関内は頭を抱えていた。
 文字通りの意味である。彼は部室の机に向かい、一枚の紙切れを見ながらうなっていたのだ。
「……部長、どうしました?」
 小金井結花が、後ろから関内に声をかけた。
「ああ、結花か。」
 振り向かず、関内は答えた。
 しかしそれ以上の会話は無く、しばしの沈黙が現れた。
 結花は、部長である関内の返事を期待し、関内は、悩みの原因を打ち明けるべきかどうかで切り出せずにいた。
「……。」
「……。」
 この沈黙を破ったのは、関内のほうであった。
「他のみんなは? 香田や、町田、茅ヶ崎は?」
「みんな今日は帰りました。テストも近いですし。」
「……そう、だよなあ。」
 はあと深いため息のあと、また関内はふさぎこんでしまった。
「全く元気が無いですね、コーヒーでも入れましょうか?」
「いや、コーヒーを飲んだら、胃に穴が開きそうだ。」
 関内はそういうと、目の前に置かれていた紙を結花の目の前に突きつけた。
「読んでみろ。」
 関内から紙を受け取り、結花はそれに書かれていた文面を読み始めた。ワープロ字で丁寧に書かれた、これはまるで
「……警告文のような文面ですね(笑)」
「警告文なんだよ……。」
 結花はさらに読み続けた。書かれている文章を要約するとこういうことである。
「つまり、今月末までに、部活として何らかの『成果』を出せないようであれば、部活動は『廃止』、と。」
「この文面が、近年目立った校外活動を行っていない部活動、全部に送られたんだと。」
 はあぁ。さらに関内は大きなため息をついた。
「他の同好会とかにも、ですか?」
 結花は驚いた。おそらくこういう文書を発行できるのは生徒会の人間だろう。
 
 生徒会は、この部活……『MTG同好会』へは数多くの妨害工作を行っている。あるときは差し金を送ったり、またあるときは、あること無いことを部員に吹き込み、内部分裂を目論んだり。

 この警告文、もし「うち」の部活への攻撃だとしたら、他の同好会を結果的に巻き込んでしまったことになる。
「そんな、非道い……。」
「……それがなあ、結花。そうでもないんだ。」
 え? と結花が首を傾げた。
「でも部長。たとえば文芸部とかは、全く校外での活動なんて……」
「……今年の春コミ。彼女たちは当選していたらしい。」
「……まさか、それが『校外活動』として認められた……?」
「らしい。」
 結花は愕然とした。彼女は驚きを隠せず、上ずった声で反論しだした。
「そ、そんな! 文芸部の作品って、×××で、○○○な感じで、こう、ほら、美少年と美青年が(ピー)や(ピー)っていう……高校生が手売りして良いようなものではないでしょう!」
「落ち着け。そして大声出すな。学校側には認められたんだ。ま、生徒会がOK出せば、学校も首を縦に振る。」
 それに、と関内は続けた。
「おもちゃ同好会は、先月隣町の幼稚園に赴き、園児たちにお手玉やけん玉を披露した。
 鉄道愛好会と写真同好会は共同で、今まで撮影した列車や風景の写真を引き伸ばしパネルにして、学校側に提示した。
 本を愛する会は、見事に市内読書コンクールで入選。
 古代美術研究会は、県内のさまざまな美術館を巡り、その際のパンフレットと報告書をもって校外活動とした。」
「他の部活は、大体課題をクリアしているって事ですか?」
「そうなんだよ……。あとクリアしていないのは、漫画研究会と、俺たちMTG同好会だけ。」
 この、生徒会による掃討作戦は、まさにMTG同好会の存続を危ぶむものとなった。実際MTG同好会の活動と呼べるものはなく、活動内容といえば、
 ・部室(旧パソコン室を、「半分無断で」使用)に集まりゲーム。
 ・学校裏にひっそりと建っているゲームショップで、週1回の会合(という名のデュエル)
 くらいであった。『校外活動』などといった高度な部活エンジョイ技術など持ちえ合わせているわけがない。
「生徒会のやつら、他の部活動には『助言』しているらしい。」
「助言?」
 結花が首を傾げた。「ああ」と関内が相槌を打ち、続けた。
「こうやったら、廃部免除ですよ〜っていうことを、他の部活動には伝えているようだ。だからこそ、簡単に認められたんだろう、それぞれの行動が。」
 つまり元から、『MTG同好会』を廃部させるために仕組まれたことだった。また他の部活動は、存続のために生徒会の言われたとおりの事を行い校外で成績を収めることで、結果、学校の評判も上がる。
「……まさに生徒会には、一石二鳥、ですね。」
「困ったよ、本当に。」
 どうすればいいんだ。関内にはアイデアが無かった。たとえば大きな大会に出て、成績を残す。
 しかしそんなことが可能なんだろうか。基本的にカジュアルなプレイを楽しむメンバーが集まっている。急に大会に出ても、たいした成績を残すことなく惨敗。未来は直ぐに描かれてしまった。
 良い考えがまとまらない関内。横では結花がコーヒーを入れてきていた。
「落ち着きましょう部長。まずはブレイク、です。」
「……悩んでも仕方ない、か。あとでみんなが集まってから、再度会議だな。」
 結花の差し出したマグカップを受け取り、関内は暖かな湯気が立つインスタントコーヒーに口をつけた。途端、部室のドアがノックもなく開いた。

