GatherFriends〜MTG青春日記〜 第11幕その4
2007年9月22日 小説 コメント (1)(このお話のレギュレーションは、『コールドスナップ使用できる前のスタンダード』です。
普通に十手とか京河とか出てきますので、ご了承ください。)
(今更、なにやってたんだろう、俺)
黒崎のドロー。
(……《罪+罰》か。)
小金井結花のデッキの特性から、いわゆる「グッドスタッフ」に近い性質があると感じた黒崎は、大型クリーチャーをハンデスで墓地に落とした後、大きく作用することができるカード――《罪+罰》をサイドボードから投入していた。
結花の墓地には今、《昇る星、珠眼》と《潮の星、京河》の、2体の神河ドラゴンが鎮座していた。特に《京河》をこちらのコントロール下にすることができたなら、圧倒的に優位に立てる。
(が、土地が無い。)
しかしながら現在、黒崎は土地を4枚しかコントロールしていなかった。「お帰りランド」もない。黒崎は、4マナしか生み出せないでいた。
(《迫害》さえ、返されていなければ。)
《双つ術》による、まさかの《迫害》返し。小金井結花の指定した『黒』によって、黒崎の手札は全て落とされた。
「……《墨目》が落ちたのは痛いな。」
黒崎はぼそりとつぶやき、自らの墓地に目をやる。《幽霊議員》や《屈辱》に混じり、《鬼の下僕、墨目》も落ちていた。
「《墨目》が落ちたのは、助かりました。危く《京河》を盗られるところでしたからね。」
胸をなで下ろした結花。黒崎の言葉が聞こえたのだろう。
「……ああ、そうだな。」
黒崎は適当な相槌をした。
(ま、《墨目》でなくとも、《京河》を奪えるのだがね。)
しかし、土地が無い。
(……。)
仕方ない。黒崎はターンを終了した。《種子生まれの詩神》が立っており、かつ、小金井結花と手札の枚数が同じであるため、《清麻呂の末裔》の攻撃は全くの無意味だからだ。
「では、私のターン。」
結花はカードを引いた。が、
「……ん、ターン終了です。」
ターン終了した。こちらもアタックに行かない。
(土地を引き込めよ。)
黒崎の手が力む。ドロー。
「……よし。」
黒崎は《コイロスの洞窟/Caves of Koilos(9ED)》を、このドローで引き込んだ。
「ランドセット。そして《罪+罰/Crime/Punishment(DIS)》。」
ギャラリーが一瞬、動いた。それは、誰もが意図せず、そして、普通では誰も気付かないほどの、ほんの些細な『動き』だった。しかしこの、ごく小さなギャラリーの変化を、黒崎は感じ取ることができた。
これが、「黒崎 聖」の力。彼は、周囲の動きを、人一倍敏感に感じ取ることが出来るのだ。
(人ってやつは、そいつ自身が気がつかないような「小さな癖」を持っている。動揺したり、感動したり、驚いたりしたとき、人は無意識に、その行動をとるものだ。)
黒崎は、「小さな癖による行動」を、ギャラリーの一部から感じ取ったのだ。
そして同時に、ギャラリーの動きは、《罪+罰/Crime/Punishment(DIS)》のキャストによって場を有利に出来る状況を作り出したものからだと思った。
「《京河》を、頂くよ。」
「……はい、どうぞ。」
小金井は、自分の墓地から《京河》を差し出し、相手の場においた。
「ターン終了。」
常にポーカーフェイスを保とうとしていた黒崎。頭の中では、にやりと笑みを浮かべていた。上手くいけば、このまま4回の攻撃で、この試合を終わらせることが出来る。そんなことを考えていたのだが、黒崎の頬はほんの少し、赤くなっていた。
(何故だ。彼女……小金井との戦いは、何故こんなにも疲労するんだ……。)
全く先読みできない、小金井のカード群。デッキ構築。そしてプレイング。
(……違う。)
これは、疲労ではない。
(自分自身が、心からこのゲームを『楽しんでいる』んだ。)
間違いない。小金井結花は、エンターティナーなんだ。彼女のプレイングは、『みんな』を楽しく、わくわくと、興奮させる力がある。例外なく、黒崎も『みんな』に含まれていたのだ。
『ここの人達みんな、楽しくなったら、最高に幸せだとは思いません?』
(……!! だとすると!!)
先ほど、一瞬ざわついたギャラリー。ジャッジが気がつかないほどの小さな動きだった。黒崎はコレに気が付き、それ故、この《罪+罰/Crime/Punishment(DIS)》のキャストが間違いではなかったことに自信が持てたのだ。が、
(さっきの「ざわめき」が、このプレイに対してで無かったとしたら!?)
『「ありえない」なんて無い。ありえることは、全て起こりますよ。』
******************************************
(黒崎……。徹底的に、注意を払うべきだったんです。)
ジャッジの後ろから、大木が試合を見ていた。
他の試合はほとんど終了していた。自然とギャラリーがフューチャーマッチ席に集まってきていた。
(彼女は、今しがた、「あのカード」を引き込みました。)
すっ、と。大木は移動した。小金井結花の手札が見えるところで、彼女の手札を再確認した。
(しかし、必要な色マナが出ない。)
彼女が現在生み出すことが出来る色マナは、「緑」「青」「赤」「黒」の4色。
彼女の手札にあるカードは、両方とも「白」だった。
(……しかし、小金井結花なら、やりかねない!!)
