「山渡りの次は、森渡り、ね。」
 船から降りたユンファの、開口一番の台詞だ。
 ユンファ達はエンヴィロントに到着した。《青の図書館》にも存在しない海図を使い、未知の海流に乗ってきたのだ。
 エンヴィロントは全く人の手が加えられていない、未踏の土地であった。原生林が生い茂り、ここでしか見れない生物もいた。
「危険な生き物だけどね。」
 ユンファはナイフに付いた血を拭いながら呟いた。目の前には巨大な蜘蛛の死骸があった。
「この大陸で、空を飛ぶことは死を意味します。覚えておいてください」
 《リト=ハク》が警告した。ユンファが『近道するわね』と、一緒にいた《ザイカ》を抱え、飛翔の呪文を使い飛んで行こうとした時には、彼女はそんな警告はしなかった。
 ユンファは、体に纏わり付いた蜘蛛の糸を取りながら、リト=ハクの話を聞いていた。
「一昔前まで、こんなに凶悪な生き物は居ませんでした。森の生き物が凶暴化したのは恐らく……。」
「《紫の力》の所為かしら?」
 リト=ハクは、無言のまま頷いた。
 ユンファはとりあえず、この大陸の状態を理解した。そしてさらに、この大陸の長……エルフの長への興味が沸いてきた。
「早いところ、お偉いさんに会わなくてはね。で、リト=ハク。この大きな繭、破るのを手伝ってくれない?? ザイカが窒息しちゃうわ」

 《緑の桃源郷》には、《ユンファ》《ザイカ》の2人だけで行くことになった。《テンザ》には、海賊船《ディーピッシュ》の守りをお願いした。
 《リト=ハク》達以外のエルフ達は、別の集落に住んでいるのだという。入港後(港など無かったが)は別行動を取っている。

「《桃源郷》まで、2日はかかります。途中に集落がありますから、そこで休憩を取りましょう」
 急ぎの旅であったが、ユンファはリト=ハクの提案に乗った。エルフ達の生活環境を知りたいという探究心からであった。

 蜘蛛以外にも、数々のクリーチャーがユンファたちを襲った。独自の進化をした双角獣や、樹に化けた魔物なども居た。
「……紫の力の所為と思われますが……ここまで魔物が活性化したことは在りません。」
 リト=ハクは異常事態に気づいた。寄る予定であった集落のことが心配になってきた。
「集落は大丈夫なんでしょうか? リト=ハクさん」
 ザイカはリト=ハクの心境を察してか判らないが、リト=ハクに聞いた。
 リト=ハクは答えられなかった。が、その回答には別の形で答えた。
「集落のエルフが、消える事件がおこっている。ここ最近な。」

 1つ目の集落は、すべてのエルフ達が魔物に襲われていた。遺体はすべて、巨大な爪のようなもので切り裂かれていたのだ。
 2つ目の集落は逆に、すべてのエルフが魔物になってしまった。それらは巨大な爪を持ち、動くものすべてを引き裂かんとしていた。その魔物達は、リト=ハクたちに退治された。
 3つ目の集落は、忽然と姿を消していた。集落があった場所には草木一本生えておらず、全くの更地が広がっていたのだ。
 
「次の集落が、4つ目になって無ければよいがな。」
 ユンファが発した一言に、リト=ハクは怒りを感じたが、しかし実際、そうなっていないとは言えない。ユンファは生の《紫の力》を持っているのだ。力の影響が無く、この旅が終わるとは思えない。