「お悩みのようですね、同好会諸君。」

 大木だった。生徒会の書記である彼が、突然部室に入ってきた。
「お、コーヒー、変えたのか? 香りが違うなあ。」
「ええ、香りの強いものに変えました。ちょうど特売で安かったので。」
「ほほう、華麗にスルーですか。」
 めがねの奥底にある彼の目が、光った。

「この大会自体、あまり大きなものではない。が、大会結果をHP上に大々的に公表する。」
 1枚のポスターを机に広げ、大木が説明を始めた。
 大木の言い分はこうだ。小さな大会でも、公然に知れるような活躍を見せれば『校外活動』として認められる。と。
「しかも優勝すれば、LoM権も得られる。」
「……これは、チャンスだな。」
 関内の沈んだ心が、希望の光に満ちていく様であった。大木が、かなり現実性のある提案を持ってきてくれたからだ。
 しかし関内と、そして結花にも疑問の念が残る。
「でも大木さん、なんで生徒会の人間であるあなたが、この部に味方するのですか?」
 結花の問いに、大木は答えた。
「実は……、この大会、『生徒会の人間』も参加します。」
 関内、結花共に驚いた。さらに大木の言葉は続く。
「以下、会長の言葉です。『廃部にするんだったら、その部活動であるMTGで、ボコボコにしてプライドもずたずたにさせて、再起不能くらいにさせてから廃部にしたいなあ。』」
「……非道い。」
 結花が自然と親指のつめをかんだ。彼女は、頭に血が上ると、爪をかむ癖がある。
 関内が大木を睨んだ。
「やられた。それじゃあこれは実質、あんたらからの『挑戦状』ということじゃないか!」
「……不本意ながら、そのように解釈してもらってかまわないよ。」
 大木がめがねの位置を直した。中指で眼鏡のブリッジを持ち上げる様は、まるで面と向かった相手を挑発しているようであった。
「しかし関内。この挑発に乗らないと、この部は廃部だ。」
 きっぱりと、大木は言った。生徒会に存続の権利を握られている以上、彼らの手のひらの上で踊り続けるしかない。
「……く。」
 関内は回答に困っていた。確かにこの挑戦に乗らないと、これ以上のチャンスは無いだろう。しかし、この大会、開催日時に問題があった。
「……明日じゃあ、ないか……。」
 日付はしっかりと印刷されていた。水で滲んでもいなければ、印刷がかすれているわけでもない。はっきりと、そのポスターには『明日』の日付が印刷されていたのだ。
「時間が、足り無すぎる!」
 本気で『勝つ』には、大会のメタ傾向を調べ、それにあったデッキを組まなければならない。しかし大会が明日であれば、既存のデッキにサイドボードを作成するだけで手一杯だろう。
 それに他の部員には話が伝わっていない。
「時間もない! 準備も無い! 部員には事実さえ伝わっていない! どうにもならないじゃないか!」
 こぶしを堅く握り、関内は唸った。
「……まあ、出る出ないはお前たちが決めることだ。だが何度も言わせるな。『これが最初で最後のチャンスだと思え』よ」
 すっと、大木は部室から出た。最後に、警告とも取れる言葉を残して。