結花は、ゲームを徹底的に楽しむタイプだ。それも天然に。彼女の普段のプレイ状況なら、ここで「色マナを引かない事自体がおかしい」ともいえる。
結花は、カードを引いた。
***********************************************
また、ギャラリーの空気が動いた。
本当に小さな動き。腕の筋肉がほんのちょっとピクリとしたり、眉が数ミリ上がったり。
そんな動きが、数人。
それも、皆、小金井結花のドローを見た人ばかりであった。
「……、《アゾリウスの印鑑/Azorius Signet》で、ターン終了です。」
結花は場にある2枚のダメランから無色マナを捻出し、印鑑をキャスト。そしてターンを終了した。
(……なんだ、印鑑か。)
しかも、こちらへターンを返してきた。
(ソーサリーの除去でもなければ、クリーチャーでもない。気をつけなければ為らないのは、《化膿》や《ブーメラン》くらい、だな。)
「アンタップフェイズ。」
「こちらもアンタップです。」
《種子生まれの詩神》の能力により、両者の土地が起き上がった。黒崎のドローは《神の怒り》。
(このカードを使わないことを、祈るよ。)
心の中で自虐的な笑みを浮かべ、しかし表情は崩れることなく、攻撃クリーチャーを選択した。
「アタックだ。《京河》。」
*****************************************
「お帰りなさい、《京河》。」
結花は、《京河》をコントロールしていた。
「長旅、ご苦労様でした。」
そっとカードの端に触れ、置き位置を修正した。《京河》の上に置かれている、透き通った青いグラスマーカーが、部屋の照明を反射して輝いていた。
ターンが帰ってきたら、黒崎はおそらく、手札の《神の怒り》をキャストするだろう。流石に、6/6飛行クリーチャーを野放しには出来ない状況だ。
「……《来世への旅/Otherworldly Journey(CHK)》……。」
1枚のカードが、またしても戦況を変えた。
「それは、ずるいな。」
「本来は、《神の怒り》とかの除去避けに入れていたんですけどね。」
小金井の回答は的を得ている。『《罪+罰》で奪われたクリーチャーを戻すためにデッキに入れた』なんて事はまず無い。それにしても。
「……ここまで、こちらの行動と噛みあってしまうとね、笑うに笑えないな。」
しかし、黒崎は笑っていた。自然と口元が綻んでいた。平静を装いながらプレイしていた黒崎が、初めて観衆に笑顔を見せた。
「ほんと、笑えないな、この展開は。」
そして、この試合は長期戦となった。
奪われ奪い返された《潮の星、京河》は、《種子生まれの詩神》と主にラスで流され、場は一旦きれいに流されることとなった。
その後は、両者の『引き』勝負となったのだ。
小金井は《曇り鏡のメロク》によるビートダウン展開を目論むも、黒崎のトップは《屈辱》。スピリット・トークンの発生も許さなかった。
黒崎は、この《屈辱》ののちのトップが《オルゾヴァの幽霊議員》。ほかに生き物が居なかった場合でも、4/4のパワーとタフネスは、十二分に戦力だ。
しかし、既に小金井結花の場には《アゾリウスのギルド魔道士》が鎮座していた。
「ほかに、クリーチャーが欲しいな。」
黒崎の口から、小さな本音がこぼれた。
*******************************************
(黒崎が、試合に直接関係の無いことを話すとは。)
この黒崎の発言に驚いたのが、大木であった。普段のプレイング態度を見たことがある大木は、今回の黒崎の発言一つ一つに非常に驚いていた。
(彼は、他人をまくしたてたり、軽く挑発したり。そんな言葉しか発しない人間です。ここで、弱音を吐くなんて。)
明らかに、黒崎の行動がおかしい。彼は今、MTGを「楽しんでいる」。
MTGを勝負事としか見ていない彼が、楽しそうにMTGをプレイしている。
(……まさか、「楽しければ負けてもいい」なんて思ってませんよね、黒崎聖。)
勝利への執着心を買われて、彼は生徒会にスカウトされたのだ。負けること=生徒会を裏切ること、ともいえる。
(しかし、黒崎さん、あなたは「負けません」。なぜなら会長は、この試合は負けないと、予見しているのだから。)
生徒会長。大木が、この世で一番信頼し、崇拝している人物。
大木は思った。彼は……生徒会長は、神なのだと。
会長の放つ言葉には、力があるのだ。彼が願えば、それは叶う。彼が望めば、それは得られる。彼が嫌えば、それは正される。
MTGの試合結果だけでない。全てそうなのだ。今の今まで、会長が放った言葉に対して、その通りにならなかったことが、一度も無い。
(神様のいった言葉は、絶対なのです。)
大木はメガネのずれを直した。
(だから小金井さん。あなたは、「勝てません」よ。黒崎が勝つ……)
まてよ。
何かおかしい。
(会長の予見、なにかが、「足らない」気がする……。)
ここで大木は、重大なことに気がついた。そして、自分の腕時計で時間を確認した。次に、部屋の前方に掲示されていたホワイトボードに目をやった。そこには、この小金井と黒崎の試合終了予定時刻……つまり、Round1の終了時間が書かれていた。
(……これ、は。)
大木の頬を、一筋の汗が流れた。
(……現状は!?)