「ここのはずだが……、おかしいな。」
 リト=ハクは顔をしかめた。集落にたどり着けないのだ。
「道にでも迷ったのか? エルフなのに。」
 ユンファは軽い声でリト=ハクをからかったが、しかしリト=ハクは真剣だった。
「この場所のはずだ……見てみろ。」
 リト=ハクの指差す先には、木で組み立てられている家があった。
「あの家があるということは、ここが集落だ。」
 リト=ハクは道に迷っていなかった。確かに集落に到着したが、しかしそこは既に、集落ではなくなっていた。
「……4つ目、か……!」
 リト=ハクは、怒りで顔が歪んでいた。
 ザイカは疑問に思った。ここが元集落だったとしても、明らかにおかしい部分がある。地面や家、周囲に樹やツタが生えすぎている。
「人が住んでいたところとは思えないけど……。」
 家の前に来て、確信に変わった。ドアの部分にツタがまきつき、開けられる状態ではなかった。ドアの役目をしていない。
 そこでザイカは、思い切ってドアを開けてみることとした。腰につけた短剣でツタを切り、ドアを開けた。
 家の中は、信じられない光景であった。ツタどころではなく、家の中に樹が生えている。しかも2本も。
「1本は…家の中央。もう1本は……ベッドの上から、か。」
 恐る恐る、何かに惹かれるように家の中に入ったザイカは、ベッドから生えている異様な樹に注目した。

顔があった。

「……!!」
 樹の根元に、エルフの顔があったのだ。
 ザイカは恐怖で声が出なかった。ザイカはその場で腰を抜かしてしまった。
「これは……!」
 ユンファが後ろに立っていた。流石のユンファも、この光景に驚いている。
「エルフが……《樹》になってしまったというの?」
 

 夜も更け、魔物が活性化してきたこともあり、この集落で一晩を明かすこととなった。
「あまり良い気分ではないな。」
 ユンファも昼間の情景がショックだったのか、今夜は大人しい。
 その後他の家の中を見たが、結果は同じだった。皆、《樹》になっていた。
「……紫の力は……」
 リト=ハクが独白のように語りだした。中央にくべた薪の炎がゆれている。
「……生き物を堕落させ、滅ぼす力だ。」
 この回答に、ここに居る誰もが反論できなかった。
「だから早急に、この力を何とかしなければならない。こんな悲劇を止めるために。」
「その意見に関しては、私も同意見よ」
 ユンファも、そしてザイカも賛同した。
「といっても、最初からみんな、目的は同じでしょ。」
 今日は休みなさい。ユンファはリト=ハクに休憩を促した。この状況で一番疲弊しているのは、リト=ハクであろう。慣れない船旅の疲れが残っているはずだ。そして今回の事件。身も心も、ボロボロだろう。
「……ああ、そうさせてくれ。」
 ユンファの気遣いに、素直に従いリト=ハクは横になった。本当に疲れていたんだろう。
「ザイカ。あんたも横になりな。見張りは暫く私がしておくから。」
 ザイカはその申し出に対して断りを入れた。
 次に疲れているのはユンファだ。彼女もかなり無理をしている。
「……船長に意見するなんて……。」
 しかしリト=ハクの時と同じく、彼女もザイカの申し出を受け入れた。やはり疲れが溜まっているのだろう。
「仮眠したら、見張りは代わるから。よろしくね」
 ユンファはそういうと横になった。途端、直ぐに寝息を立てた。
「船長、本当に疲れていたんだなあ。」
 ザイカは大きなあくびをひとつして、『パンッ!』と頬を叩いた。
「ボクが頑張らないと。ボクが足を引っ張っているようじゃダメなんだ!!」


 ユンファは夢を見た。懐かしい夢だった。
 《青の図書館》に居た頃だ。まだ学生だった。
 友人と食事したり、講義を受けたり。
 そして、管理人に恋をしたり。

 主席で卒業後、研究を続けようとしたら、彼から『無意味だ』と言われた。

『この世界には、本に書かれていないことがまだ沢山あるんだ。僕はそれを研究している。
 図書館の人間は僕を馬鹿にするけど、本に書かれていないことでも、実際に自分で見たり体験したりしたことが、真実なんじゃないかなって。
 僕の研究を一緒に行わないかい?僕はいま、《紫の力》について研究しているんだ。』

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