作者注;この作品の大会は、
『コールドスナップ発売前』に始まっています。
フォーマット等々、現在とは異なっていますので、
ご了承ください。




 香田の初手は、中々にきれいなマナカーブを取っていた。

・《今田家の猟犬、勇丸/Isamaru, Hound of Konda(CHK)》
・《八ツ尾半/Eight-and-a-Half-Tails(CHK)》
・《平地/Plains(RAV)》 ×3
・《黒焦げ/Char(RAV)》
・《聖なる鋳造所/Sacred Foundry(RAV)》


 幾分土地が多い気がする。最初、彼女もそう思った。
 が、1ターン目に《勇丸》が出せる。その後《八ツ尾半》につなげられれば、相手のデッキ次第では一気に場を押せると考えた。

「マリガンなしです。」
「こっちも無し。」
 対戦相手の『月島耕一』は、即答だった。彼は手札を一瞬見ただけで、マリガンしないことを決めた。
「……お早い決断ですね。」
 香田はあまり面白くなかった。偶然とはいえ、生徒会の思惑通りになってしまったことが非常に気に入らない。
「『即決即断』。これがオレの座右の銘なのさ♪ さ、そっちが先手だよ。」
 そんなことは判っている。
「すぅ……ふぅ。」
 香田は大きく息を吸い、そして、ゆっくり吐き出した。自身の心を落ち着かせるために。
(気負いすぎ。大丈夫、いつもどおりにやればいいのよ、香田晶子!)
 部活の存続がかかった、この大会。副部長の香田は文字通り、プレッシャーに押しつぶされそうになっていた。何とか自分を冷静にしようと、何度も同じ言葉を心の中で繰り返している。
(大丈夫、いつもどおりに、楽しもう、私。)