焦りの色を残したまま、大木は、フューチャー席の試合に視線を戻した。
テーブルには、なんとも知的なドラゴンが居座っていた。丁度大木が、テーブルを見た瞬間。そのドラゴンは、知識により紡ぎ出された炎により、黒崎聖を焼き殺そうとしているところであった。
*************************************************
《火想者ニヴ=ミゼット》の作り出した炎は、結花のドローフェイズによって誘発した火であった。
《ニヴ=ミゼット》の召還酔いは、とっくの昔にさめていた。彼1体のお陰で、場の状態を一気に変えることが出来た。が、今は攻撃に参加できない。そしてさらに、タップ能力さえできずにいた。なぜなら彼は今、《信仰の足枷/Faith’s Fetters(RAV)》をつけれられてしまっているからだ。
しかし、対戦相手の黒崎も、《ニヴ=ミゼット》を擬似的な除去しか出来なかったため、毎ターン恒久的に飛んでくる1点火力によって、じわりじわりとライフを削られてしまった。黒崎のライフが、ついに、あと「1」となった。
せめて十手が1枚場に在れば、状況は全く変わっていたのだが、まず、黒崎が十手に手が届くまでに時間がかかってしまったこと。そして、やっとの思いで引き込めた十手を、結花がまさかの《押収/Confiscate》をプレイ。奪われてしまったことで、黒崎のプランが大きく狂うことになった。
なんとかもう1枚の十手を引き、プレイ。伝説ルールによって結花のコントロールする《十手》を墓地に置くことができたのだが、結果的に1対2の交換。しかも、十手2枚と押収1枚では、割が合わない。そうこうしているうちに、結花は《火想者ニヴ=ミゼット》を場に出してきたのだ。これを除去しきれずに、暫く彼の放つ炎と、十手の能力によって、クリ―チャーとライフを持っていかれた。
「……。」
黒崎の場には今、《オルゾヴァの幽霊議員》が1体いる。合計3枚目の幽霊議員だった。
対する結花の場には、足枷が付けられているドラゴンだけだった。
「返しの《幽霊議員》の攻撃で、自分の勝ちですね。」
ライフを記録していたメモに目をやる黒崎。自分のライフも1であるが、しかし、結花のライフも、既に「1」であったのだ。
「どうでしょうかね。」
結花は自分の土地を指差した。場に現在、丁度4点のマナが出ることを示し、
「《キング・チータ》が飛び出してきて、チャンプブロックするかもしれませんよ。」
結花は、残りの手札2枚をヒラヒラさせながら、笑顔で言った。
「……む。」
『それはない』という返答をしようとしたのだが、しかし、それができなかった。結花のデッキが分からない今。どんなカードがプレイされようとも、不思議ではないのだから。
「……。」
「……。」
軽い沈黙があった。今、結花のターン終了宣言を行ったところだ。
(単純に考えると、幽霊議員で殴って終わりなのだが……。)
流石に、《キング・チータ》は無いだろう。……多分。
しかしながら、ここでターンを返してしまうと、《火想者ニヴ=ミゼット》の炎によって、黒崎が焼かれて負けてしまう。このターンで、何かしら決着をつけなくては為らないのだ。
(クリーチャーを引ければ、楽になれる!)
黒崎のドロー。
(……ふっ。)
ここで黒崎は、《清麻呂の末裔》を引き込んだ。
「《清麻呂の末裔》、プレイだ。」
勝った。
一番、黒崎が気に罹っていたのは、《輝く群れ/Shining Shoal(BOK)》であった。コレを握られていた場合、最悪、4点のダメージ全てを返され、敗北してしまう可能性があったからだ。
結花のライフは1。新たにクリーチャーを出すことが出来たため、幽霊議員の能力を使用することで「ダメージ」でなく「ライフ損失」で、最後の1点を削ることが可能になった。
「……《虚空粘》はないな。」
結花の墓地には《虚空粘》が落ちていた。事前に、彼女のデッキは『一枚差し』のデッキであることを聞かされていたため、墓地にあるカード=手札に無いカードという情報を得ることができる。
「では、《清麻呂の末裔》を生け贄に。幽霊議員を除外する。」
その瞬間、周囲のギャラリーの空気が変わった。黒崎には分かった。これは『勝負がついた』時に流れる空気だ、と。
ギャラリー全てが、黒崎が勝ったと思ったのだ。そのまま黒崎のターンが終了すれば、《幽霊議員》が場に戻ってくる。CIP能力で、結花のライフが0になる。
いま、結花の手札には、『それら』に対処する術が、ないのだ。
(勝った。)
もう一度、黒崎は、勝利を確信した。
***************************************
(要らぬ心配でした、か。)
大木も、フューチャー席から離れた。どう転んでも、どうあがいても、結花の手札では幽霊議員を対処できない。
携帯電話を取り出し、部屋から出ようとした。会長に連絡を入れるためだ。
『全て、会長のお考えどおりになりました。』
いつもの台詞。いつもの定時連絡。しかしながら、完全な未来予知。
「……完璧だ。」
口元が緩み始めた。
ケイタイのリダイヤルを押し、いざ電話をかけようとした刹那。
ギャラリーが、ざわついた。
そして、
拍手が起こった。
……ちがう。
これは、『黒崎の勝利を祝う拍手』ではない。
黒崎のような、異常なまでの感覚が無くとも。
この盛り上がりようは異様だということが、大木には分かった。
携帯のリダイヤルページを開いたまま、大木は、フューチャー席に戻った。
********************************
「《輝く群れ/Shining Shoal(BOK)》をプレイします。」
結花は、立っていた土地と印鑑から、白白を含む、合計3マナを捻出した。
「X=1です。」
このとき、一体何人のギャラリーが、そして、黒崎聖が、この「X=1」の意図を理解できただろうか。