 関内は頭を抱えていた。
 文字通りの意味である。彼は部室の机に向かい、一枚のポスターを見ながらうなっていたのだ。
「……部長、大丈夫ですよ。」
「大丈夫なものか、完全に生徒会にハメられた。カジュアルしかプレイ経験のない人間が、急に大会にだなんて…。」
 結花は、こんな弱気な部長を見たのは初めてだった。いつもは毅然とした態度で皆を引っ張っていたのだが、『廃部』というプレッシャーが彼を押しつぶしてしまった。彼女にはそう見えていた。
「部長。」
 関内の背中から結花は話しかけた。
「初めて部長が公認大会に出たとき、結果はどうでした?」
「……。2−5だったな確か。ドロップっていう言葉さえ知らなかった。ちょうどMoMaが横行していた時代さ。」
 くすっと、彼は笑った。結花は彼の笑った顔を見て、同じく笑った。結花は彼に聞いた。
「2勝、しているんですね。」
「1勝はByeさ。」
 関内は昔を懐かしむように、もう1勝のほうについて話した。
「おれはそのころ、本当に適当なデッキだったさ。ほとんど1枚2枚挿し。カード資産が全く無いころのものだった。
 でも最終戦、相手は事故で勝負を直ぐに捨てた。おれはデッキを回すのが楽しかった。そして取った1勝。たいしたものではないよ。」
「でも、『楽しかった』のでしょ?」
 結花の言いたいことが、関内にも判った。
「……ああ、楽しかった。負けても、何故か楽しかった。初めてMoMaの回り方を見たときには、感動すら覚えたさ。」
 ふふ、と、関内が笑った。そうだったな。楽しむことを忘れていたよ。
「明日は、『楽しみましょう』よ、部長。」
 にこやかに結花は微笑んだ。明るい太陽の花、向日葵の様な彼女の笑顔だ。
「……OK。結花。明日は、『存分に楽しもう』じゃないか!」
 彼の堅く握られていたこぶしは、既に解かれていた。
「そうと決まれば、まずは部員に連絡だな!」
「はい部長!」
 結花と関内は手早くケータイを取り出し、各個人にメールを打った。

結花は、町田と茅ヶ崎に。
関内は、香田に。

 最初で最後の戦いが、始まる。

〜〜次回予告〜〜
 ついに始まる、初めての公認大会!

 関内からメールをもらった香田はデートの誘いと勘違い!
 場違いな、精一杯のおしゃれ格好で大会会場に到着!

 町田は町田で「ワリィ、午後から補習。」2回戦後ドロップ決定!

 茅ヶ崎、最近新しくしたGPSケータイの使い方がいまいち判らず
 会場への道で迷い遅刻寸前! 間に合うのか!?

 まともに闘えそうなのは2人だけ! 本当に大丈夫か!
「結花、これを使え。」
 デッキを手渡そうとする関内。しかしそれを拒む結花。
「私には、これがあるから。」
 紫色のスリーブに入れられた、彼女のハイランダーデック。
「まともに闘えるとは思えないんだが…。」
「大丈夫、私を信じて。廃部になんて、させないから。」

次回!GatherFriends〜MTG青春日記〜大会編 第10幕!
お楽しみに!

(続くかどうかはわからない)

ノシ

コメント

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孔迷
2006年5月25日9:28

とりあえず、町田〜! 補習なんてすっぽかせ!
マジックのためなら留年の1年や2年なんだ!(ぉ

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脱走魔術師
2006年5月27日19:02

そのとおりだぁ!
1回留年して、高校選手権に3回きっちり出るくらいの意気で行け!町田!

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