 そして、晶子は《平地/Plains》をプレイしたのだった。
「いけ!《今田家の猟犬、勇丸》!!」
 1マナ圏内のスペックでは、現環境では『これ』を超えるものはいないはずだ。
「ターン終了、です。」
 月島のデッキがコントロール系であったならば、晶子が相性では勝っている。それに彼女は、1ターン目に出来得る、最高のスタートを切ることができたのだ。
「んじゃ、ドローっと♪」
 しかし月島は、《勇丸》に対してまったくの無反応だった。さも、彼女の一手目が『この動き』であったことを見透かされているかのような、そんな感じだった。
(……デッキが知られている、と考えたほうがよさそうね……。)
 相手は『生徒会』だ。デッキの全て、とは行かなくても、誰が何を使っているか、ぐらいは把握されているだろう。
(もしそうだとしても、《勇丸》に対して何にもリアクションが無いのが気になるわね。)
 1マナ2/2。パワータフネスの数値だけでは、現スタンダードにこれを超える1マナクリーチャーは居ないはずだ。
「……くくっ♪」
 月島が、笑った。
「くくくっ! 小さいなあ、犬っころ♪」
「なっ!」
 決して小柄といえない《勇丸》に対して、『小さい』と言い放った月島。
 その理由は、単純なものであった。月島は、《勇丸》以上のクリーチャーを展開してきたのだ。
 彼の手札から、《踏み鳴らされる地/Stomping Ground》がプレイされた。
「一気に叩き潰せ。《密林の猿人/Kird Ape》!!」
 カードに書かれているパワー、タフネスは、たったの1/1である。しかし、この《猿人》……ただ1枚の《森》をコントロールするだけで、いとも簡単に《勇丸》のスペックを上回ったのだ。
「う……うそ……。」
 香田は、最高のスタートを切ったつもりだった。しかし対戦相手は、それ以上の立ち上がりだったのだ。
「ほいほい♪ こっちはターン終了だよ。」
(……くっ!!)
 なんとなく人を馬鹿にしているような、そんな話し方をする『月島』。
 そして、《勇丸》の目の前に立ち塞がる《密林の猿人》。
「すぅ……ふぅ。」
 香田は大きく息を吸い、そして、ゆっくり吐き出した。
(落ち着こう。まずは冷静になろう。)
 何度、この言葉を反芻しただろう。頭の中では判っているはずだった。
「……こちらのターン、ドローです。」
 大丈夫。返しでこちらは《八ツ尾半》を場に出せる。彼女が場にいれば、クリーチャーの攻撃は、プロテクションで止める事が出来るようになるはずだ。
 しかし、香田のこのドローが、テンポを狂わせる原因となった。
 彼女、香田晶子が引いてきたのは。
(……先輩の《梅澤の十手》! )
 《勇丸》につけて殴ることが出来れば……いや、誰でも良い。一度でも、戦闘ダメージが通れば、一気にアドバンテージを得られる。現環境で、『最強』といっても過言ではない装備品。
(これを《勇丸》に装備できれば!)
 彼女は《平地》をプレイし、即、2マナを生み出した。
「古き侍の名を冠す、邪を払う神器よ! 《梅澤の十手》!」
(次のターンで、逆転が出来るはず!)
 しかし彼女のこの行動は、直ぐに『過ち』であることに気付かされる。
 十手を出されていても、全く動じず、それ以上に、先ほどよりも楽しそうな笑みをこぼす、月島。
 ムッと来た香田は、しかし平静を保ったように、月島に聞いた。
「……なにか、可笑しなことでも、在りましたか?」
 笑った顔を崩すことなく、月島はそれに返す。
「うん。」
 さらに月島は言葉を続けた。
「あなたが、『十手を全く使い慣れてない』ことが良くわかったよ♪」
「……!!」
 そして月島のターン。
「ほ〜らほら! 《ブリキ通りの悪党》だ♪」
 同じく彼も、2マナのスペルを使用した。しかしそれは、彼女の希望を容易く砕く代物であった。
「あっ……!!」
「ほらほら〜。大切な十手、割れちゃうよ♪」
 悪党の誘発能力。香田は歯を食いしばりながら、ゆっくりと十手を墓地に置いた。悔しかった。
(なんて馬鹿なことをしてしまったの私……。冷静になれば、この結果は見えていたはずなのに…。)
 しかし、香田は冷静ではなかった。何度も何度も自分に『冷静になれ』と繰り返すが、逆に繰り返すたびに、彼女は自分自身の作り出したプレッシャーに押し潰されていった。

「《八ツ尾半》!! 私たちを守護って!!」
「ん〜。それは厳しいなあ♪ けど……。」
 月島は静かに、赤のエンチャントを場に出した。
「《炎の印章》は、防げないんだよね♪ その狐♪」

「い、《稲妻のらせん》で、《密林の猿人》を焼きます!」
「ははっ♪ では僕は《焼け焦げたルサルカ》で、猿を生け贄にしよう♪」
 香田に、さらに1点のダメージが入る。
「では、らせんはフェズって(対象不適正)、打ち消されようか〜♪ ライフ回復なんて、させると思う??」
 

 そして。
「《瘡蓋族のやっかい者》、アタックかな♪ トランプルだけどね〜。」
「……。」
 香田のコントロール下には、《腐れ蔦の外套》が付いた《やっかい者》を止められる生物は、居なかった。
「負け、ました。」
 俯いたまま、香田は土地を片付け始めた。
(負けられないのに……負けた。)
 1本目を、彼女は落とした。
 もちろんこれで終わりではない。この試合は2本先取である。デッキに15枚からなるサイドボードを入れ替え、また直ぐに2本目が始まる。
 しかし、彼女は1本目の戦いで、正しく『疲労困憊』の状態だった。
 自らが自らに科したプレッシャー。さらに対戦相手の執拗なまでの挑発。
 彼女の心は、折れかかっていた。これ以上に折れてしまったら、添え木をしても直らない位に。