少なくとも……。黒崎聖はこの時、意味を理解していなかった。
「……対象は?」
「あなたです、黒崎さん。」
《輝く群れ》は、いわば『ダメージを跳ね返す』呪文だ。幽霊議員の場に出る能力は、ダメージではない。
「何処にも…ダメージ源がないけどね。」
「解決、いいですか。」
「……ああ。どうぞ。」
群れを墓地に置いた。
「さて…と。」
結花は、ゆっくりと、自分のコントロールする、とあるパーマネントに手を置いた。
その時、関内辰之助は、小金井結花の考えを理解した。
その時、黒崎聖も、『X=1』の意味を理解した。
その時、ギャラリーのほとんどが、次に起こることを理解できていなかった。
「1点のダメージ、食らいますね。」
笑顔で、結花は土地をタップした。
《輝く群れ》で、《カープルーザンの森/Karplusan Forest》を選んだ。
《カープルーザンの森/Karplusan Forest》が、色マナを出した。
《カープルーザンの森/Karplusan Forest》が、結花に1点のダメージを与えた。
《輝く群れ》によって、この1点が、代わりに黒崎に与えられた。
そして、黒崎のライフは0になった。
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**********************************
とある駅にあるコーヒーショップ。中にはビジネスマンが休憩していたり、カップルが談笑していたり、学生がケータイを弄っていたり。
さまざまな目的の人間で、この店はごった返していた。
昼の12時近くということもあり、ベーグルやサンドウィッチが、コーヒーと一緒に運ばれているのが目に付く。
1人の男が、お盆を持って席を探していた。直ぐに1人掛けのテーブルが目に付き、彼は、そこに座った。
お盆の上にはアイスコーヒーとベーグルサンド。サーモンとクリームチーズが挟み込まれていた。
日曜祝日であるが、彼は学校のブレザーであった。彼は上着の内ポケットから扇子を取り出し、パタパタと自分を仰ぎ始めた。店内は十分にエアコンが効いていて、むしろ肌寒ささえ感じられるのだが、その男は仰ぎ続けていた。外は相当に暑かったのだろう。しかしその暑い中、何故この男は、ブレザーを着ていたのだろうか。
ある程度暑さが落ち着いた彼は、扇子を置き、アイスコーヒーに口をつけた。ガムシロップもミルクポーションも入れず、ブラックのまま口に入れた。炭火で焙煎されたコーヒー豆の香りと、程よい苦味。氷でキンキンに冷たくされたコーヒーが、彼の喉を潤した。
さてとベーグルに手を伸ばし、一気にかぶりつこうとしたその時。
彼のブレザーのポケットが震えた。ケータイのバイブレーションだ。
「……来ましたね。」
ベーグルを一旦置き、ケータイを取り出した。
店内には『通話ご遠慮ください』の張り紙があったが、しかし彼はそんなもの眼中に無いかのように、通話を始めた。
「待ちくたびれましたよ。大木君。」
彼は定時に来る連絡を待っていたようだ。しかし、それが来なかったため、『待ちくたびれた』といったのだろう。『くたびれた』という表現から、かなり長い時間連絡を受けることが出来なかったのだ。
『申し訳ありません、会長。』
電話先の男……大木と呼ばれた男が謝罪した。
「で、どうでした? 私の言ったとおりだったでしょ?」
電話の男……『会長』と呼ばれた男は、いつもの言葉を期待していた。
『……全て、会長の仰ったとおりになりました。』
「でしょう? でしょう?」
会長は上機嫌になった。自らが望んだとおりに事が進む。誰であってもうれしいことだ。笑顔でコーヒーを啜った。
『……小金井結花は、勝てませんでした。』
「うんうん、そうそう。その通りだね。」
ベーグルサンドを手に取り、かぶりついた。
『……ですが、負けてません。』
「ん? なんだって?」
片手でケータイを持っていたため、もう片方の手でベーグルサンドを食べていた。具が多く挟み込まれていたため、ベーグルの後ろから、具がはみ出てしまっていた。
『……引き分けです。黒崎と小金井の対決、引き分けました。時間切れによる引き分けです。』
「……。」
ベーグルを置き、アイスコーヒーを啜った。そして大きく溜め息をついた。
「……なるほどね。ひきわけかぁ。」
『……申し訳ありません。』
謝罪する大木。
「いやいや、君は悪くない。しかし……引き分けかぁ。考えなかったなぁ。」
しばしの間があったが、先に口を開いたのは、会長の方だった。
「よし、今日はもういいよ。」
『……? もういい、というのは?』
ふふっと、会長が笑った。
「そのままの意味さ。今日は、普通にゲームしてきな、ってこと。ドロップしてもかまわないし。小金井や同好会の、今後については、また後で話しあおう。今日の任務は終わりだ。他のメンバーにも伝えておいてくれ。」
また間ができた。大木が返答に困っているのだろう。
「ほらほら、もう次のゲームが始まるんじゃないか? 今日はもういいから。」
直ぐに、電話の向こうから、ラウンド2の開始のコールが起こった。
『……分かりました。会長の指示に従います。』
「そうしてくれ、ま、どうせ……。」
コーヒーを一口のみ、会長が電話口で言った。
「今日の優勝は、黒崎君だからね。」
店をでたその男は、笑顔だった。
「面白い、面白いよ、彼女。」
自分の予想以上だ。こちらの予測の『穴』を通過していく。
大木をぶつけたときは、そうだ。「諦めなければ勝てる」といっておいたんだ。
しかし、大木は、勝負を捨てた、だから負けた。
茅ヶ崎しのぶに関しては、「結花のデッキに、君のデッキが負ける訳が無い」と予見した。
しかし、その時結花が使ったのは、彼女のデッキではなく、関内辰之助のデッキ。
だから負けた。
今回も……。
