彼は駅の前で待っていた。
朝の9時。休日ということもあり、人通りが多い駅前であるが、
彼は、私を待っていた。
駅前のバス停案内看板の横の壁に背をもたれ掛け、彼はケータイをいじっていた。

彼……関内辰之助は、紺のジーンズに白のカッターシャツ。シルバーのネックレスなんかを身につけていた。
結構かっこいいじゃない! 先輩!
私はさらに、彼への想いが強くなった。
そういえば、先輩の私服を見たのは、今日が初めてだった。
先輩って、結構シックな服装が似合うんだなあ。
右肩に引っ掛けている茶色のリュックなんて、使い込んであって、色の擦れ方も趣があって素敵。

私はケータイで現在時刻をチェックした。9時20分。
私の理想としては、『ごめんなさい! 待った〜!?』の謝罪に対し
『待ってたぞ』の素っ気無い返し。そして私の頭を軽く小突く。

そう! 私の理想にはまずこの第1段階が必要なの!
そして私は、その理想を現実にするために……!

駆け出すの!!
真っ直ぐに、先輩のところへ!!
先輩のテリトリーに突貫するの!!
さあ……いざ!!

「あ、晶子、おはよう。」
 なぜか、小金井結花が居た。
 なぜか、クラウチングスタートの格好をしている香田晶子の後ろに居た。
「……晶子……、その格好、パンツラインが見えちゃってる…。」
 人通りの多い駅前。白のワンピースを着ている少女がクラウチングスタートの『よ〜い』の格好で、高々とお尻を突き出している。
 そしてその周囲を通過する誰もが、彼女の奇行を目にしていた。
 行き交うサラリーマンは顔を赤らめ、目を伏せる。まじまじと見ているエロ親父もいた。
 指差す子供に、手で目隠しをし、そそくさとその場から去る親子も居た。
「……? 晶子?」
 結花が晶子の顔を覗き込んだ。彼女の顔はトマトみたいに真っ赤だった。
「ア…、ユカ! オハヨウ! グーゼン! ネ!」
 棒読み。そして声が上ずっており、まるでロボット音声のような返答だった。
「……。」
「……。」
「……ゴホン!」
 軽い沈黙の後、咳払いをして晶子が立ち上がった。膝についた土ぼこりを叩き、そして大きく深呼吸。真っ赤だった彼女の顔色も、今はだいぶ赤みが消えた。
「あ、結花! おはよう! 偶然ね!」
 その台詞はさっき聞いた。
「なんだか偶然ね! 結花! こんなところで出会うなんて! 今日はどうしたの? 買い物? あはは私も!」
 そして、平静を装うとしているのだろうか。晶子は結花が聞きもしていないことを話し始めた。
 しかし、声の大きさは通常の2倍ほどであったことを追記しておく。
「ちょっと時間、遅れちゃったね。電車の到着時間とかわからなくってね。」
「私が欲しいのって! 横浜まで来ないと無いんだよね! ほら! この帽子も、ここのデパートで買ったの!」
「とりあえず受付が9時半からだから。まあ時間には余裕はあるけどね。」
 会話が成り立っていない。いや、晶子の方から、『成り立たないようにしている』のである。
 結花の述べていることから予想されることが、晶子にとってはあまりに絶望的なことであったから。
「あ、関内先輩ももう来ているんですね。せんぱ〜い! おはようございま〜す。」
 結花が、関内に向かって手を振る。関内もそれに気づき手を振り、こちらに近づいてきた。
 終わった。
 晶子の一世一代の『愛love大作戦』(晶子談)は、第1段階どころか、既に計画段階でミスがあったということだ。
 晶子の、『超勘違い、思い違い』というミスがあったのだ。
 結花の口ぶりと、晶子の弟、香田広樹の『横浜でマジックの大会がある』という情報、そして、晶子のポシェットに入っているデッキの意味。それらを統合すると、自然と回答が頭に浮かんでしまった。
 
