夢を見ていた。
 昔の夢。
 忘れていた頃の夢。
 忘れてしまいたかった、夢。

 さわやかな風が吹く丘。芝が生え揃っている場所に、彼女と一緒に座っていた。
 もう、これが最後になると思うと、ザイカの胸がいっぱいになってきた。しかし、思った以上に自分が冷静であることに驚いた。
「……私達、さ。」
 彼女が口を開いた。ザイカは彼女の顔を見たが、彼女の顔がぼやける。はっきりと彼女の顔を思い出せない。
「やっぱさ。エルフと人間っていう異種族の恋は、神様も祝福してくれないのかな。」
「これも、運命かもね。」
 ザイカは、自分の返答に心底驚いた。自分は何を言っているんだ!?
 このとき確か、本当は『そんなこと無い!!』って否定したかったんだ。そして彼女を抱きしめて……。
 あれ?

 彼女の名前も、顔も思い出せない。
 ああ、ダメだ、彼女が行ってしまう。
 待って!ボクはまだ、何も君に伝えていない!
 ボクは本当はあの時、君を引き止めたかったんだ!
 本当の事を伝えたかったのに!
 ボクに勇気が無かったから!
 待って!もう一度、やり直したい!
 待って!待ってよ!
 待ってよ!



「……ぅうああああっっ!!!!」
 叫び声とともに、ザイカは目覚めた。寝汗が酷く、また、目には涙があふれていた。
「お目覚めですか?ザイカ。」
 横に、白衣を着た《テンザ》が立っていた。手には濡れた布を持っている。ザイカの汗を拭こうとしたようだ。
「大変うなされていました。大丈夫ですか?」
 テンザが横にいることで、ザイカは、ここが医務室であることをやっと理解した。《ユンファ》の部屋に入り、エンヴィロントの使者との交渉を直訴しようとした途端、鳩尾を思い切り蹴られ、そのまま気を失っていた。
「酷い夢でも見ていたんですか?」
「……ええと。何故だろう、思い出せないんです。どんな夢だったか。」
 呆けた顔で天井を見ていたザイカの横で、テンザが返した。
「悪い夢は、忘れたほうが良いですよ。」
 本当に悪夢だったのか? ザイカはぼんやりと、気を失う前のことを思い出していた。
「……!ボクはどれ位寝ていました!? 《エンヴィロント》との交渉は! どうなりました!」
 一番重要なことを思い出した。ベッドから半身を起き上がらせ、テンザに問いただした。
「落ち着きなさい。エルフとの交渉は始まったばかりです。」
 ユンファは交渉に応じたそうだ。ザイカは胸を撫で下ろした。が、テンザの顔が急に深刻になった。
「それ以上に、大変なことが起こりましたよ。偽者が出たんです。しかも、ユンファ船長にも見分けが付かないほどの、精巧な奴が、ね。」