「勝てない」と予見した、だから、「引き分けた。」
「面白いよ。」
ニヤニヤと笑いながら、駅中を進んでいた。
その時、対面から、男女の若いカップルが歩いてきた。
全く前を見て歩いていない。話し声が大きい。ケータイを振り回し、周囲の通行者を無視。
「……あ、危ない。」
老人とぶつかった。老人は転倒した。
『邪魔だぁ! 殺すぞ!』と罵声がとんだ。
転んだ老人無視して、歩いていった。
笑っていた。あの男女は、笑っていた。
(……。)
扇子を取り出し、口元を押さえた。
会長は、男女をじっと見ていた。電車の駅改札をくぐっていた。
「……死ねよ。くず。」
ぼそりと、小さな声で、会長は言った。
〜次へ続く。
普通に十手とか京河とか出てきますので、ご了承ください。)
(今更、なにやってたんだろう、俺)
黒崎のドロー。
(……《罪+罰》か。)
小金井結花のデッキの特性から、いわゆる「グッドスタッフ」に近い性質があると感じた黒崎は、大型クリーチャーをハンデスで墓地に落とした後、大きく作用することができるカード――《罪+罰》をサイドボードから投入していた。
結花の墓地には今、《昇る星、珠眼》と《潮の星、京河》の、2体の神河ドラゴンが鎮座していた。特に《京河》をこちらのコントロール下にすることができたなら、圧倒的に優位に立てる。
(が、土地が無い。)
しかしながら現在、黒崎は土地を4枚しかコントロールしていなかった。「お帰りランド」もない。黒崎は、4マナしか生み出せないでいた。
(《迫害》さえ、返されていなければ。)
《双つ術》による、まさかの《迫害》返し。小金井結花の指定した『黒』によって、黒崎の手札は全て落とされた。
「……《墨目》が落ちたのは痛いな。」
黒崎はぼそりとつぶやき、自らの墓地に目をやる。《幽霊議員》や《屈辱》に混じり、《鬼の下僕、墨目》も落ちていた。
「《墨目》が落ちたのは、助かりました。危く《京河》を盗られるところでしたからね。」
胸をなで下ろした結花。黒崎の言葉が聞こえたのだろう。
「……ああ、そうだな。」
黒崎は適当な相槌をした。
(ま、《墨目》でなくとも、《京河》を奪えるのだがね。)
しかし、土地が無い。
(……。)
仕方ない。黒崎はターンを終了した。《種子生まれの詩神》が立っており、かつ、小金井結花と手札の枚数が同じであるため、《清麻呂の末裔》の攻撃は全くの無意味だからだ。
「では、私のターン。」
結花はカードを引いた。が、
「……ん、ターン終了です。」
ターン終了した。こちらもアタックに行かない。
(土地を引き込めよ。)
黒崎の手が力む。ドロー。
「……よし。」
黒崎は《コイロスの洞窟/Caves of Koilos(9ED)》を、このドローで引き込んだ。
「ランドセット。そして《罪+罰/Crime/Punishment(DIS)》。」
ギャラリーが一瞬、動いた。それは、誰もが意図せず、そして、普通では誰も気付かないほどの、ほんの些細な『動き』だった。しかしこの、ごく小さなギャラリーの変化を、黒崎は感じ取ることができた。
これが、「黒崎 聖」の力。彼は、周囲の動きを、人一倍敏感に感じ取ることが出来るのだ。
(人ってやつは、そいつ自身が気がつかないような「小さな癖」を持っている。動揺したり、感動したり、驚いたりしたとき、人は無意識に、その行動をとるものだ。)
黒崎は、「小さな癖による行動」を、ギャラリーの一部から感じ取ったのだ。
そして同時に、ギャラリーの動きは、《罪+罰/Crime/Punishment(DIS)》のキャストによって場を有利に出来る状況を作り出したものからだと思った。
「《京河》を、頂くよ。」
「……はい、どうぞ。」
小金井は、自分の墓地から《京河》を差し出し、相手の場においた。
「ターン終了。」
常にポーカーフェイスを保とうとしていた黒崎。頭の中では、にやりと笑みを浮かべていた。上手くいけば、このまま4回の攻撃で、この試合を終わらせることが出来る。そんなことを考えていたのだが、黒崎の頬はほんの少し、赤くなっていた。
(何故だ。彼女……小金井との戦いは、何故こんなにも疲労するんだ……。)
全く先読みできない、小金井のカード群。デッキ構築。そしてプレイング。
(……違う。)
これは、疲労ではない。
(自分自身が、心からこのゲームを『楽しんでいる』んだ。)
間違いない。小金井結花は、エンターティナーなんだ。彼女のプレイングは、『みんな』を楽しく、わくわくと、興奮させる力がある。例外なく、黒崎も『みんな』に含まれていたのだ。
『ここの人達みんな、楽しくなったら、最高に幸せだとは思いません?』
(……!! だとすると!!)
先ほど、一瞬ざわついたギャラリー。ジャッジが気がつかないほどの小さな動きだった。黒崎はコレに気が付き、それ故、この《罪+罰/Crime/Punishment(DIS)》のキャストが間違いではなかったことに自信が持てたのだ。が、
(さっきの「ざわめき」が、このプレイに対してで無かったとしたら!?)
『「ありえない」なんて無い。ありえることは、全て起こりますよ。』
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(黒崎……。徹底的に、注意を払うべきだったんです。)
ジャッジの後ろから、大木が試合を見ていた。
他の試合はほとんど終了していた。自然とギャラリーがフューチャーマッチ席に集まってきていた。
(彼女は、今しがた、「あのカード」を引き込みました。)
すっ、と。大木は移動した。小金井結花の手札が見えるところで、彼女の手札を再確認した。
(しかし、必要な色マナが出ない。)
彼女が現在生み出すことが出来る色マナは、「緑」「青」「赤」「黒」の4色。
彼女の手札にあるカードは、両方とも「白」だった。
(……しかし、小金井結花なら、やりかねない!!)