 心労か、それとも動揺か、はたまたその両方からか。
 サイドボードを取ろうと手を伸ばした彼女の手の甲。自らのデッキケースに当たってしまい、誤ってテーブルの下に落としてしまった。
「おいおい、大丈夫かい?」
「……。」
 月島の言葉に対し、何の返答もしない香田。彼女は無言で、デッキケースを拾った。
「……。」
 いつもの部活であれば、ここで関内部長や、小金井結花、茅ヶ崎しのぶたちにアドバイスをもらうことも出来る。
 しかし今は、公認大会中である。試合中にアドバイスを貰うことは許されない。
 香田晶子は、1人で闘っているのだ。
「……でも、1人じゃ、勝てないよ私……。」
 目には涙が溜まってきた。今の今まで『みんな』で楽しくやれればそれでよかったマジック。
 とりあえず形だけ『副部長』になってみたけれど、実際のマジックの実力は、多分、みんなの中で一番下。
 そんな私が、1人で生徒会の人間に勝てるわけない……。
(……もう、あきらめようかな。)

(ちょっと、諦めるのは早いです)
 ……え?
 誰かの声が聞こえたような気がした。
「……ん〜♪ どうしたん?」
 月島はその声に気付いていない。
 周囲は試合中である。誰かが発した一言が、自然に耳に流れ込んだだけかもしれない。
 しかし……香田晶子には、この一言が大きな励みになった。
「この言葉、よく結花が使っているのよね。『まだ諦めない』とか『もう少しやってみます』とか。」
 そしていつの間にか、笑顔で、楽しそうにサイドボーディングしている香田晶子が、そこに居た。
「そして……結花は、その一瞬で、逆転する。」
 サイドボーディング自身、カジュアルな場では滅多に行わないため、香田晶子は『慣れている』とは言い難い。
 しかし、かなりのハイペースでカードを選び、そして入れ替えている。
「だから私も、一瞬まで諦めない。」
 また、声が聞こえた。
(そう、そして、一番大切なこと、何だと思う?)
「さっきまで忘れていた、一番忘れてはいけないこと。」
 ザッ、と、デッキを切りなおし、そして香田は、月島の目の前に、自らのデッキを差し出した。
「それは、『楽しむこと』!! 私はそれを忘れたから、負けたんだと思う!!」
「……へぇ……♪」
 香田の行動を見ていた月島は、複雑な表情を示した。先ほどまで完膚なきまでにボロボロにした相手が、何故か瞬時に回復して、それどころか、初戦以上に『熱く、燃えていた』のだから。
「やりましょう2戦目、月島耕一さん。」
 香田はさらに、自分の現在の気持ちを、素直に、純粋に、ストレートに伝えた。
「生徒会とか、もう関係ありません。今は私、『楽しみたい』んです!!」
 香田の目は輝いていた。
 それは悔いの涙のためではなく、
 未来への期待の炎が、光を発していたからかもしれない。







(おっ。香田が吹っ切れやがったww)
 香田晶子の真横の席。そこに座っていたのは『町田速人』だ。
(いいねえ、やっぱり可愛いね彼女。)
 町田は、香田の横顔ばかり見ている。
 ここはマジックの大会であるため、町田の目の前にも『対戦相手』がいる。それを半分無視して、町田は香田の様子を伺っていたのだ。
 この行動は対戦相手に対しては非常に失礼な行動に値するのだが。
 しかし町田の対戦相手『勝川 純』は、全く気にしていなかった。なぜなら……。
「では、《幻の漂い》変成。《早積み》手札。」
 コンボが成立していたからだ。
(……コンボデッキ……ハートビートのマガシュートか。これは負けたか?)
 多量マナを生み出し、《現し世の裏切り者、禍我》で勝負を決するデッキ。
 安定したサーチエンジンがあるため、かなり早い段階でコンボを決めることが出来る。対応策を打たないと、早い場合4〜6ターン目にはコンボが成立してしまう。
 そして勝川は、その5ターン目に決めに来た。
 既に場には《春の鼓動》があり、《早積み》も先ほど持ってきていた。
(《沼》がないな…。《山》があるってことは、《火想者の発動》のほうか。)
 マガを使わず、《火想者の発動》を使うタイプもある。もっとも、両方を投入しているものもあるらしいが、もっとも、町田はそのタイプとは戦ったことがないのだが。
 そして相手は、《早摘み》を経由し、マナをマナプールに溜めていく。
(……ふ〜ん。やっぱり、諦めるもんじゃないな、マジックって。)
 町田は、さっさと投了して次に行くつもりだった。町田が使う『ボロス・バーン』では、いわゆる相手のコンボの邪魔が出来ない。最速火力が回り、コンボ成立前に相手を焼ききるしか勝利への道はなかったのだから。
 が、実は、町田にも聞こえてきたのだ。香田晶子にも聞こえた、あの声。