「……ウ、フフ……ウフフ。」
 晶子は笑った、もう笑うしかなかった。
「し、晶子? 大丈夫?」
「ウフフフフフフ、フハハハハハハ!」
 また行き交う人々の注目の的となってしまった。彼女は天を仰ぎ、泣きながら、大声で笑っていた。
「ちょっ、ちょっと晶子。落ち着こうよ。街中だよ。」
「お、おい!! どうした大丈夫か!?」
 奇行を目の当たりにした関内が駆け出し、晶子のところに近づいてきた。
「ウフフフフフ…フフウウウウ……フヲヲヲヲヲ!」
 晶子の笑い声はいつしか、なんだかよくわからない奇声になっていた。
(あ、晶子がキレた。)
 高校入学当時からの親友である小金井結花には、この声の意味が良くわかっていた。晶子が、いわゆる『プッツン』来たときに自然と発する声だ。
 こうなると、怒りの発散が治まるまで彼女に近づかないほうが良い。そのことは結花は重々承知していた。
 なので結花は、華麗なバックステップで彼女――いや、ここではあえて『ナツノヒルオトメノチニクルフショウコ』とでも名付けておこう――から間合いを取った。
 が、
「あ。」
「どうした晶子! 大丈夫か!」
 一直線に、関内が晶子に向かってダッシュしていた。
 無防備だった。
「先輩!逃げ……」
「え! なんか言ったか結k」
 ダッシュでショウコに近づく関内。その間合いをまるで縮地のごとく、射程内にショウコが入る。
 そして彼女の右手が唸る。オトメの想い返せと轟き叫ぶ。
 パーでも、チョキでもなく。ショウコの手の形は『グー』だった。
 ショウコは一気に間合いを詰めると、さらに半歩、自分の体を関内に近づけた。前に出した左足に全体重を掛け、そこを主軸に、右足は地面を蹴り、体全体のばねを十二分に使って、関内の左頬に輝く右手『グー』が繰り出したのだ。
 ここからは世界がスローモーションになる。
「kくぅぅぉぉ……。」
 関内は『結花』と述べたかったのだろう。しかし彼女の一撃により、刹那のうちに彼の口は歪み、まともにものを言える状態では無くなった。
 しかしまだ、ショウコの右拳は彼の頬の上にある。関内の頬は彼女の右手『グー』からは離れておらず、めり込んでいる状態だ。
 右『グー』から繰り出された慣性を考える限り、そのままであれば彼の頬は、自然に離れ、そして彼は、先ほどダッシュしてきた方向に真っ直ぐ飛ばされるはずであった。
 しかしそれだけでは終わらない。彼女はさらに彼の頬に触れた右手『グー』に、彼女の全体重を移し変えた。
 そして、彼女はさらに一歩、前に出た。本来前に出ることが少ない右足を前に出したのだ。しかしそうしたことで、彼女の右手『グー』は加速と荷重を加えた、神速を超える超神速の『グー』へと昇華することとなる。
 もう比喩ではない。彼女の『グー』はまるで、天を翔ける龍の如く輝いていた。

「……をぁ。」
 この日、1人の男が舞った。
 駅前の待ち合わせスポットとして有名な場所で、男は『縦』にスピンした。
 人として、ありえない回転だった。が、しかし目の前ではそれが現実となっていた。
 しかし行き交う人々は、だれもがこう思ったに違いない。
  『人は、こうも美しく回ることができるのか』と……。


 冷静になった晶子は、正直『警察沙汰』になることまで、覚悟していた。
 が、近くに在った交番には警官は居らず、また通行人には、結花が機転を利かし『通りすがりの大道芸人』ということでごまかすことができた(?)。
 

「……先輩。これは……、自業自得です。」
 結花は、晶子のケータイを見ていた。そこには昨日、関内から送られてきていたメールが表示してあった。



 明日、9時15分に横浜駅に来てくれ。
 とても大切なことを伝えたいんだ。
 多分、聞いたら驚く。
 帰宅は遅くなると思うから、保護者には連絡をしておくように。

 デッキは、一番の「お気に入り」を持ってきてくれ。
 
 