結花は、ゲームを徹底的に楽しむタイプだ。それも天然に。彼女の普段のプレイ状況なら、ここで「色マナを引かない事自体がおかしい」ともいえる。
結花は、カードを引いた。
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また、ギャラリーの空気が動いた。
本当に小さな動き。腕の筋肉がほんのちょっとピクリとしたり、眉が数ミリ上がったり。
そんな動きが、数人。
それも、皆、小金井結花のドローを見た人ばかりであった。
「……、《アゾリウスの印鑑/Azorius Signet》で、ターン終了です。」
結花は場にある2枚のダメランから無色マナを捻出し、印鑑をキャスト。そしてターンを終了した。
(……なんだ、印鑑か。)
しかも、こちらへターンを返してきた。
(ソーサリーの除去でもなければ、クリーチャーでもない。気をつけなければ為らないのは、《化膿》や《ブーメラン》くらい、だな。)
「アンタップフェイズ。」
「こちらもアンタップです。」
《種子生まれの詩神》の能力により、両者の土地が起き上がった。黒崎のドローは《神の怒り》。
(このカードを使わないことを、祈るよ。)
心の中で自虐的な笑みを浮かべ、しかし表情は崩れることなく、攻撃クリーチャーを選択した。
「アタックだ。《京河》。」
*****************************************
「お帰りなさい、《京河》。」
結花は、《京河》をコントロールしていた。
「長旅、ご苦労様でした。」
そっとカードの端に触れ、置き位置を修正した。《京河》の上に置かれている、透き通った青いグラスマーカーが、部屋の照明を反射して輝いていた。
ターンが帰ってきたら、黒崎はおそらく、手札の《神の怒り》をキャストするだろう。流石に、6/6飛行クリーチャーを野放しには出来ない状況だ。
「……《来世への旅/Otherworldly Journey(CHK)》……。」
1枚のカードが、またしても戦況を変えた。
「それは、ずるいな。」
「本来は、《神の怒り》とかの除去避けに入れていたんですけどね。」
小金井の回答は的を得ている。『《罪+罰》で奪われたクリーチャーを戻すためにデッキに入れた』なんて事はまず無い。それにしても。
「……ここまで、こちらの行動と噛みあってしまうとね、笑うに笑えないな。」
しかし、黒崎は笑っていた。自然と口元が綻んでいた。平静を装いながらプレイしていた黒崎が、初めて観衆に笑顔を見せた。
「ほんと、笑えないな、この展開は。」
そして、この試合は長期戦となった。
奪われ奪い返された《潮の星、京河》は、《種子生まれの詩神》と主にラスで流され、場は一旦きれいに流されることとなった。
その後は、両者の『引き』勝負となったのだ。
小金井は《曇り鏡のメロク》によるビートダウン展開を目論むも、黒崎のトップは《屈辱》。スピリット・トークンの発生も許さなかった。
黒崎は、この《屈辱》ののちのトップが《オルゾヴァの幽霊議員》。ほかに生き物が居なかった場合でも、4/4のパワーとタフネスは、十二分に戦力だ。
しかし、既に小金井結花の場には《アゾリウスのギルド魔道士》が鎮座していた。
「ほかに、クリーチャーが欲しいな。」
黒崎の口から、小さな本音がこぼれた。
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(黒崎が、試合に直接関係の無いことを話すとは。)
この黒崎の発言に驚いたのが、大木であった。普段のプレイング態度を見たことがある大木は、今回の黒崎の発言一つ一つに非常に驚いていた。
(彼は、他人をまくしたてたり、軽く挑発したり。そんな言葉しか発しない人間です。ここで、弱音を吐くなんて。)
明らかに、黒崎の行動がおかしい。彼は今、MTGを「楽しんでいる」。
MTGを勝負事としか見ていない彼が、楽しそうにMTGをプレイしている。
(……まさか、「楽しければ負けてもいい」なんて思ってませんよね、黒崎聖。)
勝利への執着心を買われて、彼は生徒会にスカウトされたのだ。負けること=生徒会を裏切ること、ともいえる。
(しかし、黒崎さん、あなたは「負けません」。なぜなら会長は、この試合は負けないと、予見しているのだから。)
生徒会長。大木が、この世で一番信頼し、崇拝している人物。
大木は思った。彼は……生徒会長は、神なのだと。
会長の放つ言葉には、力があるのだ。彼が願えば、それは叶う。彼が望めば、それは得られる。彼が嫌えば、それは正される。
MTGの試合結果だけでない。全てそうなのだ。今の今まで、会長が放った言葉に対して、その通りにならなかったことが、一度も無い。
(神様のいった言葉は、絶対なのです。)
大木はメガネのずれを直した。
(だから小金井さん。あなたは、「勝てません」よ。黒崎が勝つ……)
まてよ。
何かおかしい。
(会長の予見、なにかが、「足らない」気がする……。)
ここで大木は、重大なことに気がついた。そして、自分の腕時計で時間を確認した。次に、部屋の前方に掲示されていたホワイトボードに目をやった。そこには、この小金井と黒崎の試合終了予定時刻……つまり、Round1の終了時間が書かれていた。
(……これ、は。)
大木の頬を、一筋の汗が流れた。
(……現状は!?)