(ちょっと、諦めるのは早いです)

「では、合計でX=20です。《火想者の発動》」
「……ぷ、ぷっひひひひひ!!!!!」
 町田が笑い出した。吹き出した。
 突然の笑い声に、勝川が文字通り引く。
「ちょ、いきなり狂って殴りかかるとか無しですよ、警察呼びますよ!」
 体格が小柄な勝川は、奇声に近い笑い声を上げた町田に、ビビッてしまった。
「いやいや……悪い悪い。おれの『思惑通りになった』からさ。」
 目に涙を溜めながら、まだ笑っている町田。
 深呼吸を数回繰り返し、落ち着いた町田が、勝川に聞いた。
「でさあ、あんたのマナプール、いまドンくらい?」
「カラです。」
 勝川はきっぱりと答えた。
「土地は?」
「立っていません」
 優等生宜しく、しっかりはっきりとした明確な受け答え。
「手札は?」
「1枚。」
「よし、じゃ、俺の勝ちだ。」
 町田は、自らの土地に手を添えた。立っているのは、『山、2枚』
「これから3つの質問をする。順に答えること。」
「……は、はい。」
 にやり、と町田の口が歪む。楽しくて仕方がないといった表情。
「その1.あなたの残りライフは?」
「…『12』、です。」
 土地が1つ、タップされた。
「よろしい、それではその2。」 
 土地が、合計で2枚、タップされた。
「この場で逆転可能なカードが1枚存在する、それってなんだ?」
「……。合計で12点ライフは、削れません。4マナでは。」
 勝川は首を横に振る、確かに、『4マナで12点』のダメージソースは存在しないはずである。
「んじゃあ、さ。最後の質問。これ、なんだ?」
 町田は、自らがコントロールしているパーマネントを1つ指差した。
「……《炎の印章》…………!!!!」
 失念していた。
 1ターン目に確かに、町田は出していた。
 自分はコンボの達成に夢中になっていて、すっかり記憶のかなたになってしまっていたことに、今、気付かされた。
「……ったく!! 最近の若いやつらっていうのは、何でこうも『ライフに鈍感』なのかね!!」
 町田の手には、赤く燃える『復讐の炎』が燈っていた。
 《炎の印章》が、プレインズウォーカーの命を削り、『10』にあわせた。


「燃えちまえよ!!《碑出告の第二の儀式/Hidetsugu’s Second Rite(SOK)》だ!!!」





〜〜次回予告〜〜
 オルゾフビート。
 迫るハンデス。
 襲ってくる生物破壊。

「相性は、8:2でこちらよりですよ。」
 黒崎の挑発。
「……『2』あれば、私は十分と思いますよ。」
 小金井結花の、のんびりとした、楽観的な口調。
(……フン、くえねえなあ、この女。)

 フューチャー席で始まった、MTG同好会、小金井結花のデビュー戦。
 とても相性の悪い相手だが……?
 策はあるのか?

「自分も相手も楽しくなくちゃ、私、満足できないんです。」
「……で?」
「欲を言うなら……。」
 小金井結花は周囲を見渡す。フューチャー席の周りには人だかりが出来ていた。
「この人達みんな、楽しくなったら、最高に幸せだとは思いません?」 

次回は何時だ!!!

ノシ

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