「……。ほうふぁ(そうか)?」
 関内の左頬がは大きく腫れ上がり、且つ『グー』の痕がくっきりと残っていた。口がちゃんと回らず、空気が抜けたようなしゃべり方しかできない。
 はぁ、と結花がため息をつく。
 その結花の横で、シクシクと泣きながら晶子が付いてきていた。
 結花は事件の後、晶子と落ち着いて話し合い、そして今回の集合の意図を伝えた。生徒会のことと、部の存続がかかっているということを。
 晶子は泣きながら聞いていたが、やがて多少落ち着き、そして『部の存続』がかかっていることを聞かされると、
「じゃあ、わたしも行かないと…グズッ。だって私…ズルッ。部の…ズッ。副部長だもん……ヒック。」
 と、快く(??)大会出場を決めてくれた。
 そして今、彼らは、大会会場へ向かい歩いていたところだった。

「晶子、ほらもう泣かないの。」
 結花はポケットティッシュを晶子に預けた。
「うん……でも、でもさ。もう、なんか、いろいろ情けなくて……うう。うわあわあわあぁぁぁぁん!」
 晶子は、また声を上げて泣き出してしまった。さすがの結花も、これにはおどおどしている。
 関内もこの事の重大さを感じ始めた。
「まあ、わふはった。ひょっと、うんしょーをひょーらくひふぎたよ。ほんほーにフマン。」
 なにを言っているのか、さっぱりわからない。
「『まあ、悪かった。ちょっと文章を省略しすぎたよ。本当にスマン。』って、先輩も言っているわよ。」
 そしてなぜか通訳してしまった、小金井結花。
「……うん。」
 そして、泣き疲れ、落ち着きをやっと取り戻した香田晶子。
「……ふう、アリガトウ結花。だいぶ落ち着いたわ。」
 ティッシュを結花に返した。空だった。
「なあ、香田。おまえの今日のデッキなんだけど、『ボロス』か?」
 関内が晶子に話しかけた。晶子が関内に、笑顔で振り返る……が、彼女のこめかみには、青筋が立っているのが見て取れた。
 怒っている。それはそうだ。
「何ですか先輩(笑顔)、私のデッキになにか御用ですか(笑顔)、ええそうですよ(笑顔)、ボロスですけど何か(笑顔)」
 笑顔が怖い。
「いや。だとするとだな、これを、受け取って欲ひいんだ。」
 関内はリュックから、カードの束を取り出した。
 晶子は、笑顔(作り笑顔)でカード束を受け取り、ざっと流し見た。
 その中には彼女が手に入れたくても手に入らなかったカードが入っていた。
「……《梅澤の十手》が1、2……4枚!? それに《聖なる鋳造所》、《サバンナ・ライオン》も!」
 晶子はカード資産の関係で、高額カードの所持枚数は多いほうでなかった。特に《梅澤の十手》は、ボロスウィニーを作る際に非常に重宝したのだが、彼女は1枚も持っていなかったのだ。
「やりゅよ、それ。」
「え?」
「いや、廃部になったらさ、俺、マジック引退するつもりなんだ。」
 関内は笑ったつもりだった。しかし、赤く腫れ上がった左頬のおかげで、非常に滑稽な顔になっただけだった。
 しかし、香田晶子も、小金井結花も笑えなかった。突然の部長の引退宣言はまさに青天の霹靂だった。
「だから今、ここで香田にプレゼントして、このカードで優勝してくれたらいいな〜なんて、さ。まあなんというか、このカードには俺からのお詫びの気持ちも入っているんだけどね。」
 はは、と関内は笑った。
 晶子は沈黙していた。驚いた。部長はここまで考えていたのか。晶子は廃部になっても、学校近くのカードゲームショップで集まればいいな、なんて気楽な気持ちを微かに持っていた。
「……私は……。副部長なのに……。」
 カード束を持ったまま、晶子は立ち止まり、うつむいてしまった。
「……どうした香田?」
「……負けませんから。」
 晶子は関内を見た。真っ直ぐに関内を見た。