「だ・か・ら! 偽者よ、偽者。」
 ユンファが交渉テーブルをバンバンと叩く。交渉相手のエルフ3人に、この船が殺気にまみれている理由を説明していた。
「で、さらに、その偽者がまだ捕まっていないの!判る?」
 ユンファは内心苛立っていたし、それが表面にも出てしまっていた。
 偽者騒動で船が騒然としていた中、ロッカブはエルフの使者達をつれて《ディーピッシュ》に来た。ロッカブは船の中の異常事態に気づきエルフ達を戻そうとしたが、時既に遅し、勝手にエルフ達は船に乗り込んでしまった。突然の訪問客にさらに混乱する乗組員。彼らを『偽者』として捉えようとする動きになり、それを、事情を知っているユンファとロッカブが止めた。という経緯がある。
 使者達があまりに自分勝手に交渉を進めようとするため(エルフは外交が不得意なのか?)、仕方なく偽者探しは他の者達に任せ、ユンファは彼らを自分の部屋に招き入れ、交渉を開始しようとした。が、矢先『先程の無礼を詫びろ』と使者が発し、ユンファの神経を逆撫でさせてしまい、今に至る。
「ユンファ、落ち着かんか」
 ユンファ側のテーブルには《ロッカブ》もいる。苛立つユンファをなだめた。
「偽者、ね。フン。そんなものを直ぐに見つけられないなんて、《蒼の魔女》もたいしたこと……」
「……《ホッフロ》!やめろ!」
 正面テーブルにいたエルフがユンファを挑発する発言をしたが、その横、いまだにフードをしているエルフがそれを制した。しかし今の言葉は、ユンファの気持ちを高ぶらせるには良い起爆剤となった。
 次の瞬間、激しく机を叩く音とともに、机の上に銀製のナイフが刺さっていた。ユンファが護身用にと常に隠し持っているナイフだった。
 しかも彼女はナイフを突き立てると同時に、《召喚符》を部屋の回りに数枚蒔いた。彼女の呪文ひとつで符は具現化し、符はエルフ3人を襲うだろう。
 しかし、それ以上に素早く動いていた人物がいた。先程《ホッフロ》をなだめたエルフである。彼は、自らのマントの下に隠していた《銀製の長剣》を素早く抜き、切っ先をユンファの喉元に近づけていた。彼は恐らく、彼女が《魔女》と呼ばれることから、呪文の詠唱を妨げようとしたのだろう。
 ユンファがナイフを机に突き刺すことになった理由は彼にあった。ユンファは、本来ならまっすぐに《ホッフロ》に向かってナイフを突き立てようとしていた。しかし刹那、彼の長剣がユンファのナイフを払い、結果、ユンファは机にナイフを突き刺す格好となったのだ。
 
 《一触即発》という言葉が似合う、そんな『間』であった。
 ヒラヒラと、蒔かれた召喚符が床に落ちた。2枚、3枚と床に落ちては動かなくなる。計5枚の召喚符が床に落ちた。机に突き立てられたナイフ。エルフの男を睨むユンファ。切っ先をユンファの喉笛に近づけ微動だにしない彼。そして、全く動けなくなってしまいただ彼らを凝視するだけの者達。
 瞬時に起こった長い出来事。この状態を打破できるものはここには無かった。が、
『トン、トン』
永遠に続くかと思われたこの瞬間。しかし、この『間』は、扉を
叩く音によって終わりを告げた。長剣はゆっくりと下げられ、ユンファは机からナイフを抜き、召喚符を回収した。
「どうぞ、《テンザ》」
 ユンファは、見えもしない扉の向こうにいる人物の名を呼んだ。入ってきたのは、ユンファの読み通りテンザだった。
「良くわかりましたね。船長」
「あんな『気迫』、あなたか《エクリド》くらいよ。この船で出せるのは」
 扉のほうから、緊迫した二人に向けてすさまじい『殺気』が送られてきたのだ。どちらかが動いた瞬間、『扉ごと斬られる』と思わんばかりの気迫だった。ユンファは汗を掻いていた。
「こんな汗、久しぶり。もう掻きたくないわね。」
「私も、同意だ」
 長剣を鞘に収め、そのエルフはマントのフードを脱いだ。フードの中には、やはり誰もが美しいと感じるバランスの良い顔があったが、男性の《ホッフロ》とは異なり、目は澄んで大きく、睫毛は長く、顔も全体的に細く小さく感じられた。
「……女性、だったのね。」
 ユンファは驚いた。
「《リト=ハク》だ。こちらの無礼を詫びる」
 深々とリト=ハクが頭を下げると、遅れて残りの2人も頭を下げた。ある意味、《剣を交えた》おかげで話はスムーズに行きそうである。

「……あのう……。ボクも……入って良いんで……すよね??」
 扉の縁に身の半分を隠すように《ザイカ》がいた。ユンファたちの放つ気迫に押し負け、扉の影に隠れていたのだ。
「……あのう……本当に……居て良いんですよね? ボク、必要とされてます?」

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