもんね。」
ベッドで上半身を起こし背伸びをしたユンファは、テーブルの上においていた《遠眼鏡》を使い、船の窓から港を観察した。
ロッカブが誰かと交渉しているようであった。交渉相手を観察していたユンファは、開口一番こう洩らした。
「あら、良い男。」
『本当にそれで良いのか』
今朝方、ユンファの頭の中に響いてきた声が聞こえてきた。ユンファがあまりにふざけた行動をしていたためご立腹のようだ。
「《アル》〜。元気?」
ユンファの隣のノウンクンにもその声が聞こえているようであった。しかし《アル》と呼ばれた声の主は、まるでノウンクンの声が聞こえていないかのようだった。
「……悪かったわよ。」
ユンファが声の主に謝罪した。《アル》は話を進めた。
『奴らは、お前の持つ『それ』に興味を持つかも知れんぞ』
「いや、もう感づいているかも。だからこそ、ここに来たんじゃないかしら。」
ユンファは改めて、エルフ達を遠眼鏡で覗き込んだ。
その時、3人の中で一番手前の人物がこちらを見た。目つきはまるで獣のようで、鋭い視線が確かにユンファのほうに向けられたのだ。
「……!」
ユンファは反射的に身を低くし、ベッドにうつぶせに伏せた。
「わお。中には『できる』奴もいるのね。驚いたわ。」
『この船に来るだろうな、だとすれば。』
ユンファは伏せた状態で何か考えていたようだったが、彼女なりの結論を出したようだ。
「よし、彼らをこの船に招待しましょう。そして、できる限り彼らの要求をのむ。OKかしら?」
『……しらん。これはお前の船の問題だろ?』
《アル》はユンファの『紫の力』に対する執念深さを良く理解していた。ユンファは彼ら《エルフ》でさえも、利用しようとしているのだろう。
その時、船の廊下をあわただしく走ってくる音がした。ユンファは気になりドアのほうに目をやると、息を切らして《ザイカ》が部屋に入ってきた。
「せ、船長! お、お願いが!」
「……! やられた!」
ユンファは一番の過ちに気がついた。とりあえず、しつこいザイカに蹴りを入れ黙らすと、直ぐに廊下に出て部下を呼んだ。近くには《コーダ》がシーツを運んでいた。
「どうしました?船長。」
「この船に、偽者がいるわ!!」
ユンファの部屋には、ほかに『後から入ってきた《ザイカ》』しかいなかった。
『最初の《ザイカ》』は既に姿を消していた。
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