「私が負けなければ、廃部にはなりませんから!!」
 強い声だった。単に大きな声ではない。真に心に響く、熱い声だった。
 刹那の沈黙のあとに、さらに晶子が続けた。
「そして先輩が引退を免れて、私にこのカードをプレゼントしたことを、公開させてやるんだから!!」
 晶子が笑った。作った笑顔でなく、意地悪な小悪魔の笑顔だ。
「さ! 先輩! 先に行きますよ!」
 たっと、晶子が駆け出す。白いワンピースに包まれた彼女は、まるで自分たちの初陣を祝福する天使のようであった。
「晶子、元気になってよかった。」 
 結花が胸をなでおろす。笑顔の彼女が、結花は一番好きだった。
「……結花、お前にもだ。」
 関内がカード束を取り出す。
「……先ほどと比較しても、ずいぶん分厚いですね」
 ざっと、80枚ほどだろうか。1デッキ分くらいある。
「ああ、『デッキそのもの』だからな。」
 関内の返答に、結花は関内の言いたいことが理解できた。
「これは白黒に青を絡めたコントロールデッキ……通称『太陽拳』というらしい。俺も昨日、ネットで見ただけだかな。」
「で、これを今回、私に使えって事ですか?」
 関内は頷く。
「少々トリッキーな動きをするデッキだが、デッキパワーはかなり高い。結花……。おまえなら、このデッキの力を十分に引き出せるだろうな。」
 そして関内は結花に、デッキを渡そうとした。
 しかし結花は、これを拒んだ。
「結花?」
「ごめんなさい部長。 私には『これ』があるから。やっぱり私……今回は『これ』で行きたい。」
 結花は紫スリーブに入れられたデッキを見せた。それは、結花が本気のときに使っている『ハイランダー』デッキだった。
 関内はふぅ、と深く息を吐き、率直な感想を述べた。
「俺は正直、大会でまともに闘えるとは思えないんだが…な。」
 しかし結花は、笑顔でこう切り替えした。
「大丈夫、私を信じて。廃部になんて、させないから。」
 結花にも、先ほど晶子から感じた強い意志が感じられた。彼女たちの一言一言は、とても強い力を持っていた。
「……オッケ。わかった。それで行けばいいさ。」
 関内はデッキを引っ込めた。
「ありがとうございます。部長。」
「でも! これだけは受け取ってもらうぞ!」
 関内は先ほどとは異なるカードを取り出した。見た目で15枚ほどである。
「……? これは?」
 結花はカードを手に取り、目を通す。いずれも異なる、15枚のカードだった。
「サイドボード、だよ。」
「……あ。」
 結花は気がついた。カジュアル用に組んであるハイランダーには、サイドボードは用意されていなかったのだ。
「まったく……。折角俺が、昨日夜なべしてデッキを組んだって言うのに…。」
 ぶつぶつと、先の『デッキ受け取り拒否』について根に持っている関内。しかし結花は、渡されたサイドボード15枚をみて、わかったことがある。
「私が、ハイランダーで行くっていうことを、判っていたんですね?」
 ぶつぶつと文句を述べていた関内であったが、結花の質問には答えなかった。変わりに、
「適当に、使えそうなカードを持ってきただけだよ。」
 と答えた。回答としては不十分であるが、結花にとっては十分なものであった。
「……部長。」
「んー?」
 結花は笑顔で、関内に語った。
「やっぱりこんな楽しい部活、潰したくないです。今回は、『本気で楽しみ』ましょうね!!」
 結花の笑顔に釣られ、関内も自然と笑顔になった。
 彼の左頬の腫れは、だいぶ引いてきた。
 『グー』の痕は、いまだに消えていなかったのだが。


スンマセン。
疲れていたり、
会社でやな事があると、
こういうものを書きたくなるんですね〜自分。


ノシ

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