焦りの色を残したまま、大木は、フューチャー席の試合に視線を戻した。
テーブルには、なんとも知的なドラゴンが居座っていた。丁度大木が、テーブルを見た瞬間。そのドラゴンは、知識により紡ぎ出された炎により、黒崎聖を焼き殺そうとしているところであった。
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《火想者ニヴ=ミゼット》の作り出した炎は、結花のドローフェイズによって誘発した火であった。
《ニヴ=ミゼット》の召還酔いは、とっくの昔にさめていた。彼1体のお陰で、場の状態を一気に変えることが出来た。が、今は攻撃に参加できない。そしてさらに、タップ能力さえできずにいた。なぜなら彼は今、《信仰の足枷/Faith’s Fetters(RAV)》をつけれられてしまっているからだ。
しかし、対戦相手の黒崎も、《ニヴ=ミゼット》を擬似的な除去しか出来なかったため、毎ターン恒久的に飛んでくる1点火力によって、じわりじわりとライフを削られてしまった。黒崎のライフが、ついに、あと「1」となった。
せめて十手が1枚場に在れば、状況は全く変わっていたのだが、まず、黒崎が十手に手が届くまでに時間がかかってしまったこと。そして、やっとの思いで引き込めた十手を、結花がまさかの《押収/Confiscate》をプレイ。奪われてしまったことで、黒崎のプランが大きく狂うことになった。
なんとかもう1枚の十手を引き、プレイ。伝説ルールによって結花のコントロールする《十手》を墓地に置くことができたのだが、結果的に1対2の交換。しかも、十手2枚と押収1枚では、割が合わない。そうこうしているうちに、結花は《火想者ニヴ=ミゼット》を場に出してきたのだ。これを除去しきれずに、暫く彼の放つ炎と、十手の能力によって、クリ―チャーとライフを持っていかれた。
「……。」
黒崎の場には今、《オルゾヴァの幽霊議員》が1体いる。合計3枚目の幽霊議員だった。
対する結花の場には、足枷が付けられているドラゴンだけだった。
「返しの《幽霊議員》の攻撃で、自分の勝ちですね。」
ライフを記録していたメモに目をやる黒崎。自分のライフも1であるが、しかし、結花のライフも、既に「1」であったのだ。
「どうでしょうかね。」
結花は自分の土地を指差した。場に現在、丁度4点のマナが出ることを示し、
「《キング・チータ》が飛び出してきて、チャンプブロックするかもしれませんよ。」
結花は、残りの手札2枚をヒラヒラさせながら、笑顔で言った。
「……む。」
『それはない』という返答をしようとしたのだが、しかし、それができなかった。結花のデッキが分からない今。どんなカードがプレイされようとも、不思議ではないのだから。
「……。」
「……。」
軽い沈黙があった。今、結花のターン終了宣言を行ったところだ。
(単純に考えると、幽霊議員で殴って終わりなのだが……。)
流石に、《キング・チータ》は無いだろう。……多分。
しかしながら、ここでターンを返してしまうと、《火想者ニヴ=ミゼット》の炎によって、黒崎が焼かれて負けてしまう。このターンで、何かしら決着をつけなくては為らないのだ。
(クリーチャーを引ければ、楽になれる!)
黒崎のドロー。
(……ふっ。)
ここで黒崎は、《清麻呂の末裔》を引き込んだ。
「《清麻呂の末裔》、プレイだ。」
勝った。
一番、黒崎が気に罹っていたのは、《輝く群れ/Shining Shoal(BOK)》であった。コレを握られていた場合、最悪、4点のダメージ全てを返され、敗北してしまう可能性があったからだ。
結花のライフは1。新たにクリーチャーを出すことが出来たため、幽霊議員の能力を使用することで「ダメージ」でなく「ライフ損失」で、最後の1点を削ることが可能になった。
「……《虚空粘》はないな。」
結花の墓地には《虚空粘》が落ちていた。事前に、彼女のデッキは『一枚差し』のデッキであることを聞かされていたため、墓地にあるカード=手札に無いカードという情報を得ることができる。
「では、《清麻呂の末裔》を生け贄に。幽霊議員を除外する。」
その瞬間、周囲のギャラリーの空気が変わった。黒崎には分かった。これは『勝負がついた』時に流れる空気だ、と。
ギャラリー全てが、黒崎が勝ったと思ったのだ。そのまま黒崎のターンが終了すれば、《幽霊議員》が場に戻ってくる。CIP能力で、結花のライフが0になる。
いま、結花の手札には、『それら』に対処する術が、ないのだ。
(勝った。)
もう一度、黒崎は、勝利を確信した。
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(要らぬ心配でした、か。)
大木も、フューチャー席から離れた。どう転んでも、どうあがいても、結花の手札では幽霊議員を対処できない。
携帯電話を取り出し、部屋から出ようとした。会長に連絡を入れるためだ。
『全て、会長のお考えどおりになりました。』
いつもの台詞。いつもの定時連絡。しかしながら、完全な未来予知。
「……完璧だ。」
口元が緩み始めた。
ケイタイのリダイヤルを押し、いざ電話をかけようとした刹那。
ギャラリーが、ざわついた。
そして、
拍手が起こった。
……ちがう。
これは、『黒崎の勝利を祝う拍手』ではない。
黒崎のような、異常なまでの感覚が無くとも。
この盛り上がりようは異様だということが、大木には分かった。
携帯のリダイヤルページを開いたまま、大木は、フューチャー席に戻った。
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「《輝く群れ/Shining Shoal(BOK)》をプレイします。」
結花は、立っていた土地と印鑑から、白白を含む、合計3マナを捻出した。
「X=1です。」
このとき、一体何人のギャラリーが、そして、黒崎聖が、この「X=1」の意図を理解できただろうか。
少なくとも……。黒崎聖はこの時、意味を理解していなかった。
「……対象は?」
「あなたです、黒崎さん。」
《輝く群れ》は、いわば『ダメージを跳ね返す』呪文だ。幽霊議員の場に出る能力は、ダメージではない。
「何処にも…ダメージ源がないけどね。」
「解決、いいですか。」
「……ああ。どうぞ。」
群れを墓地に置いた。
「さて…と。」
結花は、ゆっくりと、自分のコントロールする、とあるパーマネントに手を置いた。
その時、関内辰之助は、小金井結花の考えを理解した。
その時、黒崎聖も、『X=1』の意味を理解した。
その時、ギャラリーのほとんどが、次に起こることを理解できていなかった。
「1点のダメージ、食らいますね。」
笑顔で、結花は土地をタップした。
《輝く群れ》で、《カープルーザンの森/Karplusan Forest》を選んだ。
《カープルーザンの森/Karplusan Forest》が、色マナを出した。
《カープルーザンの森/Karplusan Forest》が、結花に1点のダメージを与えた。
《輝く群れ》によって、この1点が、代わりに黒崎に与えられた。
そして、黒崎のライフは0になった。
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とある駅にあるコーヒーショップ。中にはビジネスマンが休憩していたり、カップルが談笑していたり、学生がケータイを弄っていたり。
さまざまな目的の人間で、この店はごった返していた。
昼の12時近くということもあり、ベーグルやサンドウィッチが、コーヒーと一緒に運ばれているのが目に付く。
1人の男が、お盆を持って席を探していた。直ぐに1人掛けのテーブルが目に付き、彼は、そこに座った。
お盆の上にはアイスコーヒーとベーグルサンド。サーモンとクリームチーズが挟み込まれていた。
日曜祝日であるが、彼は学校のブレザーであった。彼は上着の内ポケットから扇子を取り出し、パタパタと自分を仰ぎ始めた。店内は十分にエアコンが効いていて、むしろ肌寒ささえ感じられるのだが、その男は仰ぎ続けていた。外は相当に暑かったのだろう。しかしその暑い中、何故この男は、ブレザーを着ていたのだろうか。
ある程度暑さが落ち着いた彼は、扇子を置き、アイスコーヒーに口をつけた。ガムシロップもミルクポーションも入れず、ブラックのまま口に入れた。炭火で焙煎されたコーヒー豆の香りと、程よい苦味。氷でキンキンに冷たくされたコーヒーが、彼の喉を潤した。
さてとベーグルに手を伸ばし、一気にかぶりつこうとしたその時。
彼のブレザーのポケットが震えた。ケータイのバイブレーションだ。
「……来ましたね。」
ベーグルを一旦置き、ケータイを取り出した。
店内には『通話ご遠慮ください』の張り紙があったが、しかし彼はそんなもの眼中に無いかのように、通話を始めた。
「待ちくたびれましたよ。大木君。」
彼は定時に来る連絡を待っていたようだ。しかし、それが来なかったため、『待ちくたびれた』といったのだろう。『くたびれた』という表現から、かなり長い時間連絡を受けることが出来なかったのだ。
『申し訳ありません、会長。』
電話先の男……大木と呼ばれた男が謝罪した。
「で、どうでした? 私の言ったとおりだったでしょ?」
電話の男……『会長』と呼ばれた男は、いつもの言葉を期待していた。
『……全て、会長の仰ったとおりになりました。』
「でしょう? でしょう?」
会長は上機嫌になった。自らが望んだとおりに事が進む。誰であってもうれしいことだ。笑顔でコーヒーを啜った。
『……小金井結花は、勝てませんでした。』
「うんうん、そうそう。その通りだね。」
ベーグルサンドを手に取り、かぶりついた。
『……ですが、負けてません。』
「ん? なんだって?」
片手でケータイを持っていたため、もう片方の手でベーグルサンドを食べていた。具が多く挟み込まれていたため、ベーグルの後ろから、具がはみ出てしまっていた。
『……引き分けです。黒崎と小金井の対決、引き分けました。時間切れによる引き分けです。』
「……。」
ベーグルを置き、アイスコーヒーを啜った。そして大きく溜め息をついた。
「……なるほどね。ひきわけかぁ。」
『……申し訳ありません。』
謝罪する大木。
「いやいや、君は悪くない。しかし……引き分けかぁ。考えなかったなぁ。」
しばしの間があったが、先に口を開いたのは、会長の方だった。
「よし、今日はもういいよ。」
『……? もういい、というのは?』
ふふっと、会長が笑った。
「そのままの意味さ。今日は、普通にゲームしてきな、ってこと。ドロップしてもかまわないし。小金井や同好会の、今後については、また後で話しあおう。今日の任務は終わりだ。他のメンバーにも伝えておいてくれ。」
また間ができた。大木が返答に困っているのだろう。
「ほらほら、もう次のゲームが始まるんじゃないか? 今日はもういいから。」
直ぐに、電話の向こうから、ラウンド2の開始のコールが起こった。
『……分かりました。会長の指示に従います。』
「そうしてくれ、ま、どうせ……。」
コーヒーを一口のみ、会長が電話口で言った。
「今日の優勝は、黒崎君だからね。」
店をでたその男は、笑顔だった。
「面白い、面白いよ、彼女。」
自分の予想以上だ。こちらの予測の『穴』を通過していく。
大木をぶつけたときは、そうだ。「諦めなければ勝てる」といっておいたんだ。
しかし、大木は、勝負を捨てた、だから負けた。
茅ヶ崎しのぶに関しては、「結花のデッキに、君のデッキが負ける訳が無い」と予見した。
しかし、その時結花が使ったのは、彼女のデッキではなく、関内辰之助のデッキ。
だから負けた。
今回も……。
「勝てない」と予見した、だから、「引き分けた。」
「面白いよ。」
ニヤニヤと笑いながら、駅中を進んでいた。
その時、対面から、男女の若いカップルが歩いてきた。
全く前を見て歩いていない。話し声が大きい。ケータイを振り回し、周囲の通行者を無視。
「……あ、危ない。」
老人とぶつかった。老人は転倒した。
『邪魔だぁ! 殺すぞ!』と罵声がとんだ。
転んだ老人無視して、歩いていった。
笑っていた。あの男女は、笑っていた。
(……。)
扇子を取り出し、口元を押さえた。
会長は、男女をじっと見ていた。電車の駅改札をくぐっていた。
「……死ねよ。くず。」
ぼそりと、小さな声で、会長は言った。
〜次へ続